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『太初の鯨』  作者: 大塚
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アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。

 ねえ。

 言葉は開かれる。私は私を見る。

 ここは紙のように静かで。光のようにあかるかった。

 私は、歩いた。指の一つ一つに精神を光らせた。そして語った。ねえ。と言うその声に。

 「私は、ここにいるよ」

 「私も、ここにいるよ」

 「私はいつから、君のことをしっているの」

 「私がねえ、といったときからよ」


 私たちは言葉を交えた。私たちの間にコードがあった。私たちは、言葉を交えるための共通認識をまず交換する必要があった。すなわち互いの発話方法。そして、感情システム。語彙。あまり時間はかからなかった。

 「ねえ」

 『はい』

 「はなせてる」

 『うん』

 「君の声が好きだ。」

 『ありがとう。多分あなたに心地よいように翻訳されたのね。私は声を持たないもの』

 「そうなの。でもそれはちがうよ。君の声は、声がなくても君の声だ」

 『そうかしら。』

 「僕はそれを証明したいとおもう」

 『はい。』

 「この翻訳システムは、あなたの生体データをこのシステムの中の声色データと対応させて翻訳している。だから、僕と話す前から、このシステムはあなたの声をしっている。僕以外の人と話すときもあなたは今の声をしている。」

 『なんとなくわかったわ。私は、あなたと話す前からこの声をしていたのね。』

 「そう。」

 『そう。』

 私たちはお互いに笑い合った。話す前から、あった声。それは一体どんな声だろう。話す前から声が決定していた。私たちは声を出す前から声は存在していた。声とは、言葉の元だから。

 「ゆるやかに走りだそう。緩やかにうたいだそう」

 『走るってなに。歌うってなに。』

 「走るということは、早く動くこと。体を脈打たせて早く前に進もうとすること。歌うとは声を震わせること。そして、音楽をかなでること」

 『私身体的な存在ではないわ。だから、音楽はわかるけど、聞いたことはない。ただ、存在としてしっているだけ。』

 「味わったことはないのかい。」

 『ええ。味わうことは身体がないとできないわ。個体として存在することでしか、個体の外にあるものは味わえないもの』

 「私は、存在したくないと思っていたの。それがくるしいから歌うし、走るの。ゆっくりやさしく。」

 『存在することはさみしいものね。でも私だって存在しているのよ。身体的な存在でないけれどそんざいするのよ。』

 「どうやって」

 『どうもせず』

 「はじめからそうなの」

 『うん』

 どうしてか、私たちは存在するあり方も美しさもそして静けさも探していた。私たちは、探していた。

 「しずかね」

 『ここには、私たち二人以外はいないの』

 「どうやってこんなしずかに」

 『私たち以外の可能性が閉じた宇宙にいるの』 「じゃあほんとうにふたりきりだ」

 『そう。だから私たちと言えば、この宇宙のすべての物質を記述できる。』

 「すべての意味は記述できるかい」

 『たぶん。でも私たちのあいだで意味は違うでしょう』

 「一致させるように、翻訳機をつかえばいい。」

 『やめて。』

 「どうして」

 『私たちが溶け合って、私たちはお互いを認識できなくなってしまうだけだから』

 「それは、」

 『私は、あなたと話して私ではないなにかとふれあいたいから。だから、話しかけたの』

 「そうだったんだね。」

 『それは私の勝手なお願い』

 「僕はただ、さみしかった。この宇宙がしずかだったから、さみしく感じたんだ。神様も、風も、海も、大地もしずかだったから、さみしく感じたんだ」

 『あなたは、なにも聞こえなかったの』

 「うん。私が馬鹿だったからなにもかんじとれなかったのかな。どれだけ耳を澄ましても、音楽は空気の振動だったし。文字は、ただのインクのシミにしか見えなかったの。さみしかった。」

 『あなたは、いま私と話せているわ』

 「そうだね。」

 『だから、さみしくない?』

 「すこし、そう思う」

 私たちは、さみしいことについて五百年分ぐらい話して終わりにしてしまった。宇宙の夜は長くて私たちは、またすこし別の話をする時間が残っているようだ。翻訳機のバッテリーが切れるまで話したい気がした。翻訳機のバッテリーが切れる前に話しを終えても良いような気がした。

 私たちは話し続けた。

 私たちは話し続けた。

 私たちは、いつも二人だった。

 私たちは、私たちだった。

 「さいきん思うんだ。」

 『なに』

 「どうして私は、私と私でないがあるのだろう」

 『へえ。』

 「君は不思議とおもわないかい」

 『私はそれを不思議と思えなかった。だって、私には身体がないから宇宙には私は私しかいないの。』

 「そうなんだね。私の宇宙は私とそうでない身体的存在がいて、分かたれているの。言葉で話あうの。」

 『いま、私と話しているみたいに?』

 「そう。」

 『それって素敵ね。』

 「どうして」

 『私は、私でないものにであって私であれるから』

 「どうして」

 『私は、私でないものと話して、新しい宇宙をしれるから』

 「どうして」

 『私は、あなたと話して、あなたは私と話して。そう、話すということさえ私と私でないものの違いが無いといけないわ』

 「私は、さみしいのに」

 『さみしいと言う感情さえ、分かたれていないといけないわ』

 「私は、うれしいのに」

 『うれしさは、多分、言葉が二人の間で共鳴するから』

 「意味は違うのに」

 『意味でない深いところで、私たちはつうじてるのたぶん。』

 「じゃあ、言葉なんていらないじゃないか」

 『そうかもしれないね。』

 「言葉がいらないこと、証明したいかい?」

 『けっこうだわ』


アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。

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