勇者の旅立ちー身代わり聖女の旅立ちー
語句説明
魔術ー物質に作用する術の名称。火球をはなつ、剣を強化するなども入る。人体に直接作用することはできない。
聖術ー魔術とは逆に、人体に影響を及ぼす術。人体構造に熟知しないと、正確には扱えない。聖術使い=医者
「……必ずや、魔王を倒してみせます!」
未だ成人すらしていないだろう少年は、民衆の前で声を上げる。
彼の声変わりすらしていないだろう高い声が響き、それを耳にした民衆は、歓声を上げる。
少年の後ろには、4人の男性が立っている。
ひとりは、騎士団の副団長。
ひとりは、騎士団において1番ともされる剣士。
ひとりは、魔術と聖術を修めた賢者。
ひとりは、魔術を極めたとさえされる国の王子。
彼らが声を上げるたびに、人々は歓声を上げ、熱狂する。
聖剣に選ばれし勇者と、共に戦う仲間たちを見て、必ず魔王を倒せるだろうと。
出発前の儀式が終わり、5人の勇士や王族、貴族の人たちが立ち去った後も、民衆はずっと願いを込めて声を上げ続けていた。
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「……まったく、あの子は……!」
勇者として、民衆の前で宣言をした少年の口から出たのは、他者に対する憤り。
「これもあの子の役目でしょう! それを、対人恐怖症だからとわたしに押し付けて……!」
「落ち着いて、アリア」
「……愚痴くらいは言わせてください、殿下」
アリアーアリステア·リアードーは、傍らで頭を撫でている王子ークレイル·オルド·クレスティアンーに告げる。
その表情は、拗ねた少女のもの。
そう、彼は勇者ーアルトリオ·リアードーではなかった。
アルトリオの三つ上の姉、だった。
「すまない。聖女である君に、身代わりなどさせてしまって」
「本当ですよ。本来なら、アルト自身がきっちりと挨拶もするべきなんですから」
「……(こくこく)」
騎士団副団長であるザックス·エルドライト。
賢者と呼ばれるユークレス·ウォレイル。
剣士カリスト·グレイス。
彼女が勇者ではないことを知る3人も、アリアを見つめた。
……対人恐怖症のため、外見がよく似ている姉に人前に出ることを押し付け、すでに魔王退治の旅にでている弟。
弱冠13歳にもかかわらず、勝てるものがいない程の、天才的な剣士。
「アリア。明日には城を出ることになるけど、大丈夫かい?」
「はい。出発の準備はできています。私は皆様のように戦うことはできませんが、守りと治癒についてはお任せください」
その言葉に4人はうなずいた。
この年で聖女と呼ばれるほどの、彼女の聖術の実力を知っていたために。
「頼りにしている」
「そうですよ」
「無理はしないようにね」
「……(こくこく)」
4人の言葉に、アリアはふわっと微笑んだ。
「ありがとうございます。必ず魔王を倒しましょう」
……そして、必ずーー。
アリアはーーーーーことを、自身に誓った。
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「殿下。婚約者殿とはどうなったんですか?」
「問題はない。無事に戻って来れたなら、婚約の解消とアリアを妻とすることに同意してくれている。王にも許しは得ている」
「まあ、まだ決まったわけではありませんが」
「……(こくこく)」
「ですね。おれたちの誰を選ぶのか、決めるのはアリアですし」
「……必ず選ばれる。お前たちにも譲らない」
「……これに関しては、私も譲るつもりはありません」
「ま、おれたちみんな、アリアに惚れてるわけですし」
「………ありあ、ぼくの……!」
アリアに恋をする4人は、アリアを護ることをお互いに誓い合った。
そして、アリアの心を射止めることを、自身に誓ったのだった。
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「はっ!」
高い、声変わりも前の少年の声が荒野に響く。
周りを囲む魔物たちをものともせずに、数分ほどですべてを倒した。
「……さすが、ですわね」
少年よりもすこし年上の少女が、少年に声をかける。
「え、あ、あの!」
「ほんと、アルトは可愛らしいですわ」
「や、やめ……!」
「いやですわ」
魔物を倒して息も切らさずに、静かに佇む少年に抱きついた少女は、少年が嫌がるのも気にせず頭をなでていた。
「無事、魔王を倒しましたら、あなたはわたくしの夫となるのですわ。このくらいはなれてくださいませ」
「む、むりです! 僕には姫様の夫なんて務まりません!!」
「大丈夫ですわ。あなたは勇者、ですもの」
セレイン・エリア・クレスティアン。
魔術の才は国一番とも言われている。
……あまり知られてはいないが、年下趣味でもあった。
勇者に選ばれたアルトに一目惚れして、こうしてついてきているのだ。
もっとも、人見知りが激しいアルトが、一人で旅をすることは無理、大勢も無理、という状況でのことでもあるが。
「……姉さん、大丈夫かな……」
「それなら、あなたがきちんとお役目を果たせればよかったのですわ」
「む、無理! 大勢の前に出るなんて!」
「なら、仕方がありませんわね」
「……うー」
唸るアルトをひとしきり撫でると、セレインはアルトから離れた。
「さ、急ぎますわよ。間もなく、魔王の幹部の居城ですわ」
「……わかってる」
そうして、二人は魔王の幹部のもとに向かった。
翌日には、あっさりと幹部を下し、魔王城の封印を一つ解いたのだった。
ここまで呼んでいただき、ありがとうございます。
伏線ありですので、近いうちに続編を書く予定です。
よろしければ、お待ちください。