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一つ年下の男にワインを飲ませたらこうなる

作者: 真山咲

幼なじみのヒロトが日本に帰って来ると、

同じ音楽教室の仲間だった友人から聞いた。


ヒロトは、とある国の、とあるオーケストラのバイオリン奏者だ。


ヒロトは私より一つ年下で、私も通っていた音楽教室の生徒の一人だった。

彼は、中学の時にはすでに、国内のコンクールなどで入賞していて、

高校は音楽科のあるところに進むものだと、周囲は思っていたけれど、

なぜか、私と同じ高校に入学して来た。

家も近所だったから、いつしか待ち合わせをして、登下校するようになっていった。


私たちの通っていた高校は、授業も厳しかったから、

「音楽と勉強の両立が難しい・・・」

と、私に弱音を言ったこともあった。

私も、音楽で身を立てたいと夢想したこともあったけれど、

ヒロトを見ていると、自分にはそんな能力は無いと、思い知らされるだけだった。

彼の才能と、そして何より、彼の努力をそばで見ていたから・・・。


結局、私は家業を継ぐため、音楽の道は諦めた。

彼は国外のコンクールに入賞したあと、

アメリカの音楽大学へ進学して、日本を離れた。


それから二年が過ぎたころ、

彼は一時帰国をして、私のアルバイト先を訪れた。

私はその当時、ワインバーでピアノを弾くアルバイトをしていた。


「いつ帰って来たの?」

「昨日・・・さっき、家にお邪魔したら、ここだって教えて貰ったからさ・・・」

「演奏、聞いたの?恥ずかしいよ」

「いや、高校時代より、ずっと上手くなってる」

「そりゃ、お金をもらってるからね」

「僕より先に、プロデビューだね」

「プロデビュー・・・ね」

私は思わず笑ってしまったけど、彼は真顔だった。

「ね、何かあった?」

私はなんとなく不安になって、聞いてみる。

「いや、別に・・・」

平気な顔を装っているのが分かる。

『私には想像もつかない色んな悩みがあるんだろうな』

と、彼の顔を見る。


カウンターの上の彼のワイングラスは、空になっていた。

「もっと何か飲む?・・・っていうか、お酒飲めるの?」

私は笑ってみせた。

「僕だって、ワインぐらいは飲めるよ」

ちょっと口を尖らせるところは、幼い時と変わらなかった。

「私、仕事してきちゃうね」

演奏が残っていたのだ。

「帰りまで、飲んで待ってるよ」

私は、演奏へと戻って、時どきヒロトの様子を伺った。

店長と話をしたりしている。

少し安心して、演奏に集中した。

それから三曲目が終わったとき、

店長が私を呼んだ。


「君のお客さん、具合悪そうなんだけど・・・」

「えっ」

「今、トイレに入ってる」

「見てきます」

トイレの方に急ぐと、彼がドアから出てくるところだった。

「大丈夫?」

「全部吐いたから・・・」

顔色が悪い。

「いったい何杯飲んだのよ」

「・・・わかんない・・・」

一番近くの空いている座席に彼を座らせた。

私は店長に詫びを入れて、帰り支度をするとタクシーを呼んだ。


久しぶりにヒロトの家の門をくぐった。

彼の足取りはおぼつかなかった。

どれだけ飲んだのだろう・・・。

抱えるようにして、玄関のチャイムを押して名前を告げる。

彼のお母さんが、「久しぶりね~」と、にこやかに出てきた。

でも、彼の姿に眉をひそめる。

「迷惑をかけてごめんなさい・・・」

「いいえ。また、近いうちに・・・」

そう言いながら、彼を家の中に入れた。

私は急いで彼の家を後にした。


次の日。

大学から帰って来ると、母が心配そうに待っていた。

「昨日、ヒロト君と何かあったの?

さっき、電話があったわよ。家電に・・・。

『ゆうべはごめんなさい。ありがとう』って伝えてくださいって・・・。

あなた、大丈夫?」

「え?私は何にもないよ。何の心配よ。

ヒロトがうちのお店で酔っちゃっただけ・・・。

私の演奏が終わるのを待ってるうちに、たくさん飲んじゃったみたいで」

私はハッとして、いつもより早くバイトに出掛けた。


「店長、昨日はすみませんでした」

「無事に家まで送り届けた?」

「はい。ところで彼が飲んだお支払い、どうなってますか?」

「いいよ、気にしないで」

「そんなわけにはいきません。お支払いさせてください」

「ワインの一杯くらい、なんてことないから」

「え?一杯?・・・一杯って一杯?」

私は人差し指を立てた。

「うん、一杯。彼が飲んだのは、一杯だけ。

あれだね、彼にはアルコールの入ってるものは、勧めたらダメだね」

「はぁ・・・」


携帯の番号だって知ってるはずのヒロトが、

わざわざ私がいない時間に、家に電話して来たのが、なんとなくわかる気がした。


それ以来、連絡をし合うこともなく、今日まで来てしまった。


もう、笑い話になってもよさそうなんだけどなぁ・・・。





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