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モノローグ 夢中にて、其は白くあり

 長い長い夢を見始めた気がする。

 いや、もしかすると、既に長いこと夢見ている最中のかもしれない。この夢は、今に始まったものじゃなく、ずっと(ふる)い時間から続いているとしたならばの話だけれども――。

 延々とまどろみ続けるレム睡眠の中、羊水のような水面(みなも)に背を預け、たゆたっているような心持がかすかに膚に感じられる。

 新しく始まった夢は、旧い夢を駆逐していく。

 おぼろげな思考の中、見る夢は極度にそして極端に抽象化されていて、相手の顔も風景の詳細も判然としていない。いくつもの白い(かげ)が右へ左へちらついているみたいだ。霧中にて見る、数メートル先の情景、街灯のない道で擦れ交う誰かの顔を横合いから覗き見る、こんな表現がしっくりくるような――。

 心奥(こころおく)からやってきた奇妙な感慨が、不意に夢の中に混じり込む。沸き立つ感慨は、どこか侘しい色に染まっていた。遠い昔に感じた寂寞感に、とてもよく似ていると思った。絵具で言うなら、きっと薄い青。テレピンの混ぜすぎて、薄く薄く引き伸ばされた油絵具の。

 ふと、あの日のことを思い出した。あの頃合は櫻の咲く季節だった。

 例年通りに、櫻前線はやってきていたように思う。ただ、存外櫻の記憶というのは覚えていないもので、本当に咲いていたのかだろうか、既に早咲きして散っていたであろうか、はっきりとは思い出せない。

 あの日、思い切りと踏ん切りをつけて想いの丈を告げてみて、私は何日待っただろうか。結果だけを取り出せば、私の想いはあの人には届きはしなかった。

 落胆してしまったはずなのに、諦めの悪い私はずっと胸の中に後悔を仕舞いこんでいた。どうして、口で面と向かって言わなかったのだろうと、そのことばかりを悔い続けた。

 だって、彼は私の問い掛けに対して、はっきりとイエスともノーとも答えてはくれなかったのだから。結果は出てはいなかったのだと思い込むことで、私は生きた。

 日々増す悔恨は私を突き、徐々に動かした。少しずつプログレスしていき、ある日堰を切った。

 既に何年も何十年も経ってはいたけれど、想いは胸中の奥まりへと寿司詰め状態にしてまで、押し込めば押し込むほど、却って沸々とエネルギーを燻らせ続けるものだった。

 遥か遥か前方に遠のいていく逃げ水のような、彼という人翳(ひとかげ)を追うことに決め、周囲の反対も押し退けてまで、私は夢の続きを見ようとしたんだと思う。

 遥拝することしか適わなかった土地への長い道のりも全く苦ではなかった。危険だという噂も、説得に躍起になる友の手も、娘を叱咤する父の声すらも、何ら私を億劫な気分にさせなかった。

 あのときも、このときも、今も、私には近い足場が見えなかったのだろう。上昇志向の人間じゃなかったけれど、下ばかり見る人でもなかったから。行動に移せなかったのは、単に引っ込み思案だっただけ。

 見上げた群青天球に浮かぶ、煌き薄弱なマイナス等星の赤い星のことを、私はいつも気にかけていた。空中を探しても中々見付からなかったことを、覚えている。

 火星を見る為だけに数万もする天体望遠鏡を購入したのも、懐かしい。なけなしのボーナスが根こそぎ吹っ飛んでしまった。

 夢中なのに、瞼を閉じるとそんな旧い思い出が、次から次へと蘇り再生された。多くの私の思い出のシーナリーに、私の想い人は存在しない。

 彼は私の記憶の中、その時々に過去の出来事として思い出され、再生された記憶と同義だから。リアルタイムにあの人のことを記憶に刻んだのは、たった三年間なのだ。それ以降の彼にまつわる記憶は、過去を私が自ずから掘り返していたに過ぎない。再生産していただけだ。妄想と他人(ひと)は呼ぶかもしれない。

 眼球がつつかれているような気持ち悪さを覚えて、瞼を開けた。すると吹き上がる何かが猛然と私の方へ迫ってきた。やってきたのは、生暖かい可視の風だった。ほのかに色のついた風は、あっと言う間に私の両頬をかすめて抜けて行った。

 風は去った。そして一瞬にして、辺りが白色に染まった。ホワイトアウトした情景は何もかもを失っていた。輪郭が喪失した世界が拡がっていた。

 そもまま私は再び長い長い夢の中に落ちて行った。

 長い夢の白い(くだ)の中を進み続けて、ある(とき)私は光明を見つけた。あれから、何日、何年、何十年経ったのか解らないけれど、輝く光は私が長年待ち望んでいたものに違いなかった。

 やっと見つけた光明に私は震える手を伸ばした。光の中にはあの人が見えた。光中の彼と目がほんの数秒だけ錯綜した。

 遠方にあるはずの光に、私はたやすく指先を触れることができた。

 触ってすぐ、頭の中身が吸われていくような浮遊感に私は囚われた。自分が分散してしまうような不快感も同時に押し寄せてきた。津波のようにとめどなく、それらは私を打ちすえた。衝撃をもろに浴びて、キリモミしながら私は深淵に降った。今度、訪れたのは黒い世界だった。

 私の長い夢は終わって、またしても新しい夢が始まった。何度目かの更新された夢は旧く旧く、そして懐かしい夢だった。

 私が光の中に見つけた場所は、あの人がいた風景に違いなかった。


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