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ぎよう、瞑想

 禁じられし南域。そう呼ばれるようになったのはいつ頃からだろうか。それを覚えている人間は誰もいない。最古の歴史書においてすでに、南域は足を踏み入れてはならぬところとされていた。その理由は一つである。南域が魔物の本拠地だからだ。


 魔物は人を憎み、喰らい、滅ぼさんとする存在である。東域では魔物、西域では妖と呼び方が異なるものの、脅威であるという点は同じだ。


 地図で見れば、南域は魔窟の森の下に広がっている。東域からも西域からも侵入が可能だ。南域さえ自由に通過できれば、西域と東域の間で楽に交流ができるようになる。


 そうした理由もあって、これまで何度も南域に軍が送られた。陸路で東域と西域がつながれば、利益が得られるのは間違いない。ついでに魔物を駆逐できれば万々歳だ。


 しかし、作戦はことごとく失敗してきた。歴史上最強の国と言われるダルフォルニアの軍ですら、半壊状態で帰還した。その原因のひとつは、魔物の強さだ。


 魔物の速さは人間のそれではない。力も同じだ。そしてなにより、魔物の多くは人の形をしていない。そのため、動きが読みにくいのだ。それゆえ、個対個で魔物と張り合える人間は少ない。


 とは言え、魔物一体に対して五人がかりでやりあえば、勝てない相手でもない。だからこそ、時折人里に現れる魔物数匹程度は、その場にいる兵士たちでどうにか対応できた。


 軍が南域制圧にことごとく失敗してきた最大の原因は、魔物たちを指揮するある存在のせいだとされていた。いわく、人並みの知性を持ち、腕の一振りで人を容易く吹き飛ばし、体は刃を通さず、魔弾も意に介さない。魔物を統べる最強の魔物。


 もはや伝説級の強さを誇るその怪物には、これまで多くの二つ名がつけられた。「不屈の魔王」「魔を統べる者」「百鬼夜行の主」、その他多数。だが怪物自身は二つ名を名乗らず、こう名乗った。「ぎよう」と。


ぎようは、南域の奥地を拠点としていた。そこは、小高い岩壁に覆われた盆地のような場所。外から盆地の中に入るには岩壁をよじ登らなければならず、人間が入るのは不可能だ。


そんな特異な盆地の中央で瞑想している存在。それが、ぎようだ。


ぎようの巨体は、一軒家など優に凌ぐ。腕一本が、大の大人くらいの太さと長さを持つ。牛のような頭には、角が二本生えている。だが、片方は根元で折れてしまっていた。


 座禅を組み、瞑想を続けるぎようの頭上に、ひとつ巨大な影が現れた。影はぎよう目がけて落下し、ぎようの目の前に着地した。


それは白い毛の塊。ぎようすら小さく見えるほどの大きさだ。毛の塊が、もぞもぞと動き出した。人の頭ほどの八つの眼と、左右に広がるむき出しの歯が露わになる。


笑っているようにも見える毛の怪物の方をちらりと見て、ぎようは静かに立ち上がった。腕を組んで仁王立ちで構える。


「早くかかってこい」


 低く重い声で、ぎようが言った。どこか楽しそうだ。


 ぎようの挑発を受け、毛の怪物が咆哮を上げた。どこにあるのかも分からない脚で体を噴射し、ぎように向けて突進する。人間など簡単に押しつぶしたり飛ばしたりしそうな迫力だ。


 しかしぎようはまるで物怖じしない。顔色を変えず、脚をわずかにたわめた。そして次の瞬間には、天高く跳躍している。ぎようの体は周りの岩壁の高さを越え、なおも上昇し続ける。


 そして、毛の怪物はぎようの動きに瞬時に対応してみせた。突進の勢いもそのままに、ぎようを追って跳んで見せたのだ。ぎようの太い脚の下に、怪物の大きな口が迫る。


 大きく開かれた怪物の口を前に、ぎようは片腕を大きく振りかざした。あげた腕を一気に下ろす。拳が怪物の上前歯に当たり、ぎようの怪力を持って怪物の口が強引に閉ざされる。続いてぎようが体を回転させ、怪物の眉間に蹴りを放った。べこ、と音がして、怪物の体は地上へと一直線に落下した。


 怪物の体が地面に激突する。岩壁が震えるほどの衝撃があたりを駆け抜ける。地面が陥没し、クレーターが生まれた。


 できたクレーターを避けるように、ぎようがふわりと地面に着地した。息を荒げることもしていない。


「よくやった。そこそこ楽しめた」


 ぎようが怪物に声をかけた。すると、怪物の体が動きだし、顔がぎように向けられた。にんまりと笑った後に、怪物は跳躍し、盆地の外へと飛び出していった。


 怪物を見送り、ぎようは再び座禅を組んだ。その目には、闘志がみなぎっている。


「4000。今日で4000日だ。あやつにこの角を折られて4000日、一度も恨みを忘れたことはない。今日こそ、あやつに、人間どもに復讐を果たす時。牛頭族の力を思い知らせてやるのだ」


 そう言って、ぎようは目を閉じた。ぎようの周りの空気が揺らぎ始める。ぎようの闘魂によって揺らめいているのだ。ぎようは一人、集中力を高め続けるのであった。

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