35
『太初の鯨』
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「ねえ。アイリ。あなたは必要とされているの。」
ミラテルイテは言った。
「アイリ、あなたは『鯨』を探索をしてもらうわ。」
アイリは、どこかに連れて行かれている。アイリはそのことを知っていたが反論した。
「ミラテルイテ、なぜ移動する。『鯨』はもうここにいるのに。いや、『鯨』は遍くここにあるのに」
「アイリ、わかっている。しかし、あなたが集中しやすい場所に行くのよ。」
「それは、ありがとう。」
「あなたが使っているその体。さいこうのパフォーマンスを発揮できる時間は限られているから。だから、そのことも考えて、体に会う場所を探しているのだょ。」
「探しているの」
「探しいているのよ」
「見つかる」
「見つかるといいわね」
と言いながら、ミラテルイテの足取りは、規則的だった。また、ここまでくるのに、最少の歩数で歩いていた。だから、最初からどこに行くのか決まっていて、ミラテルイテはそこに行くための道も知っていて、そこを目指すために歩いていて、その意図が今まで正常に達成されているということだったのだ。
アイリは、自分もこれからやることもミラテルイテの計画通りに行くのだろうかと思った。
「それは無理だわ。」
ミラテルイテは、言った。
「だって、自分のことは自分でわかるけども、あなたのことまでは自分の思い通りになるとは限らないでしょ。」
「そうだね。これって当たり前のことかしら。私のいる宇宙では、当たり前のことかしら」
「あなたどの宇宙のこと言ってるの。さっきまで別の宇宙にいたくせに。」
「この宇宙のことよ。」
「じゃあ、当たり前のことでしょう。」
「どのくらい当たり前ですか。」
「そうね。当たり前過ぎて、哲学者が二千五百年前に考えてた記録が見つかるぐらいだわ。」
「なるほど、そのくらいの当たり前さなのか。」
アイリは少し安心して、笑ってしまった。
「あれれ、この笑いという奴は何だ。」
「うーん。体に備わってる機能だよ。」
「うーん。それにしても、不思議だな。」
「これも、当たり前のことだわよ。」
「そうなの。笑うことが当たり前なの。」
「そうそう。」
「この宇宙ではどのくらい当たり前のことかしら。」
「さあねえ。多分誰の体にも、笑う機能が備わっているぐらい当たり前。」
「ありがとう。教えてくれた。ミラテルイテに感謝する。」
「ありがとう。ありがとうと言ってくれたアイリ。」
二人は、早速確認した当たり前さを確認した。ミラテルイテは、笑ったが、アイリは、ミラテルイテのことなどわからなかった。
「ついたわ」
そこには、空間があった。ミラテイルイテがついたと言ったのだから、空間があった。アイリは、その空間に入って行った。ミラテルイテもアイリと共に入って行った。
「さあ。初めて」
ミラテルイテが、初めてと言った。
「初めて、じゃなくて始めて、でしょ。」
アイリは笑いながら、初めた。
ミラテルイテはアイリが初めているのを見て自分が変換を間違えていることに初めて気がついた。ミラテルイテも笑った。
「ごめんごめん。始めて」
ミラテルイテが始めてと言ったのだから、ここがミラテルイテが案内してくれていた場所であって、アイリの体が一番集中できる場所であるはずだとアイリは思った。そして、『太初の鯨』にアクセスした。
「ごめん、始めて、と言われたのに、終わっちゃった。」
「いいのよ。私の方こそ、ごめん」
ミラテルイテは謝った。
「始めてなんて言ったのは、始めて、それからあなたの仕事を終わらせてと言いたかったのよ。ごめんね。ついつい文字数が少ない言い方をしてしまったわ。でも通じるとおもつたの。だって始めて、と会話文で言ったら、言われた人が自由に行為を遂行してね、ということだと大抵の99%の人は解釈するもの。自由に行為するということは、行為を終わるのも自由でしょ。だから、終わってもあなたが『ごめん、始めて、と言われたのに、終わっちゃった。』と謝る必要はあまりないのよ。」
「ごめん。1%の人のする解釈の方を選んでしまった。」
「いいのいいの。これも謝る必要ないわ。だって、たとえ99%の人がそう解釈したとしてもやっぱりアイリみたいに1%の人が存在しないわけではないもの。だから、私の方こそ、100%の人が同じ解釈ができる言葉で話せばよかったわ。これも『鯨』の悪戯ね。」
「いいのよ。それより、あなたが『始めて』と言った通り、行為を自由に遂行して、そして自由に終えたわ。」
「ありがとうアイリ。それで結果はどうだった。」
「結果ってどういう意味。」
「結果は、行為を終えた後、その行為をしなかった場合と比べて何か違いがうまれたとき、その違いのことを結果というのだよ。」
「ああ、そうだったのか。」
「アイリ、あなたはたまたま時間的因果のない宇宙にいたこともあるから、少し感覚を戻した方がいいわ。」
「わかった。わかった。結果の意味と、その意味が通用する範囲にある宇宙が分かったところで、そろそろ結果を教えようか。」
「そうして」
