沈黙の決意
朝、目が覚めるとほっぺを膨らませ今すぐにでも怒鳴りそうな顔を真っ赤にした妹がそこにいた。
『…おはようございます。愛しのカナハちゃん…』
機嫌取りにいったつもりがカナハには全くの逆効果沸騰したように赤いヤカンは怒鳴り出した。
『何時だと思ってるですか一‼早く起きなさい馬鹿アニキ一!』
特に変化のない遅刻しそうな時間帯の起床だった。
一一午前八時二十分一一
遅刻の常習犯にとっては早い登校だった。
昨日の放課後の件もあり、普段通りの生活リズムを保てなかったキノウは嬉しいのか嬉しくないのかよくわからない気持ちに悩まされた。
教室に入るとカノンの姿はなかった、いつもは早く来てクラスメイトの女子や男子に囲まれて談笑会を楽しんでいるはずなのに…。
『オオサキのいない教室ってこうも静かなんだな…。』
キノウは改めてカノンの存在感に驚いた、ついこの前来たはずなのにすでに教室内の欠かせないものの一部になっていたのだ。
一一カノンが登校してきたのは午後三時をまわったときだった。
元気のないその顔はいつものカノンではない、やはり昨日の事を気にしている様子だった。
『おはようございます…』
とても小さな声量がより一層際立たせる。
『お、おう』
あまりの変わりように対応に困ってしまう。
結局、その後授業が終わっても二人が言葉を交わすことは一度もなかった。
一一学校を出て帰宅ラッシュ時の満員電車に押し潰されヘトヘトになったキノウは制服のままソファーで横になっていた。
『お兄ちゃん、着替えてください汚いです。』
中学校から帰ってきていたカナハが外に干していた洗濯物を取り込みながら言った。
『別に良いだろう、汗かいてないんだし。』
いちいち起き上がって着替えに行くなど面倒くさくて仕方がない、テレビをみながら返答するキノウに突然一通の電話が来た。
『カナハ~電話とって~』
ソファーに寝っころがりながらキノウがカナハを呼んだ。
『今、手が離せませ~ん、お兄ちゃん代わりにとって。』
顔を傾けウインクをしておられらる妹様は、
ソファーのすぐ後ろで取り込んだ洗濯物をたとんでいた。
『くそ、働くことが好きな妹め、お兄様を使うとは良い度胸だ。』
キノウはソファーから起き上がって固定電話にまで近づいていった。
『俺の安らぎを妨げた元凶め、大したことない内容だったらただじゃおかないぞ。』
出る前にキノウは電話に向かって宣戦布告をした、大袈裟に受話器をしっかりと掴み電話に出た。
『はい、野蛮賀ですが何かご用で?』
自身の機嫌を損なわせた元凶の相手にキノウは問う。
『あの~、そちらキノウ君のお宅でしょうか?』
おそるおそる電話を掛けてきた声の持ち主は今日、ほとんど喋らなかったカノンからだった。
『…オオサキか?どうした?』
キノウも反応に困り、戸惑ってしまった。
『昨日の事…覚えてますか?』
ボソボソと話すこの人物は本当にカノンなのかと疑ってしまうほどだった。
『ああ、覚えてるよ…』
キノウはあのときの五人のやり取り、カノンがアンドロイドではないってこと、そしてそのときにキノウと目があった時のカノンの顔を思い出していた。
『あの件なんですけど…もし良かったら…』
プツプツと切れてしまう、カノンの言葉にキノウは後を追うように言葉に出す。
『もし…良かったら?』
『…今から会いませんか?』
突然の誘いにキノウは少々驚いた。
『わかった、すぐに向かうよ。』
時計を見ると今は午後七時、まだ電車は動いている。
『では、のちほど』
…そういって電話は切れた。
『誰からだったの?』
事情を知らないカナハは二人の空気を無視して無邪気に聞いてきた。
『友達からだよ…。』
『ふ~ん、お兄ちゃんにお友だちね。』
いつもなら妹にかまってあげられるが、どうもそんな余裕はなさそうだ。
『ちょっと、外出てくるわ。』
キノウは制服のまま玄関へ向かった。
『あんまり遅くならないでね。』
カナハもキノウの見送りに玄関ヘ駆けていく。
『早く帰れるようにするよ。』
現時刻は午後七時五分…昼間は暑いとはいえ五月の夜は冷え込む。