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ゴメンナサイスト 綾重十一  作者: エザキ カズヒト
2. 不可視の花園
7/16

演劇とイチゴ

 数学の授業では数学を学ぶ。

 綾重(あやしげ)十一(じゅういち)は机に数学の教科書を広げ、数学教師の話を聞いている。

 となりの席の椋木(むくのき)マコトは真剣な顔でタブレット型の端末に向かう。

「97、103、113、139、167・・・・・・」

 ぶつぶつとつぶやきながら、数学パズルゲームの枡目を埋めていく。

「821、857、ここで2つだ。2つ」

 愉快そうに口元で笑って、立ち上がる。

「1523、1667、1847、2003・・・・・・」

 画面を見つめながら歩き、綾重の後ろを通過する。

 そのとなりの並木町(なみきまち)あまねの背後にさしかかると、彼女は、ひっ、と小さな悲鳴を発して上体だけ逃げる。

「8、16、32、66、134・・・・・・」

 マコトは快調にパズルを解きつつ、教室から出ていく。


「この部分は間違えやすいので注意してください」

 数学教師は数学の授業に専念している。

 授業は整然と進行し、やがてチャイムが鳴る。


 昼休みになり、生徒が席を立ち、動きはじめる。

「十一、マコは? また消えたの?」

 丸谷(まるや)麻里耶(まりや)が入室し、綾重に話しかける。

 あっ、と並木町が声を上げる。


「綾重くん、すごいじゃーん。演劇部の美人さんが来たよぉ」

 離れた席の花咲(はなさき)蓮汰(れんた)がことさらに大声で問いかける。

 綾重は無言で立ち、丸谷と目も合わせず、教室を出る。

「ノーリアクショーン? つまんなーい」

 花咲がおどけると、周囲から笑いが起きる。


 昼休みの生徒は教室から食堂へ、校庭へと移動する。

 その流れを外れると人が少なくなる。

 廊下を行く綾重に丸谷が追いつく。

「麻里耶はマコトの幼なじみで世話係、ぼくも同様。で、ぼくと麻里耶は特に関係ない。という設定」

「知ってるけど」

「ぼくは目立つのが好きじゃない」

「どうして? 美人が来ると目立っちゃう?」

「冗談も好きじゃない」

 丸谷は折りたためそうなくらい顔をしかめる。

「よせよ、美人が台なしだぜ」

 丸谷が綾重の足を払うと、無抵抗に転倒する。

「よせよ、暴力的なヒロインはもう流行らない」

「そんな現代的なヒロインが登場する演劇には出ない」

 綾重は廊下にごろりと寝ころぶ。

「気が強いのに、パンツはかわいいね」

「その角度だと見えない。実際かわいいけど」

「見せてあげようか、って続けないとキミの演劇は売れないよ」

「それで売れるなら楽でいいかも」

 丸谷は歩を進めて、膝を抱えてしゃがみ、顔を綾重につきあわせる。

「プレゼント」

 ポケットから紙片を取り出し、綾重の頬に押しつける。

「次の演劇部公演。いい席だよ」

「校内で大人気で高値で転売できるやつ?」

 綾重がチケットを指でつまむ。

「来なさい」

 訓練された所作ですっと立ち上がり、スカートをひるがえして、来た方向へもどる。

 それを見送ると、綾重は右胸部を押さえてうずくまる。

 受け身もとれずに倒れて、体を廊下に強打していた。


 * * *


 真実学園高校は普通科、体育科、芸術科で構成される。

 各々が名門だが、学級編成も異なり、交流は少ない。

 体育科が活躍するのは校外の試合だが、芸術科は校内でも発表会や展示会を実施し、とりわけ演劇公演が花形となっている。

 演劇部には普通科の生徒も入部可能だが、幼児期から訓練を積んでいる芸術科の精鋭を押しのけて舞台に上がることはほぼない。


 「真実の劇場」が開催される施設は、本来は演劇場であり、芸術科および芸術系部活動の生徒たちの発表の場として使用される。

 演劇部の公演には公開の範囲が複数あるが、この土曜は在校生と卒業生に向けた演目が行われる。

 整然と並べられた椅子が埋まり、観客の期待が高まって、客席の照明が弱められたころあいに、綾重十一はするりと中に入りこむ。

 音楽が流れ、来場への感謝のアナウンスに続き、幕が上がる。

 高校演劇では最上級の舞台装置、照明、音響が整った舞台に華やかな衣装をまとった役者が登場し動きだすのを綾重はほんやりとながめる。

 主役級の生徒は学園内のスターであり、その動作のたびにため息がもれる。

 現代でなく日本でない場所で、起伏のとぼしい筋書を抑揚の強い台詞回しをしながら、演劇が進行する。

 貴族の屋敷らしきところから場面が転換して市場らしき場所になる。

 主人公たちがそこに通りかかると、売り子たちが声をかけるが、その中に丸谷麻里耶らしき人物が含まれる。

 長い金髪のカツラと、目鼻立ちを強調したメイクと、緊張でこわばった表情が、綾重の知る丸谷と一致しない。


「果物は、いかがですか」


 やや平板なセリフは、主人公の世を嘆く口上にかき消される。

 また新たな人物が登場し、物語は展開し、綾重はちょっと失礼と断りながら座席を離れ、場外へ出る。


 劇場の脇に回り、そこにある自販機に硬貨を投入する。100円、10円、もう1つギザギザのついた10円を投入し、イチゴ牛乳のボタンを押す。

 パックにストローをさして、甘い液体を吸う。


「イチゴのパンツって、実在するのかな」


 だらしなくつぶやく。

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