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第七話

期間が空いてしまってすみません。

ちょっとここから転換点です。

「だったら、わたくしが見たルナティアは何だったというのです! 理解できませんわ!」


 ルーザ嬢は髪を振り乱し、悲鳴じみた怒声をあげていた。

 目から涙すら流していて、さながら"周囲に理解してもらえない悲劇のヒロイン"じみた様子になっている。


「いやあ、説明してほしいのは僕の方ですよ」


 けれどユーグ宰相はそんな姿もサラリを受け流し、困ったように自分の顎を撫でる。


「ま、ルナティアくんがヒバリの間で()()()()たとしましょうか。

 この時点でルーザ嬢が誰かに知らせてくれてたら、ええ、もっと話は簡単だったんですがねえ」


「たかが宰相ごときがわたくしを責めるつもりですの!?」


 ガン!

 ルーザ嬢はものすごい剣幕でユーグ宰相へと詰め寄ると、その執務机を蹴りつけていた。

 

「おお、いいローキックですな」


「茶化さないでちょうだい! あの時は、ええと、わたくしも混乱していましたの!」


「なるほどなるほど、パニックを起こしてヘイズ様の部屋に戻ったわけですね。

 ちなみに落ち着いた後、ヘイズ様には話しましたか?」

 

「いいえ、ずっとベッドで布団に包まっていましたわ」


「ほう!」


 わざとらしいくらいに驚いてみせる宰相閣下。


「また不思議なことが増えてしまいましたよ。

 僕はですねえ、最初にヘイズ様から教えてもらったんですよ。貴女が深夜にルナティアを目撃したって話をね」

 

「そ、それは……」

 さっきまでの威勢はどこへやら、途端に言葉を濁すルーザ嬢

「もしかしたらヘイズ様に言ったかもしれませんし、言ってないかもしれませんわ」


「言ってたんじゃないですかね。じゃないと道理に合わんでしょう」


「え、ええ。記憶は曖昧ですけど、相談したような、気も、しますわ」


「でしたらヘイズ様もヘイズ様でおかしいですねえ。

 貴女に比べりゃ冷静だったろうに、どうして騒ぎが起こるまで黙っていたのやら」


「そんなことは王子本人に聞いてくださいまし!」


「いやはや、まったくもって貴女のおっしゃる通りですよ、ルーザ嬢」


 うんうんと頷くユーグ宰相。


「と、いうわけでヘイズ様にも話を伺わせてもらいましょうかね」


 椅子から立ち上がると、私の方へと向き直る。


「ルナティアくん、ひどい話と思わないかい?」


「何が、でしょうか」


「ヘイズ様だよ、ヘイズ様。

 ルーザ嬢をここに連れてきたら、あとはもう知らんぷりだよ。

 仮にも自分の寝室に招くような()()なわけだし、一緒に居てやってもいいと思うんだけどねえ。

 それともオジサンの考えは古いのかなあ」


「いえ、帝国男子としてはあるまじき行動でしょう。手袋モノですね」


「決闘、という名のお仕置きタイムってヤツだねえ。ヘイズ様にやるのは何度目だい?」


 何度目だろう?

 魔法学院のころはほとんど毎日のように叩きのめしていたはずで、それが三年間。

 つまり――。


「千は下らないと思います」


「おお恐い恐い。それだけやられてたらヘイズ様も妙な趣味に目覚めそうだねえ」


「ありえないでしょう。最近は私の顔を見るだけで逃げ出していますし」


「若いうちは好きすぎて避けてしまうってのもあると思うんだけど、ま、こいつは余談かな。

 王族を呼びつけるってのも悪いし、僕らがヘイズ様のところに行くとしようかねえ」


「――お、お待ちなさい!」


 最初閣下の行く手を遮ったのは、ルーザ嬢だった。


「ヘイズ様に尋ねる必要なんてありませんわ! 犯人はルナティア、それで万事解決でしょう!?」


「冗談はよしてくださいよルーザ嬢」


 はぁ、と嘆息するユーグ宰相。

 その眠たげな瞳が――にわかに、鋭く細められた。

 

「貴女の話だけじゃね、全然まったく、これっぽっちも証拠にゃならんのですよ」


「わたくしはウィンスレイ侯爵家の娘ですわ!」


「だから?」


 ユーグ宰相は冷たく切り返す。


「長男も次男も逮捕歴あり、どっちも女性に乱暴を働いて、それを隠すために嘘八百を並べ立てていましたよね。

 ついでにご存じとは思いますが、ウィンスレイ侯爵自身も同じような疑いで調査中です。

 そんな家の名前を持ち出されましても、ねえ」


「自分は自分、他人は他人ですわ! ちゃんとわたくし自身を見てくださいまし!」


「ウィンスレイ家の娘なんて地位を引っ張り出しておいてその言い分はないでしょう」


「わたくしに意見しないで!」


 ピシャリと言い放つルーザ嬢。

 ワガママ娘ここに極まれり、な姿だった。

 ただ。


(妙だ)


