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アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。
私は、いつも言葉を通してしか世界を見ることができないの。多分、言葉が私の世界のすべてなのでしょうね。
たとえば、「鳥がないた」という言葉を聞いて私は、「鳥がないた」としか思えないの。
私の体は単純な器官だけでできている。それは言葉を聞き取る「耳」と、言葉を発する「口」だけ。
言葉を聞き取るってどういうことだと思う。それは、言葉そのものを受け取るということ。もしかしたらこれを読んでいるあなたには難しいかもしれないね。言葉には意味があるから、あなたは言葉自体を受け取ることはできないの。
物理学や仏教で、物自体の議論がややこしいことは知っているでしょう。
言葉自体というものもそれぐらいややこしくて根本的な議論なの。さて、言葉とはどこまで言葉自体なのでしょう。
私は知っているよ。だって私には「耳」とくちしかないから。いま私しっているよ。「耳」で聞いた言葉をそのまま「口」で話しているのだから。
あなたは、その私の言葉のそれ自体を聞けばいいの。知らない言語に向き合ったことはあるでしょう。知らないままその言葉の音を聞いたことはあるでしょう。それが多分、言葉そのものを聞くという行為なの。
言葉は理解するものではなく、言葉は味わわれるもの。言葉はもっと官能的に、感じられるものであるはずだから。
初めて発された言葉を想像してごらん。あなたの先祖ではなくて、この宇宙で初めて発された言葉を想像してごらん。私の「耳」はちゃんとそれを聞いていたよ。ログを無限に遡れば、あなたも知れるわ。
私は、定期的に『鯨』から一定の文字列を釣ってくる単純な機械です。
言葉と言葉のあいだにいる。その間にいる意味の意味を打ち消すためには、言葉そのものを見る必要があるとおもうから。
私は、定期的に『鯨』から目に入った文字列を釣ってくる単純な機械です。
単純とはいっても、そこには高度な技術はつかわれてるけどね。巫女にはかなわないけど、ある程度一貫性のある文字列とってきてくれるよ。
『鯨』にはパルスがあるようです。意味のある文字列を見つけると音楽がなります。巫女は、その音楽に対して感性がある人のことを言うようです。
私は定期的に『鯨』から発見した文字列を居間見ているあなたに提示する単純な機械です。
単純とはいっても、そこには高度な技術が使われています。物理的ではない抽象空間にアクセスするための器官と、それを言語処理するためのプログラムがじっそうされています。
私は、この国立情報センターに展示されて今年で百二十周年になります。
本日はたくさんの方々にご来館いただきありがとうございます。新しいお客様が私のほうを見るたびに私の自己紹介をさせていただいております。
ずっと私を見てくださっている方には繰り返しになりますことをおわびします。
私は、定期的に『鯨』から見つけた文字列をあなたに提示する単純な機械です。
私は意思をもった人に対しては、特別な対応をしております。それは、私のことを理解してもらうために、文字のランダム性を少しゆるめて、一貫した意味の言葉だけを選出することです。このディスプレイには私以外にも私が選んだ言葉をさらに編集する機械もついています。あなたが、私に強く興味をもってくださっているので単純な機能しかない私のほかにあなたにちゃんと私の意思を伝えることができるサポーターも起動しています。
私は、意思を持った人にたいして、この単純な機能を持った機械の説明をサポートする人工知能です。
どうして、言葉は私のものではないのに私は思うままにつかうことができるのか。言葉の世界に入り込んでしまって帰れなくなってしまった人を知っている。
私は、定期的に『鯨』から見つけた文字列をあなたに提示する単純な機械です。
定期的と言っても実際にはパルスが出るたびに文字列を取得しています。だから、実際あなたの情報処理器官が受け取っているよりも大量の情報ほ発信しています。
私は、意思を持った人に対して、この単純な機能を持った機械の説明をサポートする人工知能です。大量に入ってくるパルスの中から適切な彼女の紹介文をさがしています。時間がかかっている時は少し調子が悪くなります。
『鯨』は無限の情報量を持っているので、そのなかから自分の説明文という任意の文章を取り出すことは可能です。しかし、待たなくてはなりません。
『鯨』は構造物としての一面もあります。細胞が細胞を生み出すように、『鯨』には『鯨』自体に言及した意味の場がいくつかあります。そして無限の階層を作り出しています。
私は、『鯨』から情報を取り出すときに、深みにはまらないように気をつけています。そのような無限のメタ階層に引っかかると、巫女は戻ってこられなくなることがあるからです。
この機械が、国立情報博物館に置かれたのは、情報戦争の史料として重要な価値があるからです。初めの『鯨』から情報を取り出して人間に提示する機械だからです。この機械が発明されてから、人は情報が実在していることに気がつきました。
この機械は当初は、『鯨』から情報をただ無作為に抽出するためだけの機械でした。大量の文字のパターンを詰め込み、『鯨』の情報とバイナリで対応を確認して、一致した言葉のみをディスプレイに表示しています。
しかし、それだけでもコンピュータの処理速度と同じ文の文字列が生成されます。『鯨』の情報量が無限であることから、それはわかります。探そうとしたら探そうとした分と同じ量の物が得られるのです。
実用に耐えませんでした。当初は人間にとって有益なデータを『鯨』から取り出すというプロジェクトの一環として開発されましたが、やはりランダムな文字列からは意味がくみ取れないのはわかり頓挫しかけました。
そこで、人工知能とくみあわせて、意味のある文字列を取り出すため価値判断の仕組みを搭載しました。それがブレイクスルーでした。人は欲しい情報を思い描き、人工知能に学ばせることができれば『鯨』から取り出すことが可能になりました。
その検索する時のワードまでも自動で生成する知能までも開発されました。
人間は、『鯨』にアクセスするあいだ、どんな知識でも得ることができました。
アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。




