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幕間

 魔窟の守り人が、弟子を作った。そんな噂が流れだしたのはいつだっただろうか。


 魔窟の守り人は、何十年もの間一人で森を管理し続けている老人である。白髪、白髭を豊かに蓄えた、背の低い男だ。しかしその目は老いを感じさせず、常に爛々と輝いていた。


 なにしろほとんど人付き合いのない男だ。さぞかし偏屈な奴なのだろうと、誰もが思っていた。そんな彼が弟子を作ったのだ。しかも、十歳にも満たない子供、という話だった。信じない者も多かった。


 して、その噂は真実だった。


「しっかり動かんか坊主!!!」


 老人の快活な声が森に響いた。同時に、少年の悲鳴が聞こえる。


「無茶言わないでよじっちゃん!!! ルカとおんなじ速さで走れる訳ないでしょ!!! 僕は獣じゃないんだ!!!」


「やればできるわ馬鹿たれ! ルカはまだ子供だぞ!」


「僕だって子供だ!!!」


 少年はすっかり草の上でのびてしまっていた。その顔を、少年と同じくらいの大きさの狼がペロリと舐める。他の森では成体の大きさだが、魔窟ではまだまだ子供サイズだ。


 いじけてしまっている少年にため息をついて、守り人たる老人は少年の傍でしゃがんだ。老人が諭すように言う。


「いいかクゥレス、お前には才能があるのだ。とびっきりのな。お前ならこの森の獣たち全てを支配することもできるだろう」


「支配なんてしないよ。友達になるだけ」


「ああ、そうだったな。お前ならどんな動物とも友になれる。それからな、お前ならルカと一緒に走ることだってできるはずだ。世の中には、自分の魔力を使って身体を強くできる人間がいる。だがそれには、相応の魔力量と才能がいる。そしてお前にはそれがある」


「無理だよぉ。だって僕、魔法なんて習ったこともないんだよ?」


「魔法なんぞ習わんでいい。学校で教えられるものなど、やれ火の玉だの、やれ雷撃だの、その程度だろう。そんなものは森の獣たちがお前の代わりに使ってくれる。獣たちの方が人間より遥かに魔法に長けている。お前が身に着けるべきは、森を守るために使う、お前だけが使える魔法だ」


「でも……」


 煮え切らない態度の少年の頭を、老人が軽く小突いた。


「心配せんでも、必要なことは森で生きるうちに勝手に身につく。努力すればな」


 そう言って立ち上がった老人の顔は、険しかった。西域側の入り口をじっと見つめている。


「お客さん?」


 少年が尋ねると、老人はゆっくりと頷いた。


「そうらしいな。お前はルカに連れてきてもらえ」


 そう言い残し、老人が駆けだした。その身のこなしは老人とは思えないもので、たちまち背中が見えなくなっていく。少年は慌てて子狼の背中に乗った。


 間もなくして、老人と少年は森の入り口に到着した。老人の指示で、少年は木の影に身を隠す。


 入り口にいたのは、七人の男たちだった。くすんだ色の服を重ね着しているが、服の下の屈強な筋肉は誤魔化せていない。人相もよいとは言いがたかった。


「何の用かな?」


 老人が男たちの方へ歩み寄っていく。その後ろ姿には、油断など微塵もない。


 一方の男たちは、老人に対しへつらうような笑顔を見せた。この顔を見せる人間にいい奴がいたことなど、少年の記憶では一度もない。


「いやあ、へへ、俺たち宝石商お抱えの傭兵でさ。森の石を持ってくるように依頼されてんだ。石を取らせてくれねえかな。勿論ただでとは言わねえよ。金も宝石も用意してある」


 先頭にいた男が放った言葉に、老人は深くため息をついた。それでも、追い返しはしなかった。


「まず、儂は森から出ることがない。だから金も宝石もいらん。それからな、石と簡単に言うが、この森の石は全て、魔力を吸った魔法石。大きさと種類によっては害を及ぼすこともある。分かっておるか?」


「へえ、勿論で」


 即答しているのが逆に嘘くさい。呆れ口調で、老人が続けて言った。


「それで、何が欲しい?」


「へえ、紅玉を」


「馬鹿者!!!」


 突然、老人が怒鳴り声を上げた。同時に、森の木々が揺れ出す。老人の怒りに反応して、獣たちが動き出したのだ。


 揃って怯える男たち。老人はしばらくわなわなと震えていたが、またため息をつくと、低い声で言った。


「よいか? 紅玉はな、魔法石の中でも隋一の魔力吸収力を持つ。凡人が触れば、魔力はおろか生命力まで奪われるぞ。人が扱ってよい代物ではないのだ」


「で、でも、昔あんたが紅玉を人に渡したことがあるって聞いたぜ?」


「あれは渡したのではない、盗まれたのだ。その後どうなったかは知らぬがな。あれだけ巨大な塊を持っていったのだ、どうせ盗人どもは息絶えておる」


「そ、そうかい……」


 そう言ったきり、男たちは黙ってしまった。そんな男たちを哀れに思ったか、老人は話を続けた。


「まあ、黒玉の欠片くらいなら渡してやらんでもない。職人なら宝石に仕立て上げるはずだ。どうせ、宝石商は魔術師どもに売り渡すつもりなんだろう?」


「へえ、おっしゃる通りで」


 男たちがへこへこと頭を下げる。どうやら、紅玉のことは諦めたらしい。


 老人が森に向かって口笛を吹いた。すると、リスが数匹駆け寄ってきた。その口には、黒い石が加えられている。老人は石を受け取ると、男たちの方へ放った。男たちが慌てて受け取る。


「それだけあれば十分だろ。ほら、とっとと帰った!」


「へい!!!」


 老人の気迫に押されたか、男たちは走って帰っていった。老人がやれやれ、と首を振る。そこでようやく少年は木の影から出た。子狼と一緒に老人の傍に行く。


「お疲れ、じっちゃん」


「全くだ。二度と来ないでほしい」


 そんなことを言いながら、老人は森の奥へと戻っていく。そのすぐ後ろを歩きながら、少年は老人に尋ねた。


「紅玉、奪われたことあるの?」


 すると、老人は露骨に嫌そうな顔をした。


「若い頃にな。油断した。手練れが数人、森に入ってきてな。まんまと持ってかれたわ。あの頃は儂もテイムに慣れておらんかったし、そもそも、わざわざ魔法石のような危険なものを守る獣もおらんしな」


「ふーん」


 相槌を打ちながら、少年は森にある紅玉のことを思い出した。森を奥へ進んだところに、紅玉の結晶が乱立しているところがあるのだ。淡く輝く紅玉は綺麗で、人の心を奪う魅力がある。だが、危険性を理解しているがゆえに少年は欲しいとは思わない。


「物好きもいるもんだなあ」


「森の外の人間などそんなものだ。さあ、こんな忌々しい話は終わりだ。二度とするなよ」


「分かった」


 そんな会話を後に、二人は拠点へと帰っていった。少年は、いつか盗まれた紅玉を取り返すことを密かに誓った。

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