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ゴメンナサイスト 綾重十一  作者: エザキ カズヒト
2. 不可視の花園
9/16

美しいことは強いこと

 広い会場に観客はまばらで、綾重のテーブルの周囲も人がいない。

 丸谷が不機嫌に野菜スティックをかじる。

「十一、どう理解すればいい?」

「射精と受精の関係性?」

「だまれ。「真実の劇場」はくだらない争いが多かったけど、今回は限度を超えてる」

「あえていうと、金持ちの子はバカでもハッピーに暮らせるって教訓が得られたよ」

「知ってる。そんなの知ってる」

「サヤカ先輩って昔のミス真実学園らしいから、美人以外に取り柄がなくて、バカと結婚してハッピーに暮らそうとしたのかな」

「知らない。でも、そういうのも知ってる」

だるそうに丸谷が人参スティックをマコトに差し出す。

「マコ、ビタミンだよ」

 マコトは顔も上げず、それを前方に投げ捨てる。

「この子、国民を怒らせるために生まれてきたのかな」

 マコトの淡い色の髪を指でひっぱる。


「そうだ!」

 舞台上で花咲が名案とばかりに叫ぶ。

「孝道先輩に聞いてみよう」

 スマートフォンを取り出す。

「孝道先輩はIT企業経営のお忙しい身の上ですので」

 狭山が制止する間にメッセージは送信され、即座に返信が来る。

「先輩、超速! なになに、妻は息子をつれて実家にいる」

 花咲が読み上げる。

「妻の両親は孫が大好きだからね。ハートマーク」

 さらにメッセージが届く。

「今夜は合コンだよ。キミもどう? アイドル来るよ。安物の」

 花咲は即座に参加を返信する。

「はい、問題なし!」

 花咲が胸を張る。

「花咲さん、あくまで個人的な見解として申し上げますが―」

 狭山が言葉をつなげる。

「サヤカ先輩は大変にお怒りと思います」


[怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒] [怒]


 コメントも賛同するが、場内は楽しげな笑い声が満ちている。

 並木町は室内で遠くを見ている。


「狭山さんも怒るんだね、こういうとき」

 綾重が感心したようにつぶやく。

「怒らない人類がいたらつれてきて」

「それじゃ、並木町さんの怒りにも火をつけるか」

 綾重は秘密通信用のマイクをもう1つ取り出し、丸谷にわたす。

「怒れる少女に演出してよ」

 丸谷はそれを受けとり、しばしながめてから、指示を送る。


『並木町さん、聞こえる? 聞こえたら、おめめをドングリみたいにするのをやめて、客席中央のテーブルに視線をあわせて』


 並木町は左手で通信装置にふれると、目の焦点をあわせる。


『そう、かわいくなった。おめめが大事。そのまま姿勢を、壁に背中をくっつけてるみたいに、肩の骨を寄せる感じね。両手をおへその前に組んで、足は左をちょっと前に、右足の真ん中を左足のかかとにつけて。狭山さんの真似して』

 丸谷の指示でぎこちないながら並木町の立ち姿が変わる。

『それが美人の立ち方。信じて、自分は狭山さんよりずっときれいって。こっちは見ないでね。信念がゆらぐから。あなたは世界一の美人』


 綾重が邪悪な笑みを浮かべ、小声でつぶやく。

「チビだ地味だってナメてたのにねえ」

丸谷は胸元のマイクを手で覆いながら答える。

「美しいことは、強いこと」

 あらためて舞台に向きなおる。


『美人は声もきれいなの。小さくてかわいいお鼻から息を吐いて、おなかを軽く手で押して、すっと吸う』

 何度か繰り返させる。

『話すときは、お口からパイプがとおってて、それを楽器みたいに鳴らす感じね。今、みんなバカに注目してるから気軽にね。はっ、って息を吐く。はっ、はっ、はっ、力は抜いたままね、さあ、わたしに続いて―』

 

