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四章 創立祭 その5

 輝樹は松本とひろこに相談した。来週に予定されている。山へ行く件についてだ。独りで考えても答えが出そうになかったし、彼女たちは協力的だ。軍部のように敵対関係にあるわけではない。事情をある程度知りつつ、相談できる相手としてもってこいだ。

 話し合いは松本の家で行われている。布団の除けられたコタツに三人はかけていた。机の上にはカップが三つ。

「山、ですか……」

「真意は解るか?」

「“引っ張られている”方が解るんのではないか? 恐らく、それは横山輝樹の本物に関することだ」

「んなこと解ってる」

 機嫌悪そうにいい、輝樹はコーヒーをあおった。前回、トルココーヒーで失敗したので今回はサイフォンで淹れてもらった。カップのそこに粉が残っていることはなかった。やはり、コーヒーとはこうでなくてはと思う。

「ミリティアの本体へ連絡はできないのですか?」

「できたら苦労はしない」苦々しい顔で輝樹。

 んーと唸りながら、ひろこは両手を擦り合わせた。

「存在そのものが失効している可能性が高いのでしょうか?」

「解らない」

「松本さん。変異領域はどうなっているのですか?」

「それがだ……いいにくいんだが――」

 松本にしては珍しくもごもごと唇を動かして、二の句を継がない。ずばずばモノをいう彼女が言いよどむとは相当、悪い兆しを想起させる。

「いってくれ」「そうですよ」

「拡大している。最早、オリンポスだけではない……」

「連絡が取れなくなった理由はそれか……」

「地球も危ないですね」ひろこが言った。

「どうしてだ?」

「解らないか? 火星人は常時ナノマシンを摂取しているようなものだ。火星人たちは平然と地球に渡航しているではないか。現在は眠り姫の意思を反映しているかもしれないが、自立的にナノマシンが動くようになったら、それこそ神の代行マシンになってしまう。ミキズムの連中がいうように……」

「あ……」輝樹は絶句した。

「火星のナノマシンは自己生産機能を持っているのが特徴だろう? 軍部が軍事への転用を考えた一番の理由ではないか。このまま火星に増え続けるというのか、ナノマシンが。いずれ、飽和する。というよりは、にっちもさっちもいかなくなったとき、眠り姫が現れたと考えるばきなのかもしれないが」

 訥々と語る松本に輝樹は待ったをかける。

「……待て。危機論はそのくらいにしてくれ。いまは、眠り姫の真意を探ることだ」

「そうだな」

「山といえば――」ひろこが何か思い至ったのだろう。破顔した。「ピクニックですよ」

「はい?」「は?」輝樹と松本が同時に声をあげた。

「たぶん、そうです。ピクニックに違いありません」自信満々に言う。いつものちょっと引いた態度はない。相当の自信の表れだ。

「本当だな?」

「ええ。憩いのために山や海へ出掛ける。都市人の嗜みではありませんか」

 力説するように拳をぐっと握っている。気合を入れすぎて、ぷるぷるしている。感動に打ち震えている星一徹女版に見えなくもない。泪は流していないものの。

「都市人ねぇ……」輝樹は釈然としない。しかし、ひろこは畳み掛けた。

「一回、してみたかったんですよ。お弁当、用意しますから」

「自分がしたいだけなんじゃ……」疑わしげな輝樹の双眸が彼女を舐める。しかし、ひろこは引かない。

「事前にリサーチ済みです。はい。この時代の人間は、よくピクニックしていたんです」

「それは二十世紀後半、ではないのか?」松本が言った。

「いいえ。そんなことはありません。郊外化した宅地事情によって、二十一世紀初頭で復権したはずなのです」

「むぅ……」松本でさえ困ってしまったようだ。色々と事情通の異星人とはいえ、何から何まで識っているはずもない。答えに窮している。異星人が地球の過去の住宅事情に精通していたらいたで、イヤな話だが。

「ここは田園都市なんです」

「ただの片田舎ではないか……」半ばつっこむ気もうせたのだろう、松本の声にはまるでやる気がなかった。

「いいえ。何をいってるんですか。全く。それに、お二人は“山”が何を指しているのかご存知なのですか?」

 言葉をなくす輝樹と松本。彼らには眠り姫が言った“山”が何であるか解らない。現状、それが解った、理解できたと言っているのはひろこのみだ。最早、二人にひろこの攻勢に反撃できる余地は残されていなかった。

「どうなんですか?」ずいと輝樹に肉薄した。

「んむぅ……」言葉に詰まる。

「解っていないじゃないですか。どーんと私に任せてください」

 ここまで言われては、頷くしかなかった。

 かくて、来週のピクニックが決定した。

 

