3円 当たり玉
…そば屋さんといいますとねっ、
えぇ、振り分けにいたしまして、荷を。
江戸の町々を売り歩いたそうでございますなっ、えぇ。
えー、二八そばなんてぇことを俗に言いまして~
今でも、どうかすると、そば屋さんの看板に二八そばなんて書いてあることがありますよっ、えぇ。
あれっ、どういう訳で、二八というのかと伺ってみましたら、
訳はあるんだそうでございます。
と申しますのが、昔はたいがいああいうものは十六文でもって、商ったんだそうですねっ。
ですから、二八の十六でもって二八そばという。
いやっ、そうでない。
ラジオから落語が小さくながれ、時より笑い声が混じって聴こえてくる。
その傍らでニッコリ微笑む駄菓子屋のお婆さん。
そんな中、吉彦と猛は難しい顔をしながら首をひねっていた。
「いいか、吉彦。」
「じゃ、じゃあ、たけちゃんに従うよ…。」
四角い箱の中に慎重に手を伸ばす。
その指は小さなきな粉にまぶされた
あんこの玉を摘まんだ。
吉彦はあんこ玉を前歯でカプッとかじり割る。
中身を確認するように覗くが何もなかった。
「たけちゃん!」「な、なんだよ!文句あるのか!」
その時だった。
タイミング悪くユウキが来てしまった!
「おうっ!ユウキじゃねぇか!」「たけちゃん!コイツから奢って貰おうよ!」
「ま、待って…。僕は…。」
ユウキは口ごもり俯いた。
「なんだよ!俺たちに世話になってんだろが!」
猛は力強く肩を組んできた。
「な、なんだよ…。やめてよ。」
「実はな…。」
あんこ玉という駄菓子を知っているだろうか?
しっとりとした上品な甘さのこし餡を
特殊な製法で丸く作りあげ、きな粉をまぶした最高傑作の駄菓子である。
この、魔法の玉とも言える物がひとつ10円!
信じられない!
で、猛はこのあんこ玉を買い、当たりを引き当てようとしていた。
もとは、吉彦があんこ玉に当たりが出て、巨大あんこ玉を貰った自慢話に始まった。
猛が黙っているわけがなく、吉彦に強制的に買い、引き当てさせようとしていたのだ。
そして、二人共敢えなく撃沈したのだった。
「待て!ユウキ!」
そこへ、タカがやって来た!
「タカ君!」
「またお前か!」「あーあ、いやな奴が来ちゃったよ!」
タカは二人の文句は無視して話し始めた。
「いいかい、あんこ玉総数72個、大玉9個。つまりは当たりは9個となる。72分の9だ!」
※当たり玉は白い玉が入っている。
数量と当たり玉はあくまで某社のあんこ玉基準。
「タカ君!スゴいや!で、どうすればいいの?」
ユウキが目を輝かせて詰め寄る。
猛達はあからさまにムッとした様子だ。
「じゃあ、当たりを引いて貰おうか!」
猛は勢いよくいい放つ!