『はい!』

「はい!」


 並木町の口からこれまでになく大きな声が発する。

 花咲や観客の目が並木町へと移動する。


『これでいいのでしょうか?』

「これでいいのでしょうか?」

 そのまま続けて、丸谷の言葉を話させる。


「孝道先輩は気さくな方でも、サヤカ先輩は繊細です。配慮のない発言をするべきではなかったと思います」

 花咲は急に話を向けられ、けげんな顔で返答する。

「そうかな。でも、孝道先輩と赤ちゃんは笑ってたし、これって2対1であり?」

「なしです。赤ちゃんも自分が原因で両親が不仲になったと知れば反対派に回るでしょう」

「自分がママの快楽の結晶と知れば、誇りに思うよ」

「思いません!」

 並木町の声が大きくなる。

「孝道先輩はIT企業の経営者らしく情報公開と共有には関心が強いかもしれませんが、サヤカ先輩は靴箱に隠しておきたいタイプなのでしょう」

「うまいな、ナミちゃん。ナイス・シューズ!」

「冗談ではありません。花咲くん、あなたは女性の名誉を傷つけました。しなくていい話をして、秘めておくべきことを笑い話にしました。サヤカ先輩に誠実にお詫びすべきです。その上で―」

 勢いにのってきた並木町が息を吸い、さらに声を張り、つけくわえる。


「わたしに謝ってください!」


 遠隔操作されていた並木町がはっと我に返り、丸谷を見ると不敵に笑っている。


『バカ夫婦なんて無視。こっちのバカに謝らせて終わりにしましょう』

 丸谷がひらひらと手をふる。


 並木町は上気した顔を不安そうにしながら、美人立ちで、花咲の動きを注視する。


 花咲はぽかんとした顔であたりを見わたす。


「あ、ごめん」


 ぺこりと頭を下げる。


「これでいいですか?」


 並木町でなく、舞台脇の片杉をうかがう。


 「あやまってるー!」と花咲の応援席から笑い声と拍手が響く。

 花咲が仲間ににこやかに手をふる。


『並木町さん、今のでよくなかったらグー、パー』


 並木町は見えないハンドポンプを握ってる人かのように激しく空気をつかみ、スカートをにぎりしめる。


「目的を達成したかな?」

「謝ったつもり、あれ? 笑ったやつら全員、ドブに叩きこむ」

 のんきな綾重に丸谷がかみつく。

「どうするの?」

「あのバカの彼女が群れの中にいるだろうから、それを発見して、厳密に美容的な観点から体中のパーツがいかにブサイクか失神するまで徹底罵倒してやる」

「第三者に報復攻撃って、テロリストの発想だね」

 そこにマコトが報告する。

「コメント増えてるよ」


[ネタなのに] [なんで謝る?] [しらける] [肩の力ぬけよ] [暗い] [つまんない]


 並木町に批判的な言葉が増えていく。

 並木町がちらりとそれを見て、表情を曇らせる。


「お遊びだったのに風向きが変わってきたね」

「P枠なんてパーティーでパイ捨ててパンツ見せてる派手好きなのに、地味子ちゃんが歯向かって来たら許せないでしょ」

「さすが、性格が泥水な女同士、よくおわかり」

「美人と美人気取りはダイヤと石炭くらい違うから。おわかり?」

 綾重はマコトに手早く指示を出す。

「コメント投下。花咲が悪いと並木町が正しいを3秒間隔で」

「ん」

 登録された語彙と組み合わされ、自動的にコメントが流れていく。

 そこに生徒たちから賛成し、反対するコメントが合流して世論をつくっていく。

「花咲優勢かな?」

「全体数が少ないからバカの固定支持層をくずせない」

 校内の有名人や重大事件が「真実の劇場」にかけられるならば野次馬が集まるが、今回は事態の発生から日が浅く、2名しか当事者がいないので、観客の絶対数が少なく、浮動層がいない。

 