 美紀はひろこから電話をもらった。

「学校にきてください。お出かけしましょう」

 それだけの短い用件だった。まさか、ひろこから誘いを受けるとは微塵も予想していなかったが、断る理由は何一つなかった。

 休日であり、暇だったからだ。

 学校につくと石森と愛以外の昼食メンバーが校門前で待っていた。はて、何か約束をしただろうか? と思いながら美紀は三人に走り寄った。

 三者は前回のクレープのときとほぼ同じいでたちだ。違うのは三人とも荷物を持っている、というところだ。輝樹は丸めたビニールシート。松本はパラソル。制服姿の少女がパラソルの柄を抱えているのも変な光景だった。

「なんですか? 先輩。出掛けるってどこにですか?」

 ろくすっぽ用件を訊いていなかったので、美紀は問う。

 ひろこはバスケットを両手でかかえていた。バスケットからはハムと卵と――苺のにおいがする。恐らくサンドイッチが中に入っていると思われた。苺の芳香は苺ジャムに違いない。

「山へ行きましょう」

「はい?」

「ですから、今日は山へ行きませんか? ってお話です。えっと、どこか見晴らしのいい場所ないですか?」

 場を仕切っている人物がひろこというのは珍しい。愛がいないせいだろうか。それにしては、ひろこははしゃいでいる。嬉しそうなのだ。仕切りたくて仕切っているとしか思えない。

 美紀にはすぐに解った。ビニールシート、パラソル、バスケット、山。――なるほど。好都合だった。

「そうですね。去年の写生大会があった場所とかどうですか? 東口からこっち側が一望できますよ」

「いいですね、それ」

 

「どうして私が案内するんですか……」美紀は文句を告げる。

 同じ学校の生徒なのだから、輝樹やひろこが先導したっていい。今回の山行きを提案したのは自分ではないのだ。例年同じ場所で開催されているので、ひろこは識っているはずだ。松本は一年生なので識らないのも納得できるのだが。

「方向音痴なんですよ」ケロっとしてひろこは言った。彼女は嘘をつけないタイプなので本当だと思われた。「俺もだ」と言う輝樹の抗弁はうそ臭かった。

 写生大会で訪れた山の斜面は、学校の裏手からそう離れていない場所に位置する。授業で行く場所だから、徒歩でそれほど時間の掛からないところが選ばれるのは当然である。

 半時間もかからずに到着した。

 遊歩道を五分も登れば、見晴らしのいい尾根につく。

「わー。ほんとですね。一望です」

 あいかわらずひろこははしゃいでいる。いまにも踊り出すのではないか、と危惧が湧くレベルだ。

「しかし、することがないぞ」不満そうに輝樹が言った。恐らくひろこに来るように言われて渋々ついてきたのだろう。だったら、遊び道具を持ってくればいいのに、と美紀は思った。

「安心するがいい。ゲーム機器をダウン――っと、ちょっと待ってろ」

 松本が物陰に走って消えた。

「シート引きませんか?」

「ん、ああ」「はい」

 シートを丸めていたビニールテープを解く。ほかに誰もいないうえ、遊歩道以外の設備もないのでテキトーな場所に敷いた。

 敷き終えた頃に松本が帰ってきた。

 手には大きな紙袋。彼女は小柄なのでまるで紙袋にひっついているおまけのようだ。それほど大きな紙袋だった。

「ゲームだ」

 中に入っているゲーム類は電源のない所謂ボードゲームやカードゲームの類だった。次々と中身を松本は取り出したのだが、しかし、大きな問題があった。以下、松本と輝樹のやり取りである。

