藍(アイ)のこと
藍は守り人の家に生まれた。
守り人はときに命を落とすこともあるとても大変な仕事だ。
森の見廻り中に大きな獣を見かけたら、どんなに獰猛な獣だろうと立ち向かい村に近寄らないように威嚇して追い払う。
長が王宮に赴く際には護衛として付き従い、山賊から守る。
それは命を取り合う危険極まりない仕事だけど、だからといって藍は弱音は一切吐かず、それさえか守り人の仕事に誇りを持っていた。
そのようにやがては守り人になる子として、藍はとても厳しく育てられた。
そして藍は、どんなに辛いことがあっても決して弱音を吐かない、強くて賢くて、誰よりも優しく思いやりのある子供に育った。
藍は子供なのに川で魚も捕れるし、森では誰よりも上手に木の実を集める。
そんな藍を母はいつも誉めてくれて、誉められるとまるで一人前になれた気がしてとても嬉しかった。
そんなある日、おじいさまが森から赤ちゃんを抱いて帰ってきた。
それは藍が生まれて5回目のリラの花が咲いた春の日のことで、藍はおじいさまの腕の中で眠る赤ちゃんを見て、目を真ん丸にして驚いた。
それは、赤ちゃんの頬っぺが森に降る雪のように真っ白だったから。
森の民はみな日に焼けて健康的な肌色をしていて、赤ちゃんのように血管が透けて見えるほど白い肌をした子を、藍はいままで見たことがなかった。
そんな藍を傍らに呼びよせ、おじいさまは腕の中の赤ちゃんを見せながら、この子は森の落とし子だよ、と教えてくれた。
そして、おまえが世話をするんだ。大事にするんだよと。
藍はその時のおじいさまの言葉を、今でもありありと思いだすことができる。
その時藍は、まるで朝のお祈りをする時のような、とても神聖な気持ちで聞いていた。
それは、とっても大きな魚を捕ったり、誰よりもたくさんの木の実を集めたりして母に誉められたどんな仕事よりも大事なのだとおじいさまの目を見てわかった。
そして、それを任された自分が、とても誇らしく思えた。
その時の気持ちは、翠と離れて暮らすようになった今も何も変わらない。
藍にとって翠は、いまだに大切な森の落とし子だった。