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ゴメンナサイスト 綾重十一  作者: エザキ カズヒト
1. 愚人は語り、賢人は歌い、凡人は笑う
5/16

屁理屈界のダークヒーロー

 会場から緊張感が抜けていく。

 舞台上で狭山が片杉に目で合図を送り、討議の終了を告げようする。

その弛緩した空気を引き裂く。


『待ってください!』

「待ってください!」


 あせった顔の矢本が綾重と同期しながら語る。


「まだお伝えしなくてはいけないことがあります」


「わずかな時間でよろしければ」

 狭山が事務的に返答する。


「返田くん、すみませんでした!」

 矢本が体を折り曲げ、深々と頭を下げる。

「失礼なことをいいました。すみませんでした」

 最前列の野球部員たちから「頭を上げて」、「やめて」と声が飛ぶ。

「いいよ。ぼくは個人的な謝罪を求めたんじゃない。適切な裁定があればいい」

 返田は軽く受け流し、片杉に目を向け、終了の合図を待つ。

 天井を見上げた矢本の顔から汗が流れ落ちる。


『矢本さん、これはもう絶体絶命ですね』

 綾重があくまでも軽い口調で秘密通信を送る。


『返田さんの噂はこっそり隠し味でよかったのに、こってり特濃にされちゃうと。悲しいですね。ぼくの気持ちがとどかなくて』

 矢本が奥歯を噛みしめているのが綾重からも見てとれる。

『会長は女性の前でいい顔しますから、ああいうのNGですよ。活動停止命令でますよ』

 矢本の顔がゆがむ。

 3秒ほど間を開け、綾重がささやく。


『謝っちゃいましょうか』


 矢本は即座に返田に向けて頭を下げる。

『そうじゃないですね。そうじゃない』

 屁理屈界のダークヒーローが諭すように言葉をつなげる。

『野球部いいですね。一番人気で新聞屋も友達。でかい顔もしますよ。男はびびって、女は火照って、全方位無敵ですよ。大きい夢を見せてくれる限り。関西のほうの古い球場、お盆の時期に坊主頭で修行僧っぽい感じで』

 綾重は「坊主頭」の部分で手近な丸谷の頭に手をおく。

『活動停止だと、坊主丸損ですよ。全校全がっかり。矢本さんはもう3年だから、燃えずにゴミ。頭も悪い素行も悪い。有害ゴミ。どこの大学も企業も拾ってくれませんよ。半端に残ったスプレー缶。性格にトゲあるし、眉毛とがってるし』

 綾重は丸谷の脳天をなでまわす。

『返田さんは会長に匹敵する成績ですから、どこでも行けます。性格は独特ですけど、能力が高く、人望厚く、バハリンくれるって、人類最高峰、カンチェンジュンガですよ。想像してください。10年後か17年後に再会したら、挨拶も早々に、こうします。返田くん、仕事紹介してくれないかな。鼻声で』

 じょじょに自分の言葉にたかぶり、丸谷の頭をぐるぐると回す。

『昔ナメてた同級生に頭を下げるなんてねえ』

 丸谷の耳元でうなる。

『そのころには消費税も48.2%。口癖は、出てれば俺が優勝だ。安い居酒屋でマヨネーズなめてた女に手を出したらすぐ妊娠しちゃって、スイートホームは畳2枚半。疲れて帰ってメシはって聞いたら、冷凍ピラフを投げてよこす。腹に巻いて体温解凍。息子がうつろな目で人さし指をなめながら、パパ、女子アナの味? って、元エース、これは幸せですかね?』

 全力で抵抗する丸谷の頭を存分にこねまわし、髪が指にからむ。

 矢本は舞台のへりを見つめながら、小刻みにふるえている。


 綾重は急に火が消えたように声をひそめる。

『決断は一瞬。後悔は一生』

最初はゆっくりと、そこからスピードを上げる。

『今は今できること。今から7秒後の行動で今後70年が決定されます。悩まない、迷わない、ためらわない、はい、あと2秒』

 最後に一言つけくわえる。


『男らしく』


「すみませんでした!!」


 大声を張り上げて、その場で膝を折り、上体を屈して、額を床につける。

 土下座。

 矢本が返田に土下座している。


 綾重が謝罪の言葉を先導する。

『調子に乗っていました。許してください』 

「調子に乗っていました。許してください」


『腰を浮かせないで。肩をいからせる感じで、背中が折れてるのを強調して』


 返田は苦りきった顔で立ちつくす。汗が流れる。


「矢本、立て」

 片杉が冷静に指示する。


『会長がせっかくの機会を与えてくださったのに、もうしわけありません』

「会長がせっかくの機会を与えてくださったのに、もうしわけありません」


『はい、そのままの姿勢で90度回転して客席に向いて』

 指示どおりに生徒たちに脳天を向ける。


『すべては自分の責任です。野球部は悪くありません。俺だけ罰を与えてください』

「すべては自分の責任です。野球部は悪くありません。俺だけ罰を与えてください」


『みなさんに顔向けできません。このまま投票をお願いします』

「みなさんに顔向けできません。このまま投票をお願いします」


 綾重がしゃべりながら手を回すと、マコトがコメントを連投する。


[かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう] [かわいそう]


 会場の生徒たちは気まずそうに顔を見あわせるだけで、コメントが高速で流れていく。

 

 片杉が会場を見わたし、宣言する。

「討議は終了。これより投票にうつる」


 投票における重要事項を念押しする。

「各人が1票を持つ。ここでのやりとりを経て、いずれに共感したか、いずれを好ましく思うか。熟慮は不要である。その直感のままに、投票開始!」


「マコト、投票には介入するな」

「ん」


『絶対に頭を上げるな』


 モニターでは赤と青のボールが点滅しながら集合し渦巻きをつくって回転する。

 綾重が2色の洪水を凝視する。

「混乱しろ、楽しめ、一体となれ、絆、連帯、共感、責任なく、自分は悪くない、後悔したくない、集団にとけて埋没し、カタマリとなれ」

 丸谷の後頭部を鷲づかみしながら、呪文のように唱える。


「投票終了」

 全員の目が片杉の背後にあるモニターに集中する。

「結果発表」

 画面が切り替わる。

「青32対赤78。民意は矢本雄太を選択した」


 歓声もなく拍手もない。一般の生徒は沈黙し、野球部員はつめていた息を吐く。


「この結果を尊重しつつ、校則第二条三項の定めにより、生徒会長権限をもって、本件への裁定を行う」

 片杉は返田の顔と矢本の後頭部を見る。

「返田存大ならびに地図歌唱クラブは従来どおり施設の使用権を得る。野球部員の負傷は事故として処理する。一連の争議の原因は野球部にあると判断し、総員、校内奉仕活動2週間とする。その間および以降の活動については制限を設けない。以上」

 片杉の言葉が終わると、矢本が立ち上がり、両腕を突き上げる。

 野球部員の一人が感きわまったように「矢本さん、やってくれたよ」としぼりだす。


「返田、よろしいか」

「ああ、そうだね。片杉くん、ありがとう。いい勉強になったよ」

 返田が頭をかく。

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