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一章 初日より、あられもないこと、万事尽き その3

 解放されたときには、全校集会がとっくに始まっていた。

 教師たちの非難がましい眼差しに耐えながら、自分のクラスの列の最後尾に並んだ。

 クラス割の張り紙も確認しにいった為に、校長の長々しい説法は終幕していた。長話を聞かなくてよいと思うとせぇせぇした。

 二列になっているクラスのならび、片側の尾っぽに愛が並んでいた。

「遅かったにょ?」隣に並んだ美紀に、愛が言った。

「愛の所為……」美紀は完全に責任転嫁を決め込んで、ぶうたれる。

「あたしの所為かよぉ!」

「だって、置いて行くから……」

「痛みも半分こなんて、イヤだにゃ。あたし以外が痛みは受ければいいのだっ! 残念だったにゃ。みーにゃん」愛は(わら)った。

「……ゼッコーだ」わざとらしい低い声で美紀。もちろん、絶交など本気ではない。いわゆる一つのジョーダンである。

「えー。やだぁ」と言う愛。一瞬の隙を突いて登校時の仕返しをせんと、美紀は腕を静かに振りかぶる。音も立てなかったし、怪しい動きもしなかったのだが――。

「甘いっと言ったではないかぁ!」

 寸でのところで躱された。彼女の膚から、ほんの一センチほどはなれたところをかすめただけだった。

「くっそぅ」呻いて、美紀は地団駄を踏む。

「にゃはは。まあ、いいとしよう。それよりも――」

 愛は美紀から視線を外すと、舞台袖を見やった。「――輝樹くんだにょ?」愛は茶化した調子で言った。舞台袖でには壇上へと歩みを進める生徒会長の姿。横山輝樹は二年生にして現生徒会長である。つまり優等生であり、一年生のころから務めている。

「……それがどうしたのよ」

「どうもしないけどさ!」

 愛は美紀の背中をばしばし叩く。美紀は身を震わせて彼女の魔手を振り払う。そして強く睨む。十分な非難の色を込めたつもりだったのだが、愛は全く美紀の心中を慮らない。ノリそのままに続ける。「告ろうよぉ。ね? 大丈夫、みーにゃんは美人だぜい!」

 臆面もなく周囲に聞こえる声量で言うので、顔が一気に赤らんだ。恥ずかしい。これでは自分で私って美人でしょう! と喧伝しているのと大して変わらないではないか。やってくれる――。

「……」美紀は顔を伏した。

「可愛いなぁ。可愛いなぁ!」赤面する友人を小ばかにして愛は喜び、囃すのをやめない。全く、友達甲斐がないヤツだなぁと美紀は思った。しかし、張り出されていたクラス表によれば愛以外で一緒のクラスになる旧知の仲はいなかったので、ここはじっと我慢である。元をただせば、柳瀬愛とは万事斯様(かよう)な人物である。今更怒っても仕方ない面が少なからずある。

 もっとも美紀のとって今日のクラス別けで一番重要なこと。それは横山輝樹と同じかどうかというただ一点のみだ。

 全校集会の締めとして、生徒会長の言葉が始まる。

 美紀は耳を傾けた。彼の生徒会長あいさつは何てことはないテンプレートの言葉の列挙だった。美紀にしてみれば、内容よりも壇上に立つ凛々しい人物の姿を見、声を聞くことが幸せであり目的なので問題はなかったが。

 一時間目を潰した新学期の集会は、不良生徒が無茶をするような事態などあるはずもなく、何ごともおこらずに終了した。美紀と愛の二人は、自分たちの新しい教室――二年四組へと向かった。

 出席番号順に割り当てられた席についてしばらくすると担任教師が現れた。これにて、新学期は本格的に始まった。

 担任教師として現れたのは、中肉中背のこれといって特徴のない男だった。ただし、目付きだけが鋭く、一般人ばなれしていた。しかし、ヨレヨレのシャツといい、見るからにやる気が見られない。担任は赤塚錬太郎と名乗った。さっさか訓示を三分程度で切り上げると、赤塚は余った残り時間を全て自習にしてしまった。

