第九話
お待たせしました。あと2話で終わりますよ。
――もはや聞くに値しない気もするが、ヘイズ王子は自信満々にこんな真相を語り出した。
ハルトを殺したのはルナティアじゃない、ルーザなんだ。
世間じゃルーザが俺とデキてるなんて言われちゃいるが、実はハルトとも二股をかけてたんだよ。
で、本命はハルトだったらしいな。
だから昨日、舞踏会の前にハルトから婚約話を聞かされて……よっぽどショックだったんだろうな。
俺の部屋で深夜まで寝込んでいたよ。
もちろん俺は惚れた弱みもあるし、ずっと付き添っていたさ。
でも、ちょっと目を離した隙だっけな。
ルーザのヤツが急にいなくなって……そのあと、血まみれで戻ってきたんだ。
思わずハルトを刺しちまったって聞いて、俺も、どうしていいか分からなくなっちまった。
ルーザのやつも舞踏会に出てりゃ、婚約破棄の話を聞いて……ハルトを殺さずに済んだのにな。
けれどやっちまったことは仕方ねえ。
俺はルーザに自白するよう言い聞かせてたんだけどな……まさか、ルナティアに罪をなすりつけるだなんて思わなかったよ。
なあ、ルーザ。
やっぱり罪は裁かれるべきなんだ。
ちゃんとすべてを告白して、罰を受けよう。
そうして延々と「真相」とやらを語り終えたあと、ヘイズ様は私のほうを向いて。
「ルナティア、お前の濡れ衣は俺が晴らしてやったからな。もう大丈夫だぞ」
なんだかやけに恩着せがましい調子で、そう口にした。
えっと。
「……」
「はぁ……」
「っ――!」
フェント、宰相閣下、ルーザ嬢。
その沈黙は三者三様だけれど、たぶん、思いはみんな一緒だったに違いない。
つまり。
――こいつ、いまさら何を言っているんだろう、と。
「あの、王子?」
ものすごく面倒くさそうな調子で、宰相閣下が話しかけた。
「動きが一手遅いというか、ええ、チェス盤を片付けた後の『待った』くらいに手遅れだと思いますよ、それ」
「……なんだと?」
「もうとっくにルーザ嬢は申し出てますよ。自分が犯人、だ、と」
「どういうことだ! 聞いていないぞ、ルーザ!」
なぜか激昂するヘイズ様。
肩を怒らせ、ルーザ嬢に掴みかかろうとする。
もちろん、それを黙って見逃す私ではない。
「――おやめください、ヘイズ様」
二人の間に割って入り、ヘイズ様を真正面から睨みつける。
魔法学院時代のことを思い出したのだろう、それだけでヘイズ様は気圧されたようだった。
「俺の邪魔をするな、ルナティア! 濡れ衣を晴らしてやったのを忘れたのか!」
「ルーザ嬢が自白した時点で私の容疑は晴れています。ヘイズ様には何の恩もありません。
そもそも殿下はどうしてお怒りなのですか? ルーザ嬢に自白を勧めていたのなら、ここは安心するところでしょうに」
「ぐっ……!」
悔しげに歯噛みするヘイズ様。
「すべてはお前のためにやっているというのに……!」
などと、訳の分からないことを呟き始める。
「えーと、質問いいですか」
コホン、と咳払いをしたのは宰相閣下だ。
「ヘイズ様はルーザ嬢にずっと付き添っていたんですよねえ?」
「ああ、それがどうした」
「だったら、どうしてハルト様の婚約破棄についてご存じなんです?」
「それは……ああ、侍女から噂で聞いたんだよ」
「いつですか?」
「確か、その……舞踏会のすぐ後だな」
「だったらどうしてルーザ嬢に教えてあげなかったんですかねえ。そうすればハルト様も殺されずに済んだでしょうに」
「……っ」
ひどく忌々しげに口籠るヘイズ様。
左手でせわしなく顎鬚を触っている。まるで、指を押し付けるように。
そういえば。
ハルト様とヘイズ様は双子で、髪と髭さえ整えればそっくりらしい。
ただ、ハルト様は右利きで、ヘイズ様は左利きなんだとか。
……昨晩の“ハルト様”はどちらの手でグラスを持っていただろうか。
「宰相、まさかお前は俺を疑っているのか? 不敬罪で死刑になりたいようだな」
「どうぞどうぞ、全てが終わったら遠慮なく訴えてください。
ついでにもうひとつお伺いしますが、いま着ているルーザ嬢のドレスは、どこにあったものです?」
「意味が分からんぞ、宰相。こいつが家から着てきたものに決まっているだろう」
「ですよねえ。さっきウィンスレイ家の付き人に確認しましたが、ルーザ嬢は宮殿に入ってから一度も着替えていないそうです。
だったら、いま彼女が着ているドレスは血まみれでないとおかしいと思いませんかね?」
「何が言いたい……!?」
「いえいえ、僕は真実ってやつを明らかにしたいだけですよ。
ちなみに御典医の見立てじゃ、ハルト様の死亡時刻は昨日の昼頃だとか。
だったら舞踏会で婚約破棄をぶちまけて、いかにもな動機をルナティアくんにおっかぶせたのは誰なんでしょうねえ?
ああ、そうそう。
ヘイズ様、髭ばかり気にしてるみたいですが、カツラがずれていますよ」
そして。
次の瞬間、いくつかのことが同時に起こった。
「貴様ァ!」
ヘイズ様が怒りのあまり宰相に飛び掛かり。
「ルナティア様!」
副官のフェントが自分の首輪のリードをクイと引っ張った。
私もそれに応じて、リードを引く。
ピインと張り詰めるリード。
それはちょうどヘイズ様の行く手を遮る形になっていた。
「なっ……!」
足を取られ、すっころぶヘイズ様。
そのまま、宰相閣下の机に――ガンッ!
百戦錬磨の私ですら目を覆いたくなるほどの、大激突だった。
机の側面に穴が開いて、ヘイズ様はそこに首を突っ込んでいる。
さらに。
「宰相さま!」
部屋の中へ、ひとりのメイドが駆け込んでくる。
その顔に見覚えがあった。昨日というか今日の未明、関所のところで助けた女性だ。
「ヘイズ様のお部屋から、こんなものが……!」
メイドが広げて見せたのは、血まみれの服。
もちろんそれはルーザ嬢のものじゃない。
ヘイズ様のものだった。
一方で。
「うう……」
当の本人であるヘイズ様は痛みに呻きつつ、ゆっくりと机の穴から顔を出した。
ずるり、と。
その頭から長い金髪が落ちる。
宰相閣下が口にした通りの、カツラだった。
その下から出てきたのは、ハルト様そっくりの、短く切りそろえた髪型。
さらによく見れば、顎鬚も作りものらしい。チョロリと取れかかっていた。
もはや答えは明らかすぎる気もするけれど、さて、どっちだろう。
1 ハルト様がヘイズ様になりすましていた。殺されたのはヘイズ様。
2 ヘイズ様がハルト様になりすましていた。殺されたのはハルト様。