2.雉も鳴かずば撃たれまい
人間、彼女らしき人影は月明かりに照らされ光る目を丸くしてこちらを見ていた。
どうやらここに他の人間が居ることが珍しいのだろう。
もしかしたらここは他人が入っていい場所ではないのかもしれない。
夜は静かで星の見晴らしもよく、日中は日のあたりも良くのどかだろうここを独り占めとは、中々彼女も意地悪な性格なのかもしれない。
僕は立ち上がり草を払う。
彼女はおもったより小さい。
今度は僕を見上げる形になる。
光る丸々とした目が僕を捉える。
―綺麗だな。
そう思った。
いくぶんか瞳の奥に驚き以外の色が混じり始めているのが分かった。
僕は出来る限りの笑顔と共にこう言った。
「こんばんは」
―彼女は逃げた。
困った。
どうやら私の旅は前途多難のようだ。
しばらくぼうっとしていたが彼女の走り去っていった方に向かって歩き始める。
まるで変態ではあるが、彼女が唯一この世界との関わりであるのだから仕方ないと。
そう思って歩き続けることにした。
しかし彼女は不思議な人であった。
私が友好的な顔と日本式の挨拶をしたら、闇夜でおばけでも見たかのように驚き、逃げるようにヤブに消えていった。
彼女の消えたヤブの近くには小道があり、ヤブにそのまま突っ込むよりかはいく分か歩きやすそうであった。
私は小道の方を選んだ、彼女のようには勇敢ではない。
目の端にピンク色のようなものがあるのに気づいた。
これは布か何かか、ともかく彼女がヤブに引っ掛けたらしきものがある。
アイテムをゲットである。幸先がいい。
これを交渉材料にゆくゆくはわらしべ長者か、などと馬鹿な妄想をしつつ闇を進んだ。
小道はそれなりに歩きやすく難はないのだが、如何せん周りの木々が月明かりを所々遮り、それが原初的な恐怖を感じさせる演出の手助けをしている。
そういえば彼女は確か何か明かりのようなものを持っていたな。
私は心のうちでそう確認する。
少女が独りで行ったのだから恐らくそう危険ではないのだろうが、小道からそれないよう一歩一歩確認しながら歩くことになってしまい思ったより歩が進まない。
どうせなら明かりも忘れていってくれればよかったのに、と私はひとり心のうちでごちるのだった。
時間にして40分だろうか結構長い間歩いた気がする。
途中どこに向かっているのか不安になる場面もあったが、小道だけを頼りに進んできた。
遠くに月明かりとは違う明かりが小さく見えた時は思わずホッと胸をなでおろし、そこから更に10分歩いた。
やはり私の予想通り、夜中にこんな遠出とは彼女は中々の悪ガキのようだ。
明かりに近づくとそれは予想通り家のような風貌をしていた。
幾つかの明かりを伴った家があり周りは綺麗に整地されている。
森のなかにくり抜かれた様に集落があるようだった。
私は息を整えながら次はどうしようかと思案していた。
手にはピンク色の布状のアイテムがあり、これが鍵を握っているのは間違いない。
ややもすれば彼女に感謝される代物かもしれないし、そうじゃなくても害意がないことの切っ掛けくらいにはなるだろう。
逃げた理由に日本語が通じないとか、私の相貌が月明かりのせいで怖く見間違えてしまったという可能性もほんの少しだが、小さじ一杯分すり切りの更に半分の半分くらいあるかもしれないが考えないことにした。
その時はなんとかしよう。
問題はまず彼女の家が何処かわからないことである。
出来れば直接渡して私の友好的な非礼を詫たいし、彼女も夜こっそり抜けたことを知る人が少ないほうが助かるだろう。
ところで話は戻るがピンク色のキーアイテム、実はまだよくわかっていない。
月明かりの中ではあまり良く見えなかったのだ、何か刺繍らしきものがしているようなのだが。
手がかり、例えば名前であれば読めなくても彼女には繋がるし、特徴的な模様であれば持ち主を誰か知る人もいるだろう。
普通であれば手近な家を訪ねればよいのだが。
ふと、脳裏の中で蠱惑的な考えが蠢いた。
その前に少しだけ彼女の秘密に触れてみたくなったのだ。
このピンク色が一体何であるか、明るい光の下で確かめたくなったのだ。
私の中では大方これが何かは見当がついている、恐らくハンカチか何かそれに類するものだろう。
見られたところで恥ずかしがる物でもないだろうと、この世界で初めてのアイテムが何なのか確かめたくなった気持ちが頭のなかでうずうずと煮え立つように騒いだ。
分かるようで分からないというのが一番もどかしいものだ、この欲望には抗うのが難しい。
私は夜燈蛾のようにふらふらと近くの家から漏れる光に吸い寄せられ、
―そして、ピンク色のブツを物陰で怪しく鑑賞しているのを家主に発見された。
初投稿になります、誤字等ありましたらアドバイスいただけると助かります。
ご愛読ありがとうございます。