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四章 創立祭 その1

 いつものように朝から愛は手塚家にやってきた。今日は一人らしく、輝樹の姿はない。

「昨日、なにかあったの?」昨日からずっと、ききたかったことを美紀は訊いた。約束を中途で反故にした理由を質すのだ。

「急用だにゃ」しれっとして愛は応えた。取り繕う様子もない。

 やり返せるチャンス到来とばかりに、目を細めて美紀は愛に肉薄する。「男?」

「まさかっ!」愛は大げさに仰け反った。アメリカンな動作だった。「ありえると思うかい?」指先をタクトのように左右に振る。

「なくはないんじゃない?」

 ティーネイジ中盤というのは、ホモ=サピエンス=サピエンスが最もサカる時節である。愛に男の一人――二人できるのは倫理上不味いかもしれないが――くらいいたとして、何の不思議があるだろう。

 美紀は目を細める。(いぶか)しむ。

「ははっ! なら、そういうことにしておくといいさね」

 結局愛ははぐらかしてしまった。美紀もそれ以上訊かなかった。無駄だろうと思ったのだ。復讐は失敗した。その代わり、輝樹について訊ねる。「輝樹くんは? 今日は一緒じゃないの?」

「さぁ?」

「知らないの?」

「知らない。家、そこなんだから、行ってみれば?」

「うん……そうだね」

 横山家の玄関チャイムを鳴らした。屋内から反響するピンポンが漏れ聞こえるが、誰も出てくる気配はない。居留守の様子もない。家の中に人のいる感覚もなかった。

「いない?」

「みたいだにゃ」

 しかたないので、二人はそのまま学校へ向かった。遅刻はしなかった。

 

 二年四組の扉を開ける。教室に入るなり、石森が飛びかかってきた。両手を翼のように、磔刑にあったクリストのように拡げて、閉眼している。嬉々とした声音で、「おお、神様。無事でしたか」

 美紀はぞっくっと背筋を震わせた。おぞ気が電撃のように全身を駆け巡る。

 石森が美紀に抱き付く寸前で、横合いから愛がインターセプトを決めた。

「はいはい、昭二くん。うざいにゃ」

 愛は石森を羽交締めにした。その隙をつき、美紀は自席につく。輝樹の姿を確認すると、きちんと自分の席に座っていた。机につっぷして、朝のHRが始まるまでの仮眠をとっている。欠席というわけではなかったらしい。

「そうだにゃ、昭二くん。みーにゃん――美紀のいうことって何でも訊く?」

 愛は締め付けたまま、石森に言った。

「え? はい。もちろんじゃないですか」当然のように石森は答えた。確信犯的微笑を湛えて。

「美紀教のひとかにゃ?」愛は周囲には聞こえないように、彼の耳に口を近づけ、訊ねる。

「どうして、それを?」

 一瞬だけ引き攣る石森の表情。しかし、それはすぐに元に戻った。

「あたしも、そっち側なんだにゃぁ」

「信徒の方?」石森の両目が大きく見開かれた。意外だといわんばかりの驚きで満ちている。

「いやいや。違うけど」

 愛は軽く首を左右に振る。

「なら――」言いかける石森の口を塞ぐ。そして、愛。「おっと。いいかい? きみのような信徒はたくさんまぎれているはずだよね?」

「はい」

「きみだけ、神様だの、何だのと言っていい道理があるかな?」

 愛は依然として小声だ。一方、石森は声がふつうの大きさだ。

 声を落とすように、言外にして、愛は締め付ける力を強めた。

「しかし――」

「きみの、そういう言動が、きみらの神様の怒りを買うことくらい、識っているはずだと思ったんだけど?」責めるように顔をしかめて愛は言う。すごむような雰囲気が双眸から噴出されていた。

「ですが……」

「この世界が終わって欲しくないでしょう?」

「勿論です」

「なら、美紀のことを神様とか呼ばないこと。せめて、美紀さんにしときなさい」

 石森は渋面になった。まだ納得していないようだ。彼にとって、手塚美紀は神様であらねばならないらしい。頑固一徹な態度を崩さない石森に対して、はぁと愛は溜息を一つ。「だったら、少し前のことを憶えている?」と問う。

「少し前ですか?」

「二週間くらい前、世界は再生した。違う?」

「確かにしました」

「また、存在を変革されたい? 折角、自分が“選民”と気付いたのに?」

 “選民”に強いアクセントを置き、愛は言った。

「……はい」

「唯一神の存在を知覚している人間ばかりがいるわけじゃない。多くの人は無自覚なはずでしょう? それに、無駄に布教する気もないでしょう? 選民の意味が灰燼に帰すから」

「もっともです」

「なら、心の中だけで神様と呼びなさい。解った?」

「解りました」石森は頷く。

「よろしい」傲然と頷き、締め付けを解く。彼の背中を叩いた。そして、美紀を呼んだ。「ねぇ、みーにゃん」

「んん?」

「昭二くんが改心したって」

「改心?」不審げな顔をして美紀は愛と石森を見上げた。はて、改心とは何の話だろう?

