Pの喜劇
「諸君、「真実の劇場」へようこそ」
学園のカリスマである生徒会長・片杉慎一郎が堂々とした声を響かせると、生徒たちから拍手が起こる。
「対立はつねに不幸ではない」
舞台の中央で朗々と語る。
「意見の衝突を私的な問題とせず、あえて多くの人と共有し、発展的な解決を求めることが、この「真実の劇場」の主たる目的である」
強い照明で片杉の眼鏡が光る。
「本日は同じ学級の生徒2名の討議を行う。諸君の闊達な意見の提示に期待する」
[慎さま!] [楽しみ] [抱いて!][パーティタイム!] [わくわく]
舞台奥の大型モニターに客席の生徒たちからのコメントが流れる。
片杉が右手を掲げる。
「赤、並木町あまね」
次に左を示す。
「青、花咲蓮汰」
問題の当事者である同級生2名が舞台上に現れる。
「この2名が討議を尽くし、最後に諸君が投票する。その結果に基づき、私が裁定を行うものとする」
司会者の紹介をしようと伸ばした片杉の手を花咲がつかんで握手する。
「会長! 光栄です。ぜひお話ししたいと思ってました!」
花咲が満面の笑みで握手した腕をふる。
「蓮汰すごーい!」
客席最前列に設けられた関係者席の花咲側から声が上がる。
狭山祥子が平然と通過し、握手を分断する。
「司会進行、風紀委員長・狭山祥子」
狭山の眼鏡が光る。
「祥子ちゃーん! こっち向いて!」
またも花咲側の席から歓声が上がる。
「「真実の劇場」、これより開始いたします」
討議が開始する。
舞台中央に司会者の狭山祥子が立ち、その向かって左側に赤・花咲蓮汰、右に並木町あまねが並ぶ。
客席の右の隅には、綾重十一たちがテーブルを構えている。
そこを拠点に「真実の劇場」を視聴し、不適切な手段で介入する。
「並木町さん、小さいな」
狭山と花咲はほぼ同じ身長で、並木町はその肩ほどまでしかない。
綾重は首元のマイクにスイッチを入れ、音声を送る。
『ぼくの声が聞こえたら、右手をグー、パーしてください』
並木町がその反応をする。耳の後ろに取りつけられた骨伝導式の音声伝達装置で他者に知られずに 綾重の言葉を受信することができる。
『もういいです。グー、パー終了です。チョキでもいいよ。はい、冗談です』
小柄でおさげ髪で、頬が青白い並木町は闇雲な手の動作をとめる。
「明るくてツヤのあるメイクをしたけど、目元だけ赤くてお顔が蒼白でカマボコみたい」
演出担当の丸谷麻里耶が不満げにぼやく。
「ぼくが同情を買うか、果敢に戦うかって聞いたら、戦いたくないけど同情されるのもイヤ、だものね。ただかわいくなっちゃった」
「デパートの化粧品売り場のおねえさんにリクエストしてほしいわ。7階の100円ショップに行けっていわれそうだけど」
「今日の麻里耶、典型的な意地悪な美人だね」
「美人業界は厳しいの。性格がキツくないと生き残れないから」
丸谷は美しい眉をやや曲げながら、舞台を見上げる。
強い照明の下、花咲は並木町の緊張に気づく。
「はーい、リラーックスして、ぼくはこわくないからね。並木町ちゃーん、長いね、ナミちゃん。友達は海賊? ゴムっぽい?」
自分の発言に愉快そうに笑うと、客席からもキャーという歓声が起こる。
「花咲さん、不規則発言は慎んでください」
「怒られちゃったー!」
花咲は自身の応援席に向けておどけて叫ぶと、手を叩きながらの笑い声が返る。一群の生徒たちは女子のほうが多い。
[蓮汰最高] [ウケる!] [楽しい] [笑] [蓮汰蓮汰蓮汰] [パーティ!] [笑] [笑]
舞台奥の大型モニターには花咲を応援するメッセージであふれ、赤いボールが飛ぶ。
「ぬるいな。なんでも笑う。脳に埋め込まれた小さなカプセルからコカインが溶け出してるのかな」
「あの花咲って、P枠?」
「もちろん。親の代から真実学園。応援席で脳からヨダレを出してる連中もそうだろうね」
「P枠の推薦組は本当にゴミ箱」
「麻里耶のパパも卒業生でしょ?」
「芸術科は推薦枠ないから。ちゃんと学力と才能と美貌が認められて入学してるから」
「今日の麻里耶は素敵だね。おばあちゃんのカボチャとニシンのパイをドブに捨てそう」
「いつも素敵なの。カボチャと魚は別々にしてね」
綾重は情報担当のマコトに問う。
「状況は?」
「ん。コメントもボールもほとんど全部バカへの応援。女へはほぼゼロ」
情報担当の椋木マコトがタブレット端末をいじりながら、つまらなそうに返答する。