 舞台では花咲ワンマンショーがはじまり、特に内容はないが、固定客には絶賛されている。


 丸谷がイライラをぶちまける。

「どうして? ああいう小柄でおとなしい女の子って、男たちが守ってあげたくならない?」

「そういう男の子は、P枠が満載の場には来ずに、ツイッターで彼女との架空デート実況してる最中だよ」

「まあ文化的。十一みたいな魂ドブ男でも助けようとするんだから、男はみんな好きなんだろうけど」

 マコトがタブレットを操作しながら、あざけるように笑う。

「バカ麻里耶、十一が女なんか好きなわけないだろ。きゃははは!」

 丸谷はふんと鼻を鳴らして野菜スティックをかじる。大根。


『はい、並木町さん』

 今度は綾重が呼びかける。


『今が逆転のチャンスです。向こうは無断しています』

 並木町は手をグー、パーする。


 綾重は脈絡もなく切り出す。


『泣いてください』


 驚愕の並木町がドングリの目で綾重を見る。


「十一、なにいってんの」

「彼女自身に話術はないし、有利な情報もないから、もっとも安直に衝撃を与えられるのは涙だよ。スポーツ選手はバカで強欲で語彙力が7歳児な犯罪者予備軍だけど、泣けば、感動をありがとうだよ。場を混乱させよう」

「安直にって、泣けるわけないでしょ。ただの素人よ」

 マコトがつまらなそうに口をはさむ。

「女っていつも泣いてるじゃん。蛇口あるんじゃないの」

「そうそう、17年も女の子やってれば、ウソ泣きくらいねえ」

「あんたたち、どうして海外ニュースで叩かれそうな発想してるわけ?」

「青春とは汗と涙を流すこと。体液を放出すると気持ちいいんだよ、きっと」

「まあね。いい泣きは爽快感がある」

「できなかったら、おなかが痛いってことで逃げるから」

「もう胃が痛いでしょ。どうしていつも事前に作戦を練らないで、思いつきで指示して、偶然に期待してるの?」

「だって、人生ってそういうものだから」

 勝ち誇ったような綾重の額を丸谷が小突いて、ため息をもらす。

「いいんだけどさ、美しくないよ? 素人が本気で泣くと」

 演劇部員が首をふる。


『並木町さん、心の準備はよろしいですか?』

 綾重の問いかけに、涙を期待されている並木町が小刻みに首をふる。

『聞いてください。今回、並木町さんはまったく悪くないわけです。街を歩いていたら野良犬に噛まれて、さらに毒サソリに刺されたみたいな純然たる被害者です』

 並木町が高速でグー、パーする。

『そもそも「真実の子」とか変な企画を考える学校が間違ってます。こんなの喜ぶ人はスーパーレアです。確率も操作されてます』

 グー、パーが激しく、他方の手で持つ紙がゆれる。

『手をおなかの前で組んで楽にしてください。ぼくは正しい者が心やすらかに暮らせる社会をめざしています』

 毒舌界の邪鬼が汚れた舌で可憐な少女に告げる。

『このうす汚れた学校をあなたの美しい涙で洗いたいのです』

 丸谷が嫌悪のこもった目で綾重をにらむ。

『見てください。花咲蓮汰、舞台下のその仲間たち。ソドムとゴモラ。淫乱と退廃。ラピュタとムスカ。ぶよぶよした白っぽいなにかにむしゃぶりついた両親はブタのようななにかになります』

 綾重は抑揚を押さえ、なめらかに語る。

『嘆かわしいですね。ダンスでパンツでグー、チョキ、パー。失礼。並木町さんのような可憐な女性の耳にパーとか股間とか。ぼくも転げて、耳が!耳が!です』

 綾重が身を乗り出す。

『舞台前方に中央を示す印があります。そこを見て、まばたきをとめて。となりのバカの独演会は気にせず。そう、照明が当たって、瞳が輝いてきました。闇の中の宝石のように。ぼくの視線が銃弾だったら、そのおさげ髪を撃ち落としたい』