 自習とは言うものの、実質自由時間に等しかった。なにせ、まだ教材も配布されていない上に、教科書購入も済んでない生徒も多かろう。これでは、何を習うのかも解らるはずがない。自習が可能な素地が一つもない。よって、すぐさま教室中に私語が立ち込め出した。

 新クラスなので出席順に席は決まっている。タ行の美紀とヤ行の愛は席が結構離れていたが、赤塚が「自習」と言うやいなや、愛は美紀の元へやってきた。

 美紀の前席は既にもぬけの殻で、そこに愛は座った。椅子の背に両腕を乗せて、そこに顎を据えて美紀のほうを向くと、開口一番愛は言った。「何で、あたしの席にこないにょかなぁ?」

 愛と同じくヤ行で始まる苗字――横山である輝樹は確かに席が近い。

 美紀は愛のいわんとするところを汲んで、柳眉を曲げた。

「ダシにしてもいいんだにょ?」

「イヤです……」

「強情だにゃぁ」半ば憐憫の籠った眇目(すがめ)で美紀をみながら、彼女は美紀の鞄に手を伸ばした。

 スリのような手馴れた手つきで素早く留め金を外して、中を漁り出す。探る手の動きはさながら河原でビニ本を物色する中坊のごとき異様な卑猥さを放っていた。微妙に指の一つ一つがワキワキしているのだ。小指が特に。

「ちょっと、人の鞄勝手に漁らないで!」

「む、何だねぇ。これ」

 愛は早速、怪しいブツを探り当てたようだ。にんまりと歓喜に震え、ずんずんつり上がる頬。

「あ、ちょっと。もうっ! やめてよねっ!」

「いいではないか! いいではないか!」

 中の品々が取り出されるのを必死で止めようとする美紀。しかし、その必死さは逆効果だった。却って愛はヒートアップしてしまう。美紀のデコを押して反らした。「うあん!」椅子ごと美紀は後方へ倒れた。

 臀部をさすりながら、起き上がっているうちに愛の探索は終了してしまっていた。抵抗とははかなくむなしいものである。数々のブツは鞄から排出された。

 物品を愛はより分けていく。最終的に一つに絞る。選ばれたブツは、一冊の使い込まれたノートだ。

 愛はノートの表紙を眺めて言った。「何々……輝樹くんノート。なんじゃらほい」

「……返して」

「返さにゃい! あたしが総チェキってから返す」

「それだけは……」哀願する美紀の両眼。

 必死な美紀の顔に、歌うような調子で愛は言う。「クレープ」

「はい?」

「駅前のクレープ」愛はにやにやしている。ようするに、クレープで手を打ってやるとしよう。と提案しているのだ。まことに傲岸不遜なことである。まるで瀬戸際外交のような――。美紀は十秒考えた。