タカはニヤリとすると
「実は俺も知らねえんだ!」
と言って皆を茫然とさせた。
そこへまた別の客が入ってきた。
「あら、あなた達!」
それはクラスの委員長兼、生徒会長の神楽綾葉だった。
猛が急に顔を背け赤らめた。
キリッとしたキツい位の顔つきは、まるで大人の女性の様だった。
実際、クラスでも一人大人びていて
近付き難い存在だった。
その前に彼女が美少女ではなく、美人であるという事が近付き難い原因でもあった。
家具さんの娘という事から男子から、陰で[かぐや姫]と呼ばれていた。
「加藤君達が今、夢中になっているそれは、あんこ玉ね?」
タカしか名前を言われない事に猛が更にムッとした。
その表情を横目で吉彦はチラリと見た。
「おまえは委員長の…。」
タカは失礼にも名前を覚えていなかった。
綾葉は溜め息混じりに、名字だけを名乗る。
「神楽よ。名前くらい覚えなさいな。」
そう言って腰に手をあて、仁王立ちになると髪をサラリと後ろへ払う様な仕草をした。
「私、あんこ玉は箱で購入したことがあるの。」
「す、すげえ!」吉彦が驚く。
皆もびっくりした顔をしていた。
「箱で購入したのは私が直接ってわけじゃないの。おばあ様がね。」
そう言ってなぜか頬を赤らめた。
「あんこ玉、総数72個、当たりは9個。この位置は決まっているの。未開封の箱の蓋を開くと、左下あたりに白い四角く切られた薄紙が入っているの。これはお店側が店頭に並べる前に取りだし、まぜこぜにして解らなくするのが決まりとなってるわ。だけど、当たり玉を隠すために、激しくシャッフルしたりするお店はないわ。なので、いい?」
綾葉は100円を取り出して、店のお婆さんにわたした。
「ここに五人いるわ。一人二個ずつでいきましょう。ご馳走するわ。」
猛がニンマリとした。
忙しい人だな…。と吉彦は思った。
「ありがとう!」
ユウキは素直に綾葉に礼を言うとさっそくあんこ玉を取ろうとした。
しかし、綾葉がすぐにそれを制した。
「待って!ユウキ君!」「な、んで?」
突然ね事にユウキは動揺した。
「佐伯君(猛)と有村君(吉彦)達が場を荒らしてしまっているわ。だからここは慎重にいきましょう!」
正直、神楽綾葉がこんなことに夢中になるとは思わなかった。
ユウキは前々から綾葉に、猛達にイジメられているのを助けられたりしていたが、お礼はおろか話した事もなく、少しムズ痒いような思いだった。
「因みに、きな粉棒は50本当たり10本よ!」
そう言って綾葉は笑った。
その笑顔にユウキの顔は高揚して息が荒くなった。
そして、当たり付近と思われる場所を
一人二つずつ選んだ。
皆、顔を見合わせて頷くと一斉に口に入れた!
ユウキのあんこ玉は柔らかく口の中で崩れ、溶けて消えていった。
猛も、吉彦もハズレたみたいだ。
タカはというと、しばらく口をモゴモゴさせていたが、やがて首を振る。
綾葉は冷静に言った。
「これって、時々、砂糖のかたまりがまぎれて入ってるのあるじゃない。一瞬、期待値あがるわよね?」
「神楽さんもハズレだったんだね?」
吉彦が残念そうに言った。
さて、二回戦!
皆が一斉に口に入れた!
…!
…!
…!
吉彦がニヤリとした。
「当たりだ!」
白い玉を口から出した吉彦は嬉しそうに笑った。
「吉彦!おまえ!」猛が吉彦の手を掴む!
すると当たり玉は地面に転がり落ちて、駄菓子が陳列する台の下に消えた。
「ああっ!酷いよ!タケちゃん!」
吉彦が泣き顔に変わる。
「佐伯君!」神楽がキツく猛を睨む。
「さすがに、今のはないよ猛。」
タカも猛を責めた。
「なんでえ!みんなしてよ!チクショウ!」
猛が膨れっ面になって、そっぽを向いた。
「有村君。私の当たり玉をあげるわ。」
びっくりした顔をして猛が綾葉をみた。
吉彦はまたニヤリとした。
「当たりは吉彦と神楽か。」とタカはその場の空気を払う様に大きな声で言う。
なんとなく、変な雰囲気を感じたユウキもタカに続いた。
「でも、すごいや!二人とも!」
そんな中、黙っていた駄菓子屋のお婆さんが口を開いた。
「あんた達、意地悪したりルールを守れないなら、この店での買い物は禁止するよ。あんた佐伯の坊主のせがれだろ?」
いつも寝てるか起きてるか、わからないお婆さんの眼光が鋭い。
猛は少し、怯えた顔をしていた。
「まあ、まあ、ええか、おまえ達にこれをやる。皆で仲良く分けなさい。なあ、綾葉。」
皆が綾葉の顔をみた。
「あ、言ってなかった?私のおばあ様。エヘヘ。」
「ええっ!」
皆が一斉に驚いた。
綾葉の祖母から頂いたのは、あんこ玉のぎっしり入った箱だった。