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四章 創立祭 その3

 石森は危険だ、などと言っていたが二週間何も起こらなかった。所詮、変人のタワゴトに過ぎなかったようだ。そもそも誰に襲われるというのだろう。全く、心当たりがない。

 その日は創立祭を週明けに控えた金曜日だった。準備は終り、自分に割り当てられた分の展示ポスターも書き上げた。

 自宅の前でひろこたち三人と別れて、美紀は自宅の玄関をくぐった。

「ただいま」

 母親は専業主婦なのでふつう家にいるはずだ。家には灯も点いている。なのに、返事がない。トイレも確認した。鍵は開いており、中には誰もいなかった。母は、中で寝こけているわけではなかった。

 これだけなら、単に外出しているだけだと思うだろう。しかし、美紀はイヤな予感がした。シックスセンスのように頼りない感覚であったが、数週間前の夢の中の雰囲気に似ていると思った。野生の人間の危機管理能力のなせるワザだろうか?

 二階の自室に戻ったところで気付いた。部屋のレイアウトがおかしいことに。自分の部屋とはいえ、逐一その状況を把握しているわけではないが、ここは自分の部屋ではないと思った。いつも使っている私物はある。しかし、“妙だ”としか思えないのだ。恐くなって、自室から出ようとした。

「あれ……」

 扉には鍵がかかっている。開かない。何度も強引にノブを回すが結果は同じだった。鍵をかけた覚えなどない。焦って、がちゃがちゃと前後にも引いたり押したりを繰り返した。それでも、開くことはない。

「やっと、間違えてくれたか」

 聞きなれた声がした。声のした方向を美紀は見た。赤塚教諭が立っていた。学校で目にするスーツ姿でクローゼットの翳から姿を見せた。部屋に入った瞬間に彼の存在に気付かなかったのは、彼が身を隠していた所為だ。

「赤塚先生?」

 何故、自分の部屋、自分の家に担任教師がいるのだろうか? 美紀は意味が解らず、うろたえた。

「ふ」赤塚は不敵に微笑んだ。

 猛禽のような両目が美紀を威圧する。常のやる気のなさなどカケラもない。ほとばしる殺気を感じた。自分は狙われた小動物だ。そんな気分にさえ陥ってしまいかねない。

「えっと……」対処する為の言葉を探す。何といえばいいのだろう。何を言っても、いけない気がした。彼の放つ雰囲気が恐く、怖ろしい。目の前にいるのは何時ものやる気のない教師ではない。別人といわれたほうがしっくりきそうなほどだ。

「私と来てもらうぞ。眠り姫」ドスの利いた声で言う赤塚。無自覚に腰から下が震え始める。

「眠り姫? 何を言ってるんですか? 先生」何とか声を振り絞った。

 赤塚は部屋の中央を進んで美紀に迫る。

 美紀は動けなかった。

「まあいい。さぁ」

 赤塚の手が伸びる。彼の両手が美紀の肩口に触れようとして、ここに来て身体が動いた。電撃に打たれたみたいだった。

 美紀は身を翻して、走った。「や……いやだっ!」部屋の隅まで逃がれる。

「それ以上は、逃げられんぞ」

 赤塚が口笛を吹く。それを合図にして、天井からがさごそという音。何かが蠢いているようだ。家ネズミではない。もっとずっと大きい。

 がたんと音がした。天井板が外る。板と同時に、何かが落ちてくる。人の形をしているものが複数。彼らは落ちた天井板の上に降り立った。

 黒装束を身に纏った男だった。三人だ。夢で見た筋骨隆々たる男とそっくりだった。あれは夢ではなかったとでもいうのだろうか? そんはずはない。起きた時、何事もない平穏が拡がっていたではないか。では、これが夢だとでもいうのだろうか? 美紀は混乱して動くこともできずに棒立ちのまま、黒装束をバックにした赤塚を見続ける。

「ジ=エンドだ」赤塚が哂う。「さぁ、行け」黒装束に命令を下した。しかし、黒装束は動かない。

「ど、どうした?」赤塚が狼狽し始める。どうして命令を受諾しないのかと、背後を振り向いた。攻め立てるように彼らを睨むが、黒装束たちは微動だにしない。

「行けといっている! 上官のいうことが聞けんのかっ!」恫喝するような激が飛ぶ。しかし、なにも起こらない。黒装束たちは応えない。まるで死んでいるかのようだ。ゴーグル越しに覗く目に生気がないことに赤塚は気付いた。

 一体どういうことだ? と彼が思った瞬間――。

「甘い。甘いぞ。火星の軍人はデキが悪い」

 外れた天井板の間から飛び降りてくる人物。男たち四人に比べて、頭二つ小さい。松本クヌギだった。セーラー服を翻しながら、フローリングに降り立つ。あおられたスカートから一瞬だけ顔を覗かせる縞パン。