「……解った」

「なら、一ページで我慢してあげる」

 胸をなでおろしたのも束の間、愛はノートを開いた。

「えっ! そんな! 鬼! 悪魔!」

「ふむ。輝樹くんの好物――ハンバーグらしいと。意外と子供っぽいにょぉ」

 秘匿せねばならぬようなノートの中身とは、ストーカーばりの精緻さと執念によって、徹底的に調査された横山輝樹についての個人情報の列記である。

「もういいでしょ。返して」

「あいよ――輝樹くーん!」

「え? 何で呼ぶの?」

「何? 柳瀬」ブックカバーのかかった文庫本に目を落としていた輝樹。呼ばれて顔をあげた。やや呆けた面持ちで愛を見やる。

「愛ちゃんと呼んでと、この前言ったでしょう!」

 この前って、いつだろう……。美紀は内心、そんなどうでもいいことが気になったりした。

「イヤだね。恥ずかしい」愛の提案を一刀のもとに切り捨てると、輝樹は二人の方へやってきた。

「しょうがないにゃぁ。じゃあ、みーにゃんのことは、美紀ちゃんと呼んで」

「えー!」思わず、甲高い声が漏れた。その提案はないだろう、ないだろう。と。いやいや、それが叶うなら、それはそれで――と美紀は百面相。

「それも却下。それで、何か用事かな?」前髪をかきながら机の縁に手をかける輝樹は少し面倒くさそうなオーラを放っている。

 愛はちっとも気にせず、彼に訊く。「輝樹くんの好物はハンバーグかにゃぁ?」

「――ハンバーグ? 食ったことないや」

「へ? 嘘っ!」

 美紀の反応に輝樹はしまったという顔をした。

 本当に好物ではないにせよ、美紀の記憶が正しいなら一年生の頃、彼は購買部でハンバーグを挟んだ菓子パンをよく買っていたはずだった。人気の一品なので早々と購買へ突撃しなくては入手困難である。

「じゃあ、何だにょ?」

「何だろうなぁ……」食事の好みなんて適当に言えばいいのに、輝樹は眉をひそめて沈考し始めた。しかも中々答えない。

「よし、みーにゃん。手料理つくってあげなさい」爽やかな笑顔で、美紀に話題を投げつけた。

「……何でそうなるの!」

「きっと輝樹くんは、ロクなもの食べてないんだにゃぁ。両親、既に他界とか」

 愛はなぜか底意地の悪い笑みを浮かべつつ、横目で輝樹を見た。内容は(てい)の悪いジョークっぽいものの、ジョーダンを言っている風には見えない。

「え……横山くん、そんなことないよね……? 愛もそんな縁起の悪いこといっちゃだめじゃん」

「いつもどおり輝樹くんと呼ばないのかにゃぁ?」空気を読まない愛は、メインの話題とちぐはぐなことを言う。

「煩い……」机の下で、愛のスネをおもいっきり蹴った。弁慶の泣き所に当たって、「ひゃいちゃ」と変な声があがった。

「……ああ。両親なら、ちゃんと健在だよ」美紀と愛のやりとりが終わってから、輝樹は答えた。

「ふーん?」愛は信じる気はないようだ。

「だから、そんな悪口まがいのジョーダンやめなよ」

「いい子ぶっちゃって、さぁ」

「人としての問題っ!」軽く、美紀は机を叩く。いい加減理解してくれてもよい頃合ではないだろうか。

「それで、実は手塚。ぼくからも頼みがあったんだ」

「ほえ!」まさか、輝樹からも話を振られるとは一顧だにしていなかった。ゆえに、盛大に焦った。

「今日から一緒に下校しないか?」

「ちょちょちょちょっとタンマぁ!」回らないロレツとカツゼツのままに、美紀は両手を前に押し出して大きく振った。考える時間が欲しかった。よろこんで、と言いたいのに声がでなかった。

 輝樹は完全にオーバーヒートしてしまった美紀をイヤな顔もせず見ていたが、自席のあたりから友人に呼ばれた。「おう、今行く」と答え、去る。「まあ、先約とかあったら困るだろうし、できたらでいいよ。放課後までに答え頼むね」と言い残して。

「これは、三枚だにゃぁ」小悪魔めいた微笑をたたえ、愛は美紀の頭をうりうりした。癖っ毛なので、ボンバーヘッドが再来してはかなわんと頭を背後に退避させつつ、険のある声で「……何が?」と親友に問う。

「クレープ」

「何で!」抗議の平手を振ると天板が唸った。

「だって、ほら。みーにゃん、輝樹くんと話したの初めてじゃない? それに、何でか知らないけどさ、下校できるらしいし。これって、あたしのお陰じゃにゃいかな? かな?」

「……そうですね……」

 本当は初めてではなかった。会話したことのない相手を好くような恋に恋する乙女ではないと、美紀自身自覚しているつもりだ。しかし、そう駁しても何やかんやと愛は言うだろうから、彼女は黙って頷いた。

「やりぃ。んじゃ、日曜かにゃぁ。楽しみに待っとくにょん」

 愛はガッツポーズした。

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