「真実の劇場」
「諸君、「真実の劇場」へようこそ」
生徒会長・片杉慎一郎が堂々とした声を響かせる。
背中に鉄骨を入れたようにまっすぐ伸びた長身の男が、眼鏡の奥の鋭い目で会場を見わたすと、生徒たちから激しい拍手が起こる。
長い手を挙げると一瞬で静まる。
「我らが真実学園高校の誇る、生徒の生徒による生徒のための催しである」
演劇用の施設は舞台を要に扇状に客席が広がっている。その舞台の中心に片杉が立つ。
「自由を通じ、真実に至る」
両腕を左右に広げる。
「我らの学園生活には時として問題が発生する。それらすべてを自由な話し合いと意思の表示で解決する試みである」
片杉が生徒たちに呼びかける。
「諸君の手元のスマートフォンの準備はよいか?」
生徒たちが自分の機器を掲げてみせる。
「まず、赤を押してくれたまえ」
片杉の声で生徒たちが操作すると、その結果が舞台奥の大型モニターに反映される。画面には入力された数だけ、赤いボールが投げ込まれる。
「これが赤への応援の声である。次に青」
無数の青いボールが画面の中に踊る。
「さらに、声を聞かせてくれたまえ」
生徒たちの入力した文字が画面に流れる。
[会長!] [慎さま!] [お楽しみ] [会長!!] [今日も巨大] [最高] [大将軍!] [好き好き]
雑多なコメントが画面を埋めつくす。
「これより2名が登場し、たがいの意見を交換する。諸君は感じたこと、気づいたことを率直にコメントし、応援のボールを投げてほしい。感性を信じ、共感を育てよう」
片杉が右手を掲げる。
「赤、矢本雄太」
片杉はその長身から野球部のエースにして部長を見おろす。
次に左を示す。
「青、返田存大」
紛争の当事者2名が舞台上に現れる。
「この2名が討議を尽くし、最後に諸君が投票する。その結果に基づき、私が裁定を行うものとする」
生徒の歓声が高まる。
「司会進行、風紀委員長・狭山祥子」
片杉の声に応じて、女子生徒が進み出る。
すらりとした長身に、腰まである長い髪を束ね、眼鏡をかけた少女が舞台中央に立つ。
片杉が狭山にだけ聞こえるよう小声で耳打ちする。
「今日はいささか難題だが、君ならば乗り切れるだろう」
「務めます」
狭山が片杉を見上げる。
二人のやりとりを見て、生徒たちから冷やかすような声が上がり、コメントが画面に流れる。
「声援は進行をさまたげない程度にしてくれたまえ」
片杉が舞台の脇に下がり、狭山が宣言する。
「「真実の劇場」、これより開始いたします」
昼休みの時間を利用して、「真実の劇場」は開催される。
参加は生徒の自由意思にまかされる。
広い客席に固定の座席はなく、適当な間隔で置かれたテーブルに各自が椅子を持ち寄り、座る。友達や部活ごとのグループが形成される。
食事は弁当やパンを持参する者も、学食から持ち込む者もあり、また料理研究部の生徒が自作の料理をのせたカートを会場内で巡回させている。
争いを目の前に饗宴が展開される。
「ほら、マコちゃん、食べる? 食べる?」
料理研究部の女子生徒がトングにはさんだホットドッグをおそるおそる椋木マコトに差し出す。
マコトはじろりとにらむと乱暴にそれを奪いとり、バナナの皮のようにパンと野菜を捨てて肉だけ口に放りこむ。
女子生徒は悲鳴を上げて退散する。
「こういう猛獣いたよね。オーストラリアあたりに」
「タスマニアデビル。小さくてかわいいけど獰猛なの」
「おかげでよけいな連中が近寄らない」
広い会場で綾重十一たちのテーブルは中央列の端に離れてあり、注目を集めない。
マコトはタブレット型のパソコンを凝視し操作しようとするが、さきほどのソーセージに付着していたケチャップで画面に赤い線が走るばかりでいらだっている。
「おてて、きれいにしようね」
丸谷麻里耶がティッシュでマコトの手、端末、口のケチャップをぬぐう。
「本当にマコトは天才な以外はヘドロ以下だね。準備はどう?」
「こんな学校のシステムなんてチアガールの股よりガバガバだよ」
「マコ、悪い言葉はおぼえなくていいからね」
丸谷の嫌悪の視線を無視して、綾重は舞台に目を向ける。
「はじまるよ。ゴミクズのパーティーが」
舞台上の狭山祥子がよくとおる声で生徒たちに語りかける。
