第六話
主に宰相閣下のターンです、
ここから第五話までの伏線を片っ端から回収していきます。
「じゃ、始めさせてもらいますかね」
ユーグ宰相は少し疲れた様子でそう呟いた。
「ルーザ嬢、ルナティアくんを目撃したのは何時ごろでした?」
「あれはたしか日付が変わったくらいのことですわ。
そこの狂犬が血走った目で、肩を怒らせながらヒバリの間に入っていくのを見ましたの。
わたくしもう、恐ろしくって恐ろしくって……」
「はいはい、個人の感想は結構ですんで。事実だけでお願いしますよ」
サラサラと神にメモをとる宰相閣下。
「ところでルーザ嬢、あなた、なんでそんな遅くに王宮にいたんです?
昨日の舞踏会は午後十時に終わってますし、長居しすぎじゃないでしょうかね」
「わたくしを疑ってますの!?」
「いやいや、証言者の信憑性ってのはよく問題にされるものでしてね。
きっちり詰めておかないとダメなんですよ。
面倒とは思うけど、ささっと答えちゃってくださいよ」
「仕方ありませんわね。
わたくし、気分が悪くて昨日の舞踏会には出られませんでしたの。
それはご存じでしょう?」
「言われてみればいなかった気もしますねえ」
「ひどい侮辱ですわ!」
なぜか激昂するルーザ嬢。
「わたくしは社交界の華ですわよ!?
なのに反応があまりに淡泊ではありませんこと!? 謝罪なさい!」
「そりゃ申し訳ありませんでした、と」
興味なさそうに受け流す宰相閣下。
「ところで気分が悪かったってことは、どこかで休んでらっしゃったんですかね」
「ええ。第二王子のヘイズ様がどうしてもと懇願なさるので、仕方なく、ベッドを使ってあげていたのですわ」
果たしてルーザ嬢は何者なんだろう。
今の発言からすると王族を思いっきり見下しているわけで。
侯爵家ってそんなに偉い存在だったのだろうか。
……この事件が解決した時、それとは別件でウィンスレイ家は滅びている気がする。他人事ながら心配だ。
「夜中に目が覚めた時は調子もよくって、少し、庭に出てみようと思いましたの。
そうしたら階段を下りたところでルナティアの背中を見かけまして――」
「へえ、背中ですか」
首をかしげるユーグ宰相。
「じゃあ顔を直接確認はしてないわけですねえ」
「でも赤髪を短く切りそろえた女なんてこの国には一人しかいませんわ」
「じゃあどうして目が血走ってるなんてわかったんです?」
「は?」
「は、じゃないですよ。
ルーザ嬢、あなた、さっき言ってたじゃないですか。
ルナティアが目を血走らせてヒバリの間に入っていった、って」
「そ、それは言葉の綾ですわ!」
「だったら別にいいんですがね、ええ」
ユーグ宰相は肩をすくめる。
証言者から話を聞いている筈なのに、まるで犯人を取り調べているかのような雰囲気だ。
「ちなみにルナティアくんはどこからカエデ宮に入ってきたんですかね」
「サクラ宮側のドアからですわ。
ちょうど階段に背を向ける形になるでしょう?」
「はい、まったくもって矛盾はないですねえ」
「当たり前でしょう。わたくしが嘘をつくとでも思ってましたの?」
「いえいえ、これでひとつ分かりましたよ。
つまりルーザ嬢の話じゃ、ルナティアくんはいきなりヒバリの間に向かったことになりますねえ」
「それがどうかしましたの?」
「いやー、不思議なこともあるもんです。
普通、夜遅くに訪ねるなら三階の寝室でしょう。
そうなると階段のところにいたルーザ嬢と鉢合わせしてそうなもんですがね」
「わたくしの知ったことではありませんわ。
ルナティア嬢本人に聞いてくださいまし」
「……ってことだけど、ルナティアくんはどうかな?」
「そもそもその時間、私は王都の外にいたのですが」
「嘘おっしゃい!」
またも声を張り上げるルーザ嬢。喉が痛くならないのだろうか。
「わたくしは知っていますわ!