「チェス」

「二人しかできないだろう」

「将棋」

「それもだ」

「シャトランガ」

「そんなもん知らん」

「インド将棋のことだぞ。なら、マクルクはどうだ?」

「それも知らん」

「タイ将棋のことだぞ」

「将棋から離れろ!」

「むぅ……まだ、シャンチーとシャンギがだな……」

「どうせ中国将棋とかいうんだろう」

「なぜ、識っている!」驚く松本。

「お約束だ! というか、おまえワザとしてないか?」

「そんなことはない。ならこれだ、チャイニーズチェッカー」

「それ三人しかできないだろ……」

「オセロ」

「また、二人になってるし! 四人でできるのないのか?」

「……麻雀」

「絶対、あの二人ができないから」輝樹が振り返ると、二人とも首を横に振った。「ほらな」

「むぅ……。じゃあドミノ」

「倒せって?」

「違う。ドミノだ。世界三大ゲームのドミノ、だ」

「知らん」

 ドミノは倒すものである。それ以外の何だというのか。

「本当に地球人か? なぜ、私の方が詳しくないといかんのだ!」

「いいから、まだ入ってるだろう」紙袋を叩く。実際まだ半分も開陳されていない。

「ままごと……」

「却下」段々テキトーになってきた。

「遊○王」

「カードゲームはルールが難しいだろう」

「マジッ――」

「だからカードゲームはやめろって」

「バービ――」

「だから対象年齢もさげんな!」

「何をいう。大人だってお人形遊びするぞ」

「……次、行こうか」

「四人将棋」

「将棋に戻るなよ」

「四人将棋はちゃんとルールが――」

「却下」

「将棋崩し」

「次」

「チェス崩し」

「崩せないから!」

「しょうがない、トランプでソリティアだな」

「なぜ、一人でしかできないゲームを選ぶ? トランプあるなら、最初から出せ」

「ん。モノポリーもあるぞ」

「なぜ、マトモなのを最初にださない……」

 二人の協議の結果、トランプで何かゲームを、ということが決定した。長い戦いで二人は疲弊していた。

 四人がプレイすることにしたのは、七並べである。これが中々、腹黒さを計るゲームとしては有効だ。なんだかんだで、他にも豚のしっぽなり、大富豪なりを遊んだ。

「時代が経っても変わらないんですねぇ」とプレイ中、ひろこは言っていた。定番ゲームというのは未来世界でもあるらしい。

 ひとしきり楽しむと、昼近くになっていた。

「お弁当を食べましょう」

 美紀の読みどおり、バスケットの中身はサンドイッチだった。結構な分量が詰まっていた。

「手抜きだ」という輝樹に、なぜか松本がキレていた。「サンドイッチ伯爵に謝れ」とか言って。妙な取り合わせだが、仲はいいようだった。

 ほほえましい空間だった。しかし、それはすぐさま引き裂かれた。

「全く、ふてぶてしいガキどもだ」

 四人以外の声。男の声。

「誰だ?」輝樹が誰何する。

「俺だよ。赤塚だ」

「赤塚先生?」

 美紀は声の出所を見る。赤塚その人だった。黒い戦闘服のようなものを着込んでいる。

「よう、眠り姫」

「先生……どうしているんですか?」

「どうして? 俺は担任だろう」

 輝樹は不味いと思った。赤塚はゲロる気なのだ。全てを暴露されては今までの苦労が徒労、水泡に帰す。そして、それだけでは済まない。眠り姫が全てを知った後どうなるか? 誰にも解らない。美紀を気絶させようと、前回同様背後に回ろうとする。が、しかし、それは適わなかった。羽交締めにされたのだ。

「な……」黒装束だった。首筋には光る何かが押し当てられている。推測するに、刃物だ。抵抗せんとしようにも、近距離で動脈に刃を当てられては従うほかないだろう。臍を噛む思いで、輝樹は松本とひろこを見た。二人とも取り押さえられていた。美紀だけが、誰にも拘束されることなくフリーだった。

「埋没しすぎたようだ……すまん」松本が謝る。ようするに、敵の気配に気付かなかった。それはゲームに興じ過ぎたからだ、と言いたいらしかった。見るからにしょげ返っている。

 頼りの松本も捕らえられ、自分も自由ではない。武器の類は持参したが、バッグの中だ。携行しているわけではない。万事休すだ。

 赤塚は満足そうに微笑んでから言った。

「分子にまで分解された部下の恨み、晴らすぞ」

「できると思ってるのか!」口だけは自由だ。だから、輝樹は吠えた。吠えた瞬間、ナイフが首にぐいと押し付けられた。痺れたような感覚が押し付けられた部位を襲う。

「思っているね。死なばもろとも、だ」

「先生……あなたは?」

「俺か、俺はおまえの元担当医だ。現在は軍属だがな」

「――」美紀はまるで思い当たる節でもあるように、顔を伏した。しばらくそうしながら「担当医……」反芻する。

「植物状態と脳死というのは必ずしも、一緒ではない。聞こえていたんじゃないか?」

 美紀は顔をあげた。そして、言った。決断するように言い放つ。

「知りません」

 瞬間、赤塚が苦しみ出す。部下の黒装束たちも悶絶し始めた。輝樹たち三人は解放される。

 拘束が外れた勢いのまま、シートに落ちた。シートに落ちる音は自分のを含めて二つした。もう一つは美紀のものだった。彼女は前のめりに倒れている。輝樹は駆け寄った。

 赤塚たちに何かをされたのだろうか?

 傍らから輝樹の意を汲んで松本が応える。「大丈夫だ。今は」

 赤塚たちは苦悶の声をあげながら、草の中をのた打ち回っている。のたうつ彼らの身体は徐々に透けていっている。透明になっている。

 ナノマシンによる分解が行われているのだった。

 三分もしない間に彼らは綺麗さっぱりいなくなった。

「不味いな……」

「ああ」

「しかし、誰が――」

「恐らく――」

「だろうな」


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