「校内に設置された「真実のポスト」に青の返田存大さんから投稿があったことを受けて、今回の「真実の劇場」が開催されました。野球部と返田さんの同好会の間で発生した問題についてお話をうかがいます」
狭山が左手側にいる返田を見る。
「まず、返田さん。ご存じない生徒も多いので、あなたが主宰する地図歌唱クラブについてご説明をお願いします」
「はい」
くしゃくしゃの髪の生えた頭を右側に傾けながら、返田が甲高い声を発する。
「部員一同で地図を見まして、鉄道やバスを乗り継いだ気分でたどりついた町の風情を想像し、それを歌にしてみんなで歌います。そのような活動です」
「その活動の目的、意義などをご説明ください」
「はい。部員に一体感が生まれ、とても幸福な気分になります」
返田が晴れやかな笑顔で答えると、場内からくすくすと笑い声が起こる。
[ホンモノ] [ヘンダーソン先輩] [踏み越えてる] [異次元] [祥子様不憫] [希少生物]
舞台奥の大型モニターに生徒の入力したコメントが流れていく。応援の意図が込められた青いボールもいくつか投じられる。
「幸福の追求という理解でよろしいでしょうか?」
「はい。よろしければ最近の名曲である群馬県館林市の鶴生田川に題材を得た鯉のぼりのワルツをご披露します」
「またの機会にお願いします」
妙に愛想のいい返田を狭山が淡々と受け流す。
[祥子たん超クール] [問いつめられたい] [処罰されたい] [髪長い][眼鏡界の姫君]
討議と無関係なコメントもすべて画面に表示される。
「この地図歌唱クラブに対して、野球部からある提案があったとのことですが」
「提案ではありません。あれは強奪です」
返田の表情が曇る。
「この件について、赤・矢本雄太さん、ご説明をお願いします」
右手側の矢本にうながすと、会場から声援が飛ぶ。
客席の最前列は関係者用に確保された空間となっており、矢本側には野球部員が大挙し、声をそろえて、矢本、矢本、矢本と叫ぶ。
返田側には5名ほどが所在なげにしている。
『矢本さん、ぼくの声が聞こえたらネクタイをさわってください』
会場の隅から綾重が呼びかける。音声はマイクを通じて送信され、矢本の耳の後ろに取りつけられた骨伝導デバイスが頭部の骨を振動させることで、他者に察知されることなく連絡することができる。
矢本は緊張の面持ちでネクタイにふれる。
『矢本さん、しばらくいい具合にしゃべってみてください』
綾重が雑な指示を送る。
狭山が催促する。
「矢本さん、いかがでしょうか?」
「協力を求めただけです」
「もう少し具体的にお願いします」
「野球部の活動に協力を求めました」
丸谷があきれ顔で息を吐く。
「バカなの? 野球マン」
「頭が軽いと機敏に動けるんだよ。返田さんは頭が重すぎて、なんか傾いてるし」
「こんなやつ、応援する気にもならない。勝てるわけないし」
「簡単なゲームは退屈だろ。マコト、赤玉20発」
「ん」
マコトがタブレットに指をすべらせると、舞台上の大型モニターに矢本を応援する赤いボールが20個流れる。本来ならば各ユーザーの操作には制限がかけられているが、マコトはボールとコメントを正規の手段ではなく自在に操作できる。
それに誘われたように、いくつかの赤いボールが飛ぶ。
「ぼくから説明しましょう」
返田が挙手する。
「野球部は人数が増えて機材の管理場所が不足したことを理由に、ぼくたちの部室を奪ったのです」
「あそこは空き部屋だ。返田たちが勝手に使っていただけだ」
「生徒は自主的な活動のために学校の施設を自由に使う権利がある」
「学校から正式に認められた活動じゃないだろう」
矢本が持ち前の強気さを取りもどしてきたが、返田は一歩も引かず応戦する。
「お二人の主張については、校則の規定により、返田さんの施設使用権が優先されます」
「やった!」、「リーダー!」と返田側の仲間から小さな歓声が起こる。
それを打ち消すように野球部員たちが声援を送る。
『矢本さん、劣勢ですね。ワールドカップ開催中のプロ野球みたいに。ワールドベースボールクラシックの日本代表みたいに一人だけ場違いな本気を見せてください』
綾重のあおりを受けて、矢本が語りだす。
「使用権があったとしても、立ち退きの交渉中に野球部員がそちらの、地図クラブだかから暴行を受けました。暴行です」
矢本が返田を指さす。