「今まですいません……美紀さん」悄然とした様子の石森。本当に、今までの暴挙の数々を悔い改めているように見える。しかし、美紀は黙ったままだ。謝罪されたからといって、気持ち悪さが引くというイワレはない。

「こういうこと。もう、みーにゃんのことを神様呼ばわりしないから大丈夫」

「……本当に?」疑いの眼差しを向ける。いままで散々連呼していたのだ。どだい、信じられるものではなかった。

「はい。本当です。本気と書いてマジと読みます」悄然とした態度が一瞬にして消え去って、暑苦しく石森は宣言した。あまりに、暑苦しかったので「もういい。解った」と美紀は応えた。

 石森が改心したおかげで、日々の波乱は著しく減少した。宣誓どおり、彼は美紀を美紀さんと呼んだ。

 そして、昼休み。最早恒例となった六人のメンバーが文学部室に集合している。

 適当な雑談の最中、今日は気絶させられなかった石森が全員に向けて言った。

「今日から二週間、創立祭の準備で夜が遅くなりますよね?」

「そういえば、そうだな」と輝樹。

 下谷川高校創立祭。五月の中旬に行われる、一般的にいえば文化祭のようなものだ。実際、当校には文化祭がなく、代替と考えていい。今年は創立八十周年と区切りがよい。ならば、それなりの規模の催しをするかと思われるだろう。しかし、進学校なのでそこまで派手なことは予定されておらず、規模予算共に例年通りである。かといって、全く何もないわけではないので、生徒たちは模擬店やクラス展示を行う。

 今朝のHRで議題が出され、一時間目も潰して話し合いが行われ、クラスの出し物が決まった。大して予算もないので、『歴史展示』という面白くもなんともないモノをすることになった。提案したのはクラス委員長である。この案に対抗馬として、喫茶店や劇などのアイデアも出るには出た。しかし、ことごとく担任によって却下された。面倒くさかったのだろう。

 『歴史展示』なんて、盛り上がらないし、やる気がでないものではある。けれども、三年生になると受験対策に時間を割かれ、祭りを見物する以外の参加ができなくなるので、皆不承々々取り組むようだった。一応の青春の一ページである。

 美紀は二十一世紀中葉を担当することになった。歴史展示なのに、なぜか未来を担当するのだ。変な話である。

「日暮れの帰宅となると、美紀さんが危険になると思うのです」

「……まさか。夏は日も長いし……」まるでお姫様扱いなので、美紀は慌てた。神様の次はお姫様扱いである。素直に喜べないのは、言いだしっぺが石森であるからだ。

「いえ、ありうる話です」ひろこもなぜか、同意した。

「え、永井先輩?」

 何故、ひろこが同意してしまうのか、疑問符が飛んだ。

「そこで、ぼくは美紀さんのガードを買って出ようかと」胸を張りながら石森が言う。美紀としては当然、御免こうむりたい。(たす)け舟を期待して、愛と輝樹を見た。

 美紀の意を汲んだのか、輝樹が言う。「そんなもん、俺らと登下校は一緒だ」

「横山さんは生徒会があるじゃないですか」

「サボればいい」生徒会長のくせに平然として輝樹は言った。不真面目なことこの上ない。美紀は思った。横山輝樹という人物は、こんな言動をする人間だっただろうか? と。どうも違和を覚えてしまう。もっと真摯な人物だったはずだ。

「いや……。横山輝樹、私が代わろう」静観していた松本が割り込む。声がくぐもっているのは、日の丸の種が口中にある所為だろう。今日も種の中身を食べる気満々と思われる。

「松本さんが?」

「ん。手塚。こいつ結構、腕っ節強いぞ」

 自慢げに輝樹は隣席に座る松本の肩を叩く。松本は彼のことなど気にも留めず、ひたすらに種をハモハモするのをやめない。

「そこが問題なんじゃなくて……」「そういう問題なのかにゃぁ」ほぼ同時に言う二人。美紀は石森に来られては迷惑なのでしきりに拒否する。「いいよ。そんな、別に通り魔が出没してるわけでもないし。愛と二人で帰るよ」

 しかし、愛はまたしても裏切った。どうも最近、裏切り傾向がある。これも含めての彼女らしさであるにしても、多すぎやしないか。

「あはは。ごめん、みーにゃん。あたしさ、創立祭本部の役員なんだにゃぁ、これが」

「え……」終わった。輝樹は生徒会。愛は本部役員。つまり独りで帰る羽目になるということ。これでは石森が問答無用でついてくるだろう。美紀は頭を抱えた。抱えながらもストーローで牛乳を吸う。二百五十ミリリットルの分量は、あっと言う間になくなって、ぎゅるぎゅると空気を吸う音だけになる。

「じゃあ、私たちと下校ということで」

「先輩、西千拾なんですか?」

「そうですよ。正確には西ではないんですけど。この前も帰りに同じバス停で降りたでしょう」

「――そういえば、そうですね」

 あの日、駅からの帰り同じバス停で降りた。松本以外のメンバーは皆近場に棲んでいるということらしい。

「私もどの道、駅へ行くのに通る。少し遠回りをするだけだ」

 松本の言い分が続く。

 そして、当然のように石森が言う。「そして、ぼくも行きますよ」

 創立祭の間は下校メンバーが変わることが決定した。石森と帰るのはイヤだったが、四人なので大丈夫だろうと思った。実際問題、石森は美紀を神様と呼ぶことは二度となかったし、松本は何を考えているのか計りかねたが、ひろことはそれなりに会話もできたので十分といえた。

 二週間後の創立祭へ向けての準備は着々と進んだ。とはいっても、少し未来技術について調べ物をする程度だ。推定未来人のひろこに訊くと吉なのかもしれなかったが、美紀はインターネットに頼ることにした。ひろこの話は難しいのだ。無駄に。だから、理解がおっつかない可能性があった。ゆえに訊かなかった。

 準備は放課後を使って行われることが多かった。部活動生の大半は部活をしながらなので、結構大変そうに思えた。


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