光の道
光があふれ、影もない。
白く細い通路が延びている。白い床、白い壁は歪みなく、汚れなく、音もない。
ただそこに靴音が低く響く。
不規則なリズムの音が遅くなり、やがてとまる。
背の高い少年が日焼けした顔を上げると、高い天井は全面が光を発している。
にぎった右手で軽く壁を叩いて、ため息を吐く。
「おこまりのようですね、矢本雄太さん」
突然の背後からの声にふりかえると3人の生徒が立っている。
先頭の少年がうす笑いをうかべている。
「だれだ! ここは関係者以外立入禁止だ!」
「関係者になろうかな、って思うんです」
矢本はにやつく少年を突くように指さしながら声を荒げる。
「だれだ! 生徒会か?」
「違いますよ。こう名乗ってます」
スマートフォンを取り出し、その画面を示す。
軽く振ると、黒い画面にまばゆい虹が横切り、その七色が回転しながらからみつき、やがて文字となって浮かび上がる。
ゴメンナサイスト 綾重 十一
「はぁ?」
液晶の名刺を見た矢本があきれたように声を上げる。
「マコト、やっぱり反応よくないよ、これ」
「そんなことないよ。最高にクールだよ!」
小柄な少年、椋木マコトがはしゃぐ。
「十一、ちゃんと読み上げて。ポーズも教えたでしょ?」
紅一点、丸谷麻里耶が綾重を横目でにらむ。
矢本は呆然と立っている。
「えーと、矢本さん、時間がないので省略しますが、丁寧な挨拶と自己紹介をしたものと思っておいてください。そして、本題ですが」
綾重はスマートフォンを上着のポケットにしまいながら、軽い口調で切り出す。
「野球部のエースで学園の人気者、矢本雄太はあと30分で破滅です」
矢本の硬直していた顔の筋肉が別の形にゆがんでいく。
「なんだと・・・」
「まさか、勝てる、なんて思ってないでしょうね? 間もなく開始ですよ」
「楽勝だ。生徒の大半は俺を支持する。俺をだれだと思ってる」
綾重は自分よりひと回り大柄な矢本を見上げながら、にやにやと笑う。
「野球部のエースで学園の人気者の転落劇なんて、みんなのごちそうですよ。炎天下の連投よりもご機嫌な残酷ショーで、チアガールもつい腰が動いちゃいますね」
矢本がうなり声を発して、つかみかかろうとするが、綾重は即座に後方に下がり、さらに丸谷を盾にする。
「ちょっと! なにするの!」
「こういう人は暴力でストレス解消するの。どうです、なかなか美人でしょう。一発ガツンとやると今までにない快楽が得られますよ?」
「このゴミクズ!」
丸谷は肘で綾重の腹を連打し、拘束から脱出する。マコトは楽しそうに見ている。
矢本の顔が怒りから困惑に変化し、非道な男を足元から脳天まで何度もながめる。
「勝たせてあげますよ。ぼくたちの力で」
綾重は丸谷とマコトの肩を抱く。丸谷は心底いやそうな顔をする。
「矢本さん、恥をさらしたくはないですよね、あの生徒会長の前で」
生徒会長という語に矢本が反応する。
「俺があんなやつを気にすると思ってんのか?」
「会長は厳しい人です。負けたら、野球部は活動停止です」
「負けねえっていってんだろ!」
「負けますよ。甲子園が人気なだけで、あなたたちは態度がでかくてカバンもでかくて電車で邪魔なゴミクズですから」
「まず、おまえの顔にフルスイングしてやるか」
矢本は綾重の鼻先に指を突きつける。
「人を指さす癖、よくないです」
綾重はその指をにぎり、平然とひねり上げる。
矢本がうめいて、右手を押さえる。
「失礼。甲子園で活躍した後、チアガールのパンツに突っ込む大事な指でしたね」
丸谷が見もせずに綾重の頭をはたく。
「でかいなあ。ちょっと頭を下げてください」
綾重が坊主頭をつかみ、押し下げると、矢本は床に膝をつく。
「なにしやがる」
「はい。出番」
2人が動きだす。椋本マコトは矢本の耳の後ろに小型の装置を取りつける。
「こちらは優秀なる情報担当」
丸谷麻里耶はメイク道具を取りだす。
「こちらは優秀で美しい演出担当」
「なんで野球部は眉毛をとがらせるかな」
丸谷は鋭角な眉毛にペンシルで描きたして丸く整えていく。
「はい、動かない。顔に力を入れない。不安にならない。ちなみに、ぼくは平凡で人の痛みがわかる総合支援担当」
綾重は矢本の胸を指で軽く突く。
「これから、あなたは保護欲をくすぐる哀れな人」
丸谷が目の下と頬にシャドウを入れたことで、矢本はやせて疲れが浮かんだような顔つきになっている。
「ちょっと目尻にライナーを入れてたれ目にしてみた。善人っぽいでしょ?」
されるがままだった矢本がゆっくり立ち上がる。
「こんなもんで、俺が勝てるっていうのか?」
キツネにつままれたような表情で矢本が問う。
「本当に勝てるのか? 俺はすべてを失うんだぞ。おまえたちは何者なんだ? なにが目的なんだ?」
「ゲロ野郎、おまえは十一のいうとおりに動けばいいんだよ」
マコトは少女にも見える柔和な顔で毒づいた。