 赤塚が目を見開く。勿論、彼女のパンツを見ようとしているわけではない。突如の闖入者に驚いただけだ。驚いたのは彼だけではなく美紀もだった。

「何だっ! おまえは」

「名乗るほどではない」淡々として松本は言った。

「ミリティアか……くそが、邪魔をしてくれる」

「残念だがノーだ。私はミリティアではない」

「……松本さん?」美紀は思わず彼女の名を呼んだ。今回の夢の登場人物は、輝樹ではなく松本らしい。敵役は前回同様、ぴっちりとした黒い衣装を着た男たちだが。

「何だと……きさま、眠り姫に干渉しているのか」犬歯をむき出しにして赤塚は怒鳴った。鬼気迫る迫力。松本はハンっと鼻を鳴らした。

「おまえの部下はこの通り」

 松本はさきほどから直立したままの黒装束たち三人に近づくと、一人一人を軽く人差し指で突いて回った。たったそれだけで全員が糸の切れたマリオネットのように、次々と簡単に倒れていく。

「うあああ」美紀は悲鳴をあげた。腰の力が抜けて、床にへたり込んだ。ぺたんと冷たい床に臀部がつく。

「安心するといい。手塚美紀」震える美紀に優しく松本は言った。本当に安心してもいいような自信が見受けられる。

 危うく失禁しそうになる美紀だったが、黒装束たちは血を流していなかった。今回は部屋のライトが点いているのできちんと把握できる。彼らは身じろぎすらしないが、死んでいるようにも見えない。このことが少しだけ彼女を安心させた。

「まあいい。俺が相手をしてやる」赤塚は懐に手を忍ばせた。何かを取り出そうとし――顔を歪んだ。「ない……だと。確かに入れたはず……」

「“引っ張られた”な、軍人」

「何だそれは……」

「眠り姫が見ているからな」

 ちっと舌打ちして、赤塚は美紀を見た。彼女は氷像のようにしている。「そんなことがあるものか……? 俺は――」

「おまえは先生だ。そう、眠り姫の担任だ」

「意味が解らん」

「いいさ」松本は手首をくっと捻って言う。「ダウンロード。高速版っ!」天井へと声をかける。瞬間、天井をぶち破って光の筋が降り注ぐ。輝くベールが彼女を包み、数秒して光は霧散する。前回に比べて早い。さすがは高速版である。アニメに於ける高速バンク再生みたいなものだ。

 光なきあと、松本の手には例の光の剣が握られていた。刀身は短めに、六十センチ程度に抑えれている。室内戦を想定しての事だ。

「珍奇な……」

 言うと赤塚は松本に飛びかかる。

 松本は後に飛んで躱す。ベッドの上に降り立ち、剣を構える。二人は一定距離をとって対峙した。

「なるほど……おまえが報告にあったヤツか」合点したように、ふふんと唸る赤塚。

「それはよかった。彼らは大丈夫だったようだな」

「一人を除いてな。もっとも――おまえも俺も“消えて”しまうかもしれんがな?」

「やり方の問題だろう?」

「そうだな……」

 美紀をおきざりにして、またもや不可解な会話のキャッチボールが展開されている。一体なんだというのか? 勿論、美紀は手を出すことなどできない。二回目だから慣れるなんてこともあるはずがない。

「すでに何人か“消えて”しまったか?」松本は目を細める。わずかな憐憫の情が浮かんでいた。

「ふん。話す必要などあるか?」

「ない……な」

「だろう。しかし、ミリティアは新兵器まで開発していたとはな……。同盟の入れ知恵か?」

「それこそ、答える必要はあるかな?」松本は、にやっとわずかに口の端をあげた。「しかし、私は立ち位置としてはニュートラルなつもりだ」

「まさか! よくいう」わざとらしい驚きの声を赤塚はあげた。

「私は部外者なのだが」

 言うと、松本はセーラーの襟首をぐっと引く。すると、鎖骨の下あたりに例の銀板が顔を出す。

 赤塚は渋面になった。「ドッグタグ? いや、違うか」

 美紀も彼女の胸もとの銀プレートを見るのは二度目だが、やはりドッグタグにしか見えない。一体全体何だというのだろう。

「解らないか?」

「解らないな」

「そうか。同盟のデータベースをクラックしたりはしないのか?」

「できるものか。だからこその火星変異作戦なのだ」

 赤塚は手を孔雀のように拡げて言った。この誇らしげな態度は彼の体躯を一段大きく見せつける。

「つまり、軍部とはいえ、大した情報は持っていないわけか。して、なんだかんだ言って、口が回るな。おまえ」

 赤塚は嘲笑する。「お互い様だろう」

「違いない。ゲーム感覚かな?」

「ばかな! 我々は真面目だ」

「そうか。チングレクトミー=コンソールは完成していないのか?」

 松本の言葉に赤塚はひくっと咽を鳴らした。痛いところを突かれたようだった。

「眠り姫が手にはいらんと意味がないではないか」

「それはそうだ」短く頷く松本。

「行くぞ」やにわに赤塚が吠えた。

「律儀だな」松本が身構える。ブレることのない光の剣。

 部下たちから前情報を聞いているはずだが、赤塚は少しも躊躇わなかった。相当の自負があるのだろう。

 ラガーマンのタックルのような勢いで赤塚は突っ込んだ。一点の狂いもない。真直ぐに両眼で松本を見据えての攻撃だった。

「おうっ!」松本は剣を振り下ろそうとするが、赤塚の膚を掠めもしなかった。それどころか、低い体勢のまま放たれた赤塚の肘をまともに腕に受けて、剣は中空へ投げ出された。剣は弧を描きながら、フローリングに落ちて滑る。滑った剣は美紀の脚に当たって制止した。刃が美紀に接触する。