婚約を破棄された腹いせに、王子の身体を滅多刺しにしたのでしょう!?」
「ストップストップ、ルーザ嬢、話がずれてますよ。
ともかくルナティアくんはヒバリの間に入った、と。
で、それから?」
「わたくしはその場で様子を窺っていたのですけれど、王子の悲鳴と争うような物音が聞こえてきまして……」
これは突っ込んだ方がいいのだろうか。
王宮のそれぞれの部屋は防音もしっかりしているし、ヒバリの間は階段からかなりの距離がある。
何も聞こえないのが普通と思うのだけれど……。
ん?
ふと、宰相閣下と目が合った。
――ちょーっと待っててね。
そう言いたげな視線。
だったらしばらく静観させてもらおう。
その間もルーザ嬢は喋りつづけている。
「しばらくするとルナティアは出てきましたわ。
余裕のない様子で逃げて行きましたの」
「服に返り血はついていましたかね」
「ごめんなさい、そこまではちょっと覚えていませんわ」
「はい、ありがとうございます」
いったいペンを置くユーグ宰相。
今度は私に目を向ける。
「……というような証言があるわけだけど、ルナティアくんとしてはどうだい。反論とかあるかなあ」
「ありまくりですよ!」
答えたのはフェントだった。
「ルナティア様が王都に戻ってきたのは午前二時ごろです!
ルーザ嬢が言ってることはデタラメじゃないですか!」
「獣人のくせに人間の言葉を喋らないでくださいまし!」
なんとまあひどい罵倒もあったものだ。
言いがかり以上の何者でもない。
「だいいち門番の記録などアテになりませんわ。どうせ二束三文のワイロで買収されたに決まってます!」
「……ええっと、ルーザ嬢、ちょっといいですかね」
おそるおそる手を上げるユーグ宰相。
「今日の南門、誰が担当してたかご存じです?」
「知りませんわ! どうせはした金で動く貧乏人でしょう!?」
「いやいや、南門ってのは王都を守る要ですからね。
信用のおける軍人か貴族家のお坊ちゃんにお願いしているんですよ。
で、調べてみたんですが――」
宰相閣下は懐から冊子を取り出すと、パラパラとめくってみせる。
「今日の夜勤で、ルナティアくんの出入りを記録しているのはジョットくんなんですよ。
あなたのお兄さんですねえ」
「……えっ?」
キョトン、と目を見開くルーザ嬢。
私も言われて思いだした。
そうだ。あのとき門に立っていたのはジョット・ウィンスレイだ。
「お兄様、が?」
「ええそうです。仮にも栄えあるウィンスレイ家のご長男が虚偽を記すはずがありませんよね。
ま、もし、ルーザ嬢のおっしゃるとおり買収されたなら大問題ですし、あなた自身の信用にも関わるんじゃないかなあ、と」
「で、でも、お兄様は抜けたところがありますし……夜中なら一、二時間ほど勘違いすることも……」
「あるかもしれませんねえ」
ユーグ宰相がそう認めると、あからさまにルーザ嬢はほっと溜息をついた。
「でしたらルナティアは日付が変わる前に王都へ戻っていて、それからハルト様を――」
「いやいや、それはちょっと考えられないんですよ。
実はジョットくん、午前二時ころに大問題を起こしてましてね。女性に乱暴を働こうとしたんですよ」
「っ……!」
衝撃のあまりルーザ嬢は声も出せなくなっていた。
まるで魚のように口をパクつかせている。
「で、それをルナティアくんが止めてるんです。
ジョットくんはいま、逮捕されて留置所にいますよ。
もちろん記録はあちこちに残ってますし、そこから遡ってもやっぱり彼女が王都に戻ってきたのは午前二時で間違いありません。
いやあ、世の中ってはどうしてこうも不可思議なんですかねえ」