7円 ハズレガチャ
猛と吉彦が何やら店先で興奮気味に話している。
ガチャガチャだ。
ガチャ、ガシャ、ガシャポン、地域などによって呼び方は違う場合があるが、基本的に電気を使わない自販機でお金を入れてハンドルを回す。プラスチックカプセルに景品の入ったものである。
今では当時は基本的に1回100円が主流だったが、いまでは200円300円1000円なんて物まである。
この時代、20円、50円のガチャもあり、中に当たり玉なんて物もあった。
野球のボールを型どった小さなプラスチック玉で面が平らになっており、そこに当たりと書かれていた。
確かこれは50円ガチャに含まれていた。
ポスターや大きめのスーパーカー消ゴム等々、子供の心をガッツリつかんだ景品だった。
さて、あの二人はといいますと。
「もう、諦めようよ、タケちゃん!」
「うるせーよ!あと2回分ある!俺はこのために、大好きなポテトフライも我慢したんだ!」
彼らの狙っているのは当たり玉じゃない。
特定のキャラを出したいのだ。
20円ガチャはすでに7回も回していた。
猛はあと3回分の60円をにぎりしめていた!
「あ、佐伯君、有村君?」
その声に振り向く二人。
そこには綾葉が立っていた。
「久し振りだね!神楽さん!体はもういいの?」
吉彦が嬉しそうに上ずった声で言う。
綾葉は吉彦の質問には答えず続けた。
「あれ?今日は若園君と加藤君は?」
「おう、あいつらは今日はまだだな!」
猛が力強くこたえる。
綾葉は二人の間に割って入る様に顔をつきだすと、猛と吉彦は少したじろいだ。
「ああ、今日は009のガチャね?」
009は九人の特殊な能力を持つサイボーグが活躍する非常に奥の深い物語である。
当時のガチャは、かなりいいかげんなところがありまして例えば、猛達の夢中になっている009のガチャ、中味が必ずしも009じゃないんです。
時期外れのスーパーカー消ゴムとか、なんだか解らない消ゴムが出たり…。
ガチャの伝説、キン消しはこの後、しばらくしてからの登場となります。
「なに?神楽?お前、ガチャに興味なんかあるんか?」
猛が不思議そうな顔をする。
「ええ、まあね。それより佐伯君、あと何が揃わないのかしら?」
「ああ、一番ほしい004がでないんだよ。」
「フフ。なら話しは早いわ。私の004と佐伯君の003を交換しない?」
そう言って、綾葉は小さなクッキーの箱の中にぎっしりと入っているキャラ消ゴムを見せた。
「これ、神楽さんの?」吉彦が興味津々に覗き込む。
綾葉はニッコリと笑う。
コレクションの交換などで盛る上がる三人の元へ、ユウキが血相をかえて現れた。
ユウキが息を切らしながら吐き捨てる様に言った。
「大変だよ!タカくんが入院した!」
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ユウキ達は病院に向かった。
子供の足でも行ける距離なのが有り難かった。
途中、綾葉が花やフルーツを買うために商店街に寄った。
テキパキと用事を済ませる綾葉は本当に随分歳上のお姉さんに見えた。
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病院の待ち合い室の廊下に綺麗に着飾った派手目の女性が公衆電話でなにやらはなしていた。
※当時は携帯やスマホはない。
備え付けの公衆電話が主流である。
「はい。承知してます!はい、すみませーん。大丈夫ですぅ。はい。失礼いたします!」
女性は受話器をやや乱暴に置くと舌打ちをした。
「めんどくせえ!あの金喰い虫のバカが!留守番も出来ねえのかよ!」
暴言を吐いている姿は酷く恐く思えた。
ユウキ達が女性の前を無視してタカの病室の前に立った。
すると、先程の女性が髪を撫でて整えつつ、笑顔で近づいてきた。