 珍しく驚きの表情を湛える松本。彼女を尻目に赤塚は掴みかかり、体重をかけて押し倒す。松本の腰を腿で挟み込み、馬乗りになる。赤塚の顔は勝利の確信に染まる。この体勢では逆転は難しい。松本の敗北は喫したかに見えた。

「殺すか?」冷静に松本は赤塚を見上げながら言う。自分の敗北が間近に迫っているにも関わらず。さきほど浮かんだ驚きの表情も消えてしまっている。

「どうだろうな」

 赤塚の両腕が松本の首をホールドする。力がこもり始める。松本の気道と静脈が、強い膂力で締められる。大の大人の力に、細い松本の首が軋み出す。明らかな殺意が感じられた。

「……レジュ=ライアトゥル」気道から声を絞り出す松本。飛び出したのは、聞いたこともないような発音の言語。人間に発音できるのが不思議なくらいの変わった音色と響きを持っている。

「ん?」怪訝な表情になる赤塚。

 よもはや相手が宇宙人とは思っていない彼に松本の出方が解るはずがない。いや、宇宙人と知っていても無理だろう。相手の技術体系を熟知でもしていない限りは。

「……アハ!」

 松本が言う。

「うぅ!」

 突然、赤塚の口が開かれた。やにわに唾がたれ始める。そして、彼はのしかかるように松本の上に倒れた。赤塚は完全に力をなくしていた。まるで彫像のようだ。

「重いぞ……」松本は赤塚を押しやって、立ち上がる。赤塚はベッドから転げ落ちた。彼の背中には光の剣が刺さっていた。遠隔操作で光の剣を赤塚に背後に刺したのだ。

 バン!

 赤塚が床に落ちるのとほぼ同時、美紀の部屋の扉が蹴破られた。二つの衝撃音がシンフォニーとなる。

 蝶番が外れて飛び、ドア板が室内に倒れた。

「松本っ!」

 怒鳴り声をあげつつ、輝樹が入ってきた。どたどたと革靴を鳴らして。

「なんだ?」何ごともないかのように、松本はぼさぼさの髪を掻く。上体を落ち着けながら、輝樹のほうをきちんと向いた。

「なんだじゃない! “リセット”されたらどうする?」

 ずかずかと歩みを進め、松本の正面に迫る。睨むにようにして彼女を見下げる。

「おいおい、横山輝樹。今回、“リセット”はないぞ」やれやれとばかりに松本は首を振った。短いショートが揺れる。

「なぜ、そんなことがいえる?」

「見ろ」

 目で松本が示す先には美紀の姿。彼女は座ったまま気絶している。うなだれたように上半身が斜めに傾いでいる。長い髪が顔を覆っている様子は人形のようだ。

「おまえがやったのか?」難詰するように松本へ輝樹が言う。

「いや……不可抗力だな」

 赤塚に剣を飛ばされた際、その光刃が美紀に接触していたのである。その所為で彼女は黒装束や赤塚同様、光の剣の力で失神したのだ。だから、彼女は途中から赤塚と松本の戦いの趨勢を見てはいない。最悪、結果が知れていない。

「まあ……部分的に再構成されないとはいえないんだが……」

「くそ……」輝樹は痰を飛ばした。

「おいおい。いくらここが美紀の本当の部屋でないからといって、行儀が悪いぞ」

「いいんだよ。アコギなやり方をした軍部が悪いってもんだ」嫌悪感も露に、動かない赤塚を睥睨して吐き捨てる。動かない相手であろうと、彼には容赦がない。

「なら、おまえが自分でやればよかったではないか。今ここにいるということは、つけていたのだろう?」

 松本は輝樹と会話をしながら、赤塚から剣を抜いた。刃の色がピンク色になっている。透過させるでなく、実際に相手に突き刺す為に出力をあげた結果だ。松本が柄のスイッチを押すと刃は柄へと収束するようにして消えた。

「どうしても、できなかったんだよ」

「一緒に帰ることが、か?」

「ああ」苦虫を噛み潰したような顔を輝樹はした。自由意志が阻害されているような不快感を覚えているのだろう。なぜなら、輝樹は“引っ張られて”いるのだ。横山輝樹として存在するにように、と。

「そうか。どこかで横山輝樹として振舞うようにとの願いがあるのだろうな」

「ん……待て」険のある声を輝樹は出す。「俺は横山輝樹だぞ……?」

「解ってる。そういうことになっているのだろう?」

 ぴくりと動く輝樹の眉。

「おまえ……」

「詮索するな。私は識っているに過ぎない。どうもしない」

 つとめて冷静に松本はいうのだった。輝樹はそれ以上深入りする気はなかった。


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