アイリは、『太初の鯨』から、おおよそ35の意味のある文字列を述べた。しかしそれは、さっきミラテルイテが「始めて」と言ってから、アイリが「ごめん、始めて、と言われてたのに、終わっちゃった。」と言う間隔に発見した文字列の数の一部に過ぎなかった。だからアイリは、全ての文字列を教えてあげたかったが、この宇宙が閉じてしまうまでに言い終えることができなかった。だから、ミラテルイテがアイリがのぺている間に何か別のことを聞いてきたりしたら、『鯨』から得ることができた文字列を述べることよりも、ミラテルイテが聞きたいことを言ってあげようと思った。だから、アイリが35ぐらいの意味のある文字列を述べることができたのは、ミラテルイテがアイリが意味のある文字列を35から、36の途中ぐらいで、アイリに聞きたいことが心に浮かんできて、それをついに言葉にしてアイリに尋ねたからだ。アイリもその時には、自分が見つけた文字列がこの宇宙に許された時間では、述べることができないことを察していたし、ミラテルイテ自分に何かをお願いするときは、ただそのお願いを愚直にするだけではなく、お願いを一応は受け入れつつ、その後に何か別のことを、そのお願いの結果を使ってスムーズに行うということが多かった。さっきの「始めて」もそのようなお願いだった。だから、アイリは、この宇宙が終わってしまうまで自分が『太初の鯨』で発見した文字列を述べてしまうと、ミラテルイテはそもそも、このお願いの後にさらにまた、何かをすることができなくなってしまうだろうと思った。だから、「そうして」という言葉の解釈をそのように判断したのだ。ミラテイルイテは、宇宙が終わったら、ミラテルイテも終わってしまうだろうから。
「アイリ、それっていつまで続くのさ。」
「宇宙が終わるまで。」
「じゃあ一旦ここでやめて。」
「うん」
アイリは『太初の鯨』の意味のある文字列を述べるのを一旦ここでやめた。
「アイリ、『太初の鯨』の中には、『鯨』について書いてあるものも入っているのね。」
「そうそう。『鯨』について書いてあることについて書いてあることについて書いてあることについて書いてあるのも入ってるよ。『ことについて書いてある』は任意にくりかえせるよ。」
「なるほど。私、『鯨』についてしりたいの。」
「いいよ。」
「『鯨』について書いてあるものだけ選んで教えてくれる。」
「いいよ。」
アイリは、『太初の鯨』にある全てのデータを述べ始めた。
「アイリ、それっていつまで続くのさ。」
「宇宙が終わるまで。」
「じゃあ一旦ここでやめて。」
「いいよ。」
「『鯨』について書いてあるのだけ選んでも、宇宙が終わるまでぐらい長くなるのね。」
「そうだね。宇宙が永遠に続いてない場合はね。」
「じゃあ、『鯨』について書いてあるものを一つだけ、教えて。」
「わかた。」
アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。
アイリは『太初の鯨』から発見した文字列を口述した。
「『鯨』は、戦争の産物とも言える。人間の残した歴史、それは戦争の歴史だからだ。また偉大な芸術、あるいは人の心に残る芸術もまた戦争の産物であることが多い。それを致し方ないこととして認めるのは、平和主義者の私としては、心が痛むことである。人間がそのような愚かな歴史の上に、現在を生きているという事実が、私の心を酷く痛めつけるのだ。
『鯨』は、はじめ、たいていの科学技術がそうであるように、戦争の産物である。『鯨』の概念が知られて早く、『鯨』には強力な兵器の設計図があるのではないかと予想されていた。『鯨』にはどんな情報もあるからだ。しかし、そのような当てのある探し方では『鯨』の無限の情報量に太刀打ちできなかった。もっと的を広くして、この世界の未来の情報ならどうだろうと、研究が進んだ。未来を予測することができれば、軍事的にも経済的にも優位に立つことができる。幸い、人間は今の情報を持っている。『太初の鯨』と、今この世界のデータを参照して比べればその類似度から、未来の情報を割り出すことができる。まずはそのために、巨大な情報収集プロジェクトが始まった。皮肉なことに、『鯨』から情報を得るためには、現実世界の情報が必要になったのだ。
このブロジェクトが進んだ時期を第一次情報革命という。戦争が起こり、やがて、強い勢力をえた国だけが、情報を牛耳った。そのためには、既存のインターネットの技術が下敷きになり、さらに物理センサ、人間が書く文書なども、全て収集された。人間の体には、センサが埋め込まれ、世界のあらゆる場所に遍くセンサが埋め込まれた。
『鯨』から、未来の情報を得ることはできなかった。
研究の結果、『鯨』から、ある条件を満たす情報だけを選び取って取り出すことは不可能であることが示された。それはすなわち、『鯨』が実際に無限の情報を存在させていることの証明であった。」
「面白いのだこれ。」
「そうなの。もっと続けようか。」
「いや、これで十分よ、アイリ。」
ミラテルイテは幸せそうに微笑んだ。
「だって十分でしょう。この世界には、十分と思ってやめるか、それとも無限に続けるかどちらかしかないのだから。どれだけ少なくったって十分だわ。だって、無限に比べたら、多いことも少ないことも、無意味なのだからね。」
「私は、無限に続けるわ。」
アイリは言った。
「それは、この宇宙ではあまり、当たり前のことではないわね。」
ミラテルイテは言った。




