《間の子》
ミャーミャンは、人と海との子供であった。
だが、気分屋の母には育てる能力はなく、また父は船乗りであったが母の無下な一撃により呆気なく死んでしまった。ミャーミャンはまだ一つだった――
手を差し伸べてくれたのは、父の姉のミンクシェン。名前も彼女から貰った。
ミンクシェンは父が大好きであった。彼女の愛の調べはいつも父の名が刻まれ、彼女の目は消えていった海に漂っていた。ミンクシェンは、ミャーミャンを忘れ形見としては大事に育てくれた。けれど、海色の長い髪を撫でてくれることはなく、決して浜へ出ることは許してくれなかった。
そんな孤独で部屋に閉じ込められたミャーミャンだったが、ミンクシェンの縁談の話が持ち上がったことで自由を手に入れることが出来た。ほんの一時。幼子のときから片時も離れなかったミンクシェンが、世話焼きの村の婆共に連れられて相手方の家に行ったのだ。
常に背後にあった小言と笑い声の重しが外れ、燻っていたミャーミャンの好奇心と反抗心を抑え込むには戸口を振り返った罪悪感だけでは無理なこと――それほど想いは限界であった。
ミャーミャンは走った。すぐそこに焦がれる海があるというのに。ただただ束縛の激しい伯母が帰って来る前に海の中へ入ってしまいたかった。
海はミャーミャンを受け入れた。彼女が陸にいるときのように…いや、それよりももっと居心地の良さを与えてくれた。息も出来る、疲れも知らず、どこまでもどこまでも泳いで行けた。
ミャーミャンは去り際に父の沈んだ場所ヘ向かった。墓場は海が教えてくれた。海底の砂に突き刺さった木片と骨の一部が父の全てを物語っていた。
「父さん」
ミャーミャンはひんやりとした砂に膝をついた。どこの骨かもわからなかったが胸に掻き抱いて、泡の涙をこぽこぽ、こぽこぽと流した。
「父さん、私は貴方の仇をとりたい。きっと私の力では足りないでしょう。それをこの海が教えてくれました。でも、どうにかしたいのです――」
まやかしの愛に弄ばれ、命さえも奪われ、伯母の嫉妬から吐き出された嘘かもしれないと思ったがしかし、家を訪ねて来る村人からの話で、本当であると確信を得た。
「あの海馬の売女が、隣村の浜に赤子をまた置いていったそうだが、父親も……仕方なしに連れて行った子供諸共沈められてしまったよ」
噂話をする伯母達の傍らで、ミャーミャンは異父兄弟と父等に誓った。いくら海の支配者に酷くされても、その海の恵みを受けている以上、何も文句は言えない。言えるとしたら、力は劣るが迷わず己に従属しようとする者がいるミャーミャンだけだろう。
ミャーミャンは知っているのだ。海馬が手に入れていると思っているものは、ただ恐れから従っているだけだと……己の身体と思っているものにも、それぞれ心があるということを。生け捕りにされ、家の台所に置かれた桶に入った海水と蛤と小さな蟹が教えてくれたのだ。
「貴女のような方の中に在りたい」
蟹は朝餉の出汁に、蛤の身は伯母の口の中へ、海水は庭先に撒かれてしまったけれど、次の日に土と混ざり合った塩がどうかどうかと嘆いて伯母に踏まれて消えていった。
ミャーミャンは、生まれた意味が欲しかった。伯母のための人形ではなく、何かのために己が生きているのだという理由を求めた。
泳ごうとしなくとも好きなところへと運んでくれる海を従え、海馬の行方を囁く生き物達の声を聞き、ぐんぐん進んで行ったのだった。
それはもうすでに、ミャーミャンが新たな支配者でもあるかのように。