 うまく言葉にできないけれど、ボンヤリとした違和感が漂っている。


 私はクイクイ、とフェントの手綱を引いた。


「どうしたんですか、ルナティアさま」


「何か匂わないか?」


「確かにこの部屋、臭いですよね。

 ルーザ嬢の香水だと思うんですけど、おかげでボク、鼻がキツくて……」


「違う、そうじゃない。ルーザ嬢の態度だ」


「頭にスライムでも詰まってそうですよね」


 どうやらフェントはすっかりルーザ嬢を嫌ってしまったらしい。

 

「正直、ボクはあの女が犯人と思ってます。

 自分でハルト王子を殺しておいて、ルナティア様にすべてをなすりつけようとしてるんですよ」


「その可能性はある」


 私も最初は同じことを考えていた。


「だが、それはそれで納得できないことが出てくるんだ」


「ルーザ嬢を庇うつもりなんですか?」


「私はただ王家に忠誠を尽くしているだけだ。

 このまま真犯人をみすみす逃がしたとすれば王子も浮かばれんだろう」


「ボクはやっぱりルーザ嬢がやったと思うんですけれど……」


「それは強引すぎるな。私に罪を被せようとするのと大して変わらん」


 最初の疑問点は彼女の利き手だ。


「先程から観察していたが、彼女は右利きらしい。

 もし衝動的にナイフを構えれば、相手の身体のどちら側に突き刺さると思う?」


「……左ですよね。でも、王子の傷は右に集中していました」


「おかしいだろう」


「わざと左手にナイフを持ったんじゃないんですか」


「何のために?」


「そりゃルナティア様に罪を……って、ルナティア様も右利きでしたっけ」


「ああ。だからわざわざ左利きに偽装する意味はない。

 別の可能性としては背後に回ったことも考えられるが、これも傷の角度からは考えにくい。やはり正面からの滅多刺しだろう」


 他にも引っかかる点は多い。

 死体の様子からするに、ハルト王子が殺されたのは昨日の昼下がりとなる。

 けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはず。なぜなら私も同じタイミングで王宮の門を通っているし、それはしっかりと記録に残されているはずだ


「ええっと、つまりどういうことなんですか?」


「昨日の昼下がりの時点では、私もルーザ嬢も王宮にいなかった。どちらにも王子の殺害は不可能ということだ」


「じゃあ誰が犯人なんですか?」


「まだハッキリは分かっていないが――」


 私はルーザ嬢に視線を向ける。

 彼女はまるで気が狂ったかのように宰相へと罵声を浴びせ続けていた。


「今のルーザ嬢は、まるで死兵に見えるよ」


「なんとしてもルナティア様を犯人にしようと頑張ってますよね」


「そういう意味じゃない」


 例えるなら、本陣を守るために不退転の覚悟を決めた勇ましい戦士だ。


 ――ルーザ嬢は真犯人に疑いの目を向けさせないため、私を犯人に仕立て上げようとしているのではないだろうか?


「わざわざヘイズ様の部屋に向かうことはありません!」


 もう何度目になるだろうか、同じようなセリフをルーザ嬢は繰り返す。


「それくらいならもっと念入りにヒバリの間をお調べなさい!

 きっとあの狂犬の手袋かなにかが落ちているに違いありませんわ!」


「……へえ、よくご存じですねえ」


 途中からずっと相槌に徹していた宰相閣下が、ここで久しぶりに口を開いた。


「ええ、確かにルーザ嬢の言う通りですとも。現場にはなぜかルナティアくんの手袋が落ちていましたよ。血染めのね」


「だったら犯人は明らかに――」


「でも、それをどうして貴女が知ってるんです?」


「……っ!」


 ルーザ嬢の顔に明らかな狼狽が浮かぶ。


「そういえば貴女さっき、ハルト王子が()()()()()()()()なんて言ってましたっけ。

 僕は単に『刺されて死んだ』くらいしか伝えてないはずなんですけどねえ」


「そ、それは適当に言ってみただけで……」


「せめてそこは『侍女たちの噂話を耳にした』くらいのシラは切ってくださいよ。せっかく逃げ道を潰す準備もしてあったんですから。

 ま、いいでしょう。

 ここまで来れば言うまでもありませんが、ルーザ嬢、こっちとしちゃあ貴女を犯人として疑ってます」


 本当だろうか。

 私の中では違和感が広がり続けていた。


 ハルト王子は昼下がりに殺されていた、はずだ。

 けれどその夜の舞踏会に出席している。死人が蘇った? ありえない。


 どうしてルーザ嬢は私に罪を被せようとしてくるのだろう。

 自分が犯人だから? でも時間帯から考えると矛盾する。


 真犯人は別にいて、ルーザ嬢はそいつを庇っている?

 何のために? 


 たくさんの疑問がグルグルと渦巻いて、私の思考を飲み込んでいく。

 どうしたものかと悩み込んでいるとと、やがて。


「ルーザ嬢、いいかげん本当のことを話しちゃくれませんかねえ。そうしたらヘイズ様のところに向かわなくても済むんです」


 宰相閣下はまるで宥めるようにそう呟き。


「……その言葉、信じますわよ」


 ルーザ嬢は一転して静かな様子で頷いた。


「ええ、宰相さまの推測どおりですわ。わたくしがハルト様を殺しましたの」


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