客席では前方の花咲側に人が集まり、それ以外は閑散としている。
「それでは、並木町さん、状況のご説明をお願いします」
並木町はふるえる手で紙を取り出し読み上げる。
「はい、先日の日曜のことです。わたしたちは「真実の子」の訪問に行きました」
「「真実の子」とは、真実学園の卒業生同士が結婚し、お子さんがお生まれになった際に在校生がお祝いにいくイベントですね」
狭山が補足する。
「はい、その高塔先輩ご夫妻は在校中、2年2組で知り合ったそうなので、現在の同じクラスからお祝いにうかがうよう学校から指示がありましたが、希望者がないので、抽選でわたしと花咲くんが選ばれました」
「行きたくなーい!」と客席から声が上がる。コメントにも不評の言葉が並ぶ。
「高塔先輩のご自宅に行き、お二人と生後1ヶ月の赤ちゃんと対面しました。理事長先生からのお手紙と理事長先生の顔写真入りのお誕生記念パネルをおわたししました」
並木町は紙を凝視し、ふるえる声で読み続ける。
「そこからご夫妻との雑談になり、おもに旦那様の孝道先輩から出会ったきっかけ、初デート、校内で花火をしたら第二校舎を半分燃やしたことなど、長めのお話をうかがいました」
「念のため補足ですが、人的な被害はなく、高塔孝道先輩のご両親の寄付により、校舎が再建され、バリアフリー化が促進されたことを申しそえます」
狭山が補足し、並木町に次をうながす。
「はい。おもに花咲くんが愉快な話をして、ご夫妻もとてもお喜びになりました。奥様のサヤカ先輩が出産は大変だったが、元気な男の子が生まれてよかったとお話になると、花咲くんが、女性が、あの、女性が・・・・・・」
並木町の言葉がつまると、狭山が支援する。
「代読します。女性が快感で絶頂キモチイーってときに出すと男の子ができるって本当ですか、と質問しました」
平板に読み上げ、紙をもどす。
[最高!] [蓮汰!!] [エクスタシー!!] [蓮汰イってる] [勇者] [蓮汰] [蓮汰] [絶頂]
笑い声とあわせて、コメントで花咲の発言が絶賛される。
狭山が確認する。
「花咲さん、こちらは科学的な見識にもとづいての質問でしょうか?」
「いえいえ! 俗に、俗にそういうんですよ。どっちが先かで男女が決まるとか。ナミちゃん、知ってたでしょ?」
「知りません」
軽薄をきわめた花咲に対して、顔を真っ赤にした並木町がはじめて台本以外の言葉を発する。
「でも、孝道先輩、大喜びだったでしょ? でしょ?」
「いかがですか、並木町さん」
「・・・・・・はい」
並木町が苦渋の言葉をしぼりだすと、花咲が軽快に話す。
「そうなんだよ、俺は奉仕するタイプだからって、孝道先輩はムードづくりから、手のにぎり方、いろいろな角度とか、言葉の選び方とか、角度とか、ご満悦で、この話を撮影して教材で使ってよって笑ってました」
「いかがですか、並木町さん」
「・・・・・・はい」
「挨拶だけのつもりが夕食も食べて、キミたちも泊まっていけよ、でかい風呂もあるぞって」
「・・・・・・はい。わたしが、どうしても猫にごはんをあげなくてはいけないのでと辞退しました」
「それでそれで、帰りぎわにサヤカ先輩も、いつでもいらしてねって笑顔でした」
「いえ、ちょっとお話いいかしらと袖をひっぱられ、玄関脇の靴置き場、わたしの家の半分くらい大きいんですが、そこの中でサヤカ先輩は、おっしゃいました」
また言葉につまり、狭山が支援する。
「代読します。あのガキをわたしの前につれてきて土下座させなさい。このチビ娘、下を向いてだまってれば許されると思わないで。あんたも同罪だから」
狭山が平板に読み上げる。
「知―らなかった! ひゃほほほ!!」
花咲が爆笑し、応援席も爆笑する。
「その後、ぼくは孝道先輩の車でドライブに行ったけど、ナミちゃん、どうしたの? 土下座してたの? ひゃっはー!」
「記憶がありません。タクシーを呼んでいただいて帰宅したようですが、猫に手をかじられたところで我に返りました」
[ねこ活躍] [猫] [どんな猫?] [猫] [ささみ食べる?] [猫] [ねこ様] [おキャット]
顔面蒼白の並木町の背後では、猫関連コメントで盛り上がる。
「それでは、並木町さん、あなたは本件をどのように考え、どうすべきとお思いですか?」
「いったい、わたしはどうすればいいのでしょう?」
小柄な並木町は呆然と狭山を見上げる。