「あらぁ?タカちゃんのお友達?」
キツい香水の匂いがツンと鼻に感じる。
甘い香りの裏にある嫌な刺激…。
「サンダルウッド…。」
綾葉が何か呟いた。
「へ?」
ユウキが聞き返したが反応はなく、険しい顔をしている。
「こんにちは。」皆、さっきの姿を見ているだけに暗い感じの挨拶になっていた。
「どうぞ、どうぞ、わざわざありがとうぉーっ!お茶、入れてくるわねぇ!」
語尾に無理矢理女性の可愛らしさをアピールするかの様な話し方が何だかいやらしさを感じた。
中に入るとタカが漫画を読んでいた。
「おう!ユウキ!タケ!吉彦!あ、神楽も来てくれたのか!」
「なんだ!元気そうじゃんかよ!」
猛がさっきの嫌な感じを吹き消すかの様に元気に言う。
なんだかんだで、みんな盛り上がりはじめていた。
下らない話しが暫く続く。
その最中、ふいにタカが言う。
「あ、ババアいた?」
「お母様でしょ。」
綾葉が制した。しかし、タカは続けた。
「あのババアさ、香水臭かったろ?なんせ100メートル先でも匂うんだぜ!はははっ!」
空気の読めない猛は一緒に笑う。
タカと母の関係はあまり良くないようだ。
そんな折、タカの母が戻ってきた。
「随分ね。お母さん忙しいから行くわね。」そう言った母に返事ひとつないタカ。
皆が不安そうに見つめていた。
タカの母が病室がら出ていくと、すぐに綾葉が後を追うようにトイレに行くと言って出ていった。
「神楽さん?」
ユウキが声をかけるがそのまま、振り返りもせずに足早に言ってしまった。
タカの母が病院の入り口で見知らぬ男性とヘラヘラと笑っていた。
タカの父でないことは、なんとなく解る。
「高瀬さん。ほんとにありがとう!ワザワザすみません~。」
「いや、仕事第一だからね!みっちゃんが居ないと本当に困るし。」
男もデレデレとタカの母に接していた。
「あの。すみません!」
そこへ綾葉が声をかけると、タカの母は必要以上に驚いた顔をした。
そして、取り繕うように髪を撫でながらまたあの笑顔をつくる。
「えーと、タカちゃんのクラスメイトの…。」
「神楽です!」
力強く言う綾葉は何かを決心するかのようだった。
傍らにいた高瀬とかいう男が、綾葉の足の先から頭の先まで舐め回す様に見て言った。
「息子さんやるじゃない!かわいい娘だよ。」
タカの母はそれを黙って手で制し、ぺこりと頭を下げた。
高瀬も何か軽い話しではないと、少し離れた所にフラフラと移動してタバコに火をつけた。
タカの母が眉を困った様に下げ、目線を綾葉に合わせる様に身を少し屈めた。
「何か?」
タカの母の言葉は造られた優しさの裏にトゲがあった。
「あの、加藤君の事、嫌いなんですか?」
「へ?どういう意味かしら?」
「金喰い虫ってどういう意味ですか?」
タカの母が明らかに不機嫌になるのが解った。今にも怒鳴り出しそうな雰囲気だ。
「あのね。子供は知らなくていい事ってあるの。色々と、ね!それから、他人が口出しする事でもないでしょ?」
近づけてきた顔は明らかに怒りに満ちていた。
「確かに私には関係のない事、でも加藤君は大切な友達です!」
「じゃあ、貴女が幸せにしてあげて。じゃあ、忙しいので失礼するわ。」
「サンダルウッドの香り…。」
タカの母は綾葉の呟きに一瞬振り向いたが、無視して高瀬という男の車に乗り込んだ。
なぜか、高瀬がもう訳なさそうに頭を下げた。
綾葉はそれをあからさまに睨み、溜め息をつく。
そんなやり取りと、後ろ姿を歯痒い思いでユウキは見つめていた。
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「俺の親はさ、俺みたいなさ、ろくでもない野郎を引き当ててハズレもハズレだよな!ハハハ!」
病室のタカは大声で笑った。