4.怒髪天を衝く
霊を信じるかと問われれば、居るところには居るだろうと答える。
神を信じるかと問われれば、痕跡はあるかもしれないと答える。
異世界はあるかと問われれば、見てないところにはあるかもしれないと答える。
およそあると信じてはいない答えの意味するところは保留、それはあると良いなと思う、その程度のものだった。
なければ別に自分に関係ないわけだからどうでもいいし、存在しても今まで特に問題なかったからこれからもそうだろうと。
人は社会性の生き物だ、自分がどう思っていようと他者がどう思うかを気にする。
居ないといえば角が立つし、居るといえばそれもまた同じ。
故にあったら良いなという程度のそんな振る舞いしかしてこなかった。
いつしかカドは削れ丸くなり、まるで最初から自分の意見だったかのようにすっぽりと収まっていた。
私はそんな世界が嫌いだった。
霊や神が居たら面白い世界、わくわくするおとぎ話のような世界の扉を閉ざし、ここではないどこか異世界への自由な探訪の意欲まで奪った。
そんな自分が嫌いだった。
今、目の前にあるものはカドの取れた丸い考えを真っ向から嗤うかのように存在していた。
それは燃え盛る炎の色をしていた。
それらは私を見て、
…いや、気のせいではない。
嗤っている。
丸い火の玉が無数に浮かんで嗤っている。
何がおかしいのか、ころころと嗤っている。
顔を歪めつつ飛んだり跳ねたり。
嗤い声があたり一面を満たす、満たす。
うるさい。
雑踏を何回も重ねたような癇に障る声が、直接中耳を叩くかのように響く。
うんざりだった、なんだか分からない儀式に強制的に参加させられた挙句、よく分からない火の玉のおばけの大合唱。
おまけに自分の一番嫌いな所まで思い出させてくれる。
身体に力を入れる。
俺を縛っていた縄は無かった。
「邪魔だ」
近くの火の玉を乱暴に掴む。
とたん、掴まれた火の玉が声にならない声を上げる。
それを見た他の火の玉が耳障りな嗤いをやめた、それでいい。
腕に力を入れると、火の玉が逃げようともがく。
なかなか硬いもんだ、ギリギリと締め上げていく。
手の中の火の玉が抵抗するように勢い良く燃え上がった。
それは部屋がひときわ明るくなるほど眩しい、腕全体まで包み込もうとする大きな炎だった、が
「それじゃ足りない」
心の怒りの炎のほうが何倍も大きかった。
目の前の火の玉が足掻けば足掻くほど強く燃え、俺ごと燃え尽くすような怒りの炎。
今度は確実に潰せそうだ。
「ぐちゅり」
情けない音ともに手の中の何かが飛び散った。
何かが部屋の壁に彩りを与える。
手にへばり付いたものを払いながら、俺は他の火の玉共をぎろりと見回す。
心なしか火の玉共の元気が無いようだ。
その時、あたりを見回してなぜ自分を縛っていた縄が、無かったのか合点がいった。
それは無くなってはいなかった、依然しっかりと縛っていた、私ではない私を。
ここは今更だが奇妙な空間だった。
急に、意識が遠くなり、背につけた糸を手繰り寄せられ、もう一人の私に吸い込まれていく感覚を覚えた。
次の瞬間、私は一つになっていた。
先程の空間は一つになると同時に消えた。
時間が動き出す。
目の前の「長老」は儀式を終えたのだろう、息を荒げながら私を見据えている。
深い皺がいくつも刻まれた顔の、意外にもつぶらな二つの瞳が私の動向を逃さないとばかりに射止めている。
周りに居る武装した村人たちも、じりじりと間合いを計りながら、私の様子を見張っている。
何かあればすぐにでも飛びかかってきそうな、そんな雰囲気だ。
ふいに、轟、と身体が炎で包まれた。
下から吹き上がる炎で髪が逆立つのを感じるが、不思議と熱くはなかった。
おお、と周りの村人が炎に煽られ、後ろにたたらを踏む。
あまりに大げさなので自然と笑みが漏れる。
程よい炎風を感じ目を細めた、それにしても今日はやたらと疲れた、あくびを噛み潰す。
しばらく大きく燃えた炎が収まったとき今度こそ縄は完全に燃え消えていた。
「長老」の瞳が大きく見開かれたのを確認した後、私は気を失うように寝落ちしたのだった。
初小説になります、誤字等ありましたらアドバイスいただけると助かります。
ご愛読ありがとうございます。