丸谷が野菜スティックで綾重の頬をぺちぺちと叩く。

『その視界の外側にP枠がいます。南米の変な鳥みたいに派手さを競う連中です。光る金属を集めて、明け方に奇声を発するのでしょう。もしそんなのと街を歩いているのをうっかりお母さんに見られたら、我が息子はセクシーとヤリマンの区別もつかないのかと学資保険も解約です』

 綾重が野菜スティックを奪って、丸谷の口にねじこみながら、おだやかに語りかける。

『並木町さんのように、清楚で真面目で、小柄でおとなしくて守ってあげたくなる感じで、おさげの左右が神経質でない程度にそろっている女の子だったら、もし一緒に街を歩けたら、この汚染された街角も色彩を取りもどすでしょう』

 綾重は丸谷の顔に手をかけ、頬から鼻にかけて円を描いて、いじりまわす。

『悲しいけれど、地上に争いはたえません。謙虚は美徳ですが、並木町さん、もう世界は待てないのです。信じましょう。そのやさしい心と愛らしい姿が、すべてを実現します。今あるものを、少しだけ世界に与えましょう』

 綾重は丸谷の顔を餅のようにこねくりまわしながら、自信に満ちた口調で伝える。


『あなたの美しさが強さに変わる』


 並木町は首から上を耳も頬も額も赤くしながら、浅く腹式呼吸する。ゆるやかに開かれた目は床に書かれた印に向けられ、下まぶたの輪郭が照明を反射して光る。


『1回だけまばたきして、静かに前に進みましょう』

 並木町はややゆっくりとまばたきし、左足を前に踏み出す。


『涙を』


 並木町が上体を動かすと、持っていた紙が手から離れる。

 あっ、と小声を上げ、下を向いた拍子に何度かまばたきしてしまう。

 紙は足元でくるりと回って後方に落ちる。

 並木町は客席に背を向け、しゃがんでそれを拾う。

 花咲、狭山、観客たちがそれに気づく。


『そのまま! 少し待って!』


 綾重は丸谷の顔をいじるのも忘れ、指示する。

 小さくなった後ろ姿は数秒で立ち上がり、ふりかえる。

 しゃべるはずの台本で顔を隠すように覆っている。

 左手でそれを下ろすと、右の目が光る。

 白い肌を朱に染め、決然と意思をこめたように開いた目はうるおいにあふれて、強い照明にきらめく。

 わずかに首をかしげた方向へ、右の目尻から、ひとすじの涙が流れる。

 なめらかな頬にそって雨粒のように落ちて、あごの先で消え入る。


「すみません」


 細いがはっきりした声でつぶやき、右の口元をかすかにふるわせる。

 花咲が動けず、ただそれを見つめる。

 水を打ったように会場が静まる。


 無言で感心する綾重のとなりで丸谷が目をかっと見開く。

「まさか、そんな、あの子が禁断の技を使うなんて・・・・・・」

「なに? あの涙はなんかの技術なの?」

 丸谷が天井をあおいで、息を吐き出す。


「鼻毛抜き」


「は?」

「衆人環視の中、紙で隠しながら右手で右鼻から抜いてた。早業」

「尊敬する人物の欄に彼女の名前を書くよ」

「並木町あまね、おそろしい子・・・・・・」

 丸谷は舞台上の並木町を見上げる。

 綾重が動く。

「マコト、連打! 罪悪感あおれ」


[かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [いじめるな] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [いじめるな] [かわいそう] [いじめるな] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [いじめるな] [かわいそう] [いじめるな] [いじめるな] [かわいそう] [いじめるな]


「ん。乗ってきてる。バカ派も割れた。あ、反撃も来る」


[反則] [泣けばいいの?] [7歳児] [反則] [女の武器] [反則] [かわいくない]


 丸谷が状況を読み解く。

「美しすぎた。今すぐ終われば勝てるけど、長びくと泥水女の嫉妬が増える」

「面倒くさいな。でも、もう時間だ」


 舞台上の狭山が時計を見て、終了を宣言しようとする。

 

「なぁんたることか!!」


 抑揚が独特な声が高らかに響きわたる。

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