《台地の王とサルテリテ》
台地には無数の瘤があったが、その中でも一際高くそびえる瘤だけには名前があった。サルテリテ――それが彼女の名前だった。
サルテリテは台地の王のちょうど頬にいた。百の口を持つ台地の王はとてもお喋りで、いつしかサルテリテは言葉を覚えて王の話し相手になった。
「サルテリテ、私の下僕よ」
王が、宵闇時に彼女を呼んだ。
サルテリテは、いつもならば眠りに就いているのに珍しこともあるものだと驚いたが、すぐにその唇に岩肌を寄せた。
「何でございましょうか?」
王はピクピクと唇を震わせた。
「今日は中立の輝きがないように感じるがどうだ?ないのであれば、もしやと思ってな……」
サルテリテは言われて長い長い蔦の前髪を上げ、麓に付いた一つ目を空へ向けた。
「ええ、確かに王の仰る通りです。光はゴロゴロと鳴る雲に遮られているようです」
サルテリテが頂上に付いた三つの洞窟を澄ませると、驚いた獣が崖から滑り落ち、真っ逆さまに王の口へ入って行った。
「ううん、さすが私から育まれた者だ、とても美味い」
獣に舌鼓を打つ口は、サルテリテと話したことも忘れ、夢中でむしゃぶり始めてしまった。またか――と、サルテリテは思ったが、後ろにあるもう一つの口に同じことを伝えた。
すると、王は「やはり空の妃カタクリリャか、ならば始まったということだな」と一人納得し、ああだこうだと呟き出した。
王の独り言がいうには、積年の恨みを晴らすときがやっと来たということだった。
「何故、それほど空が憎いのですか?」
いくらお喋りな王でも一度たりとも空の話をしたことがなかったはずだが、それが今、百の口から呪詛ばかりが吐き出されている。サルテリテは、興奮に口の中を真っ赤にする王に尋ねた。
王は、ぶっと溶岩を噴き出すと、サルテリテの前髪を燃やしたことも気にせず楽しげに笑った。
「なんてことをするのです、折角ここまで伸びてくれたのに」
「なあにそんなこと、私の頬にいる限り自由であるさ。しかし今は戦のときよ――そのために植えた種が私の臍から旅立ったのだ。笑わずにはいられまい」
結局、王はサルテリテの問には答えてはくれなかった。だが、いつも禿げ上がっていく身体に嘆いてばかりで、下僕でありながら同情していたところだ。もし、己の前髪が綺麗さっぱりなくなってしまったら、サルテリテは他の瘤同様にただ在るだけになっているだろう。
サルテリテは、王の横で笑った。笑うということがどういうことであるかわからなかったが、王の真似をして声を上げた。普段豊かで大人しいものだから様々いた獣たちは驚いて、サルテリテの身体から次々に王の口々へ落ちて行った。
王はそれらを噛み潰し、「なんとも目出度い日であるな」と更に喜んだ。