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第五話

 地下の霊安室を出て、今度はナツメ宮へ。

 ここは政務を行うための場所で、宰相閣下の執務室も三階にある。

 階段を登る途中、早朝の掃除をしているメイドたちと擦れ違った。


「おはようございます、宰相さま、ルナティア……さま……?」


 彼女らの視線は私の右手に吸い寄せられていた。

 リードを握っており、その先はフェントの赤い首輪に繋がっている。


「どうした?」


「いえっ、その、なんというか、朝からお熱いですね……」


 んん?

 今は二月、とんでもなく寒い時期だ、暑いなんてことはありえない。


「風邪でも引いているのか?」


 私は空いた手でそのメイドの額に手を当てる。


「ひゃっ!?」


「ふむ、私のほうが熱いくらいか」


 ならば大丈夫だろう。


「おーいルナティアくん、メイドにセクハラするんじゃないよー」


 前を歩いていた宰相閣下がそんな風に声を掛けてくる。


「女同士ですし、大したことはしていません」


「君は自覚してないだろうけどさあ、宮廷のメイドからは人気なんだよ?」


「まさか」


 私はこれまでたくさんの不逞貴族を叩きのめしてきた。もちろん王宮だろうがどこだろうが容赦はしない。

 メイドたちはその姿を何度も目にしている筈だし、実際、ものすごく距離を置かれまくっていた。


「勘違い擦れ違い、ああ恋煩いってヤツだねえ。

 世の中には遠くから見守る愛もあるってことだよ」

 

 何を言っているのやら。

 こっちも女性、あっちも女性。

 あいかわず宰相閣下は世迷言が多い。




 * *




 ――一方、ルナティアたちが去った後のメイドたち。


「て、て、ててて……」


 額に手を当てられた少女だが、名前をシーナという。

 彼女は顔を真っ赤にして震えていた。

 年のころはまだ十五歳、夢見る乙女である。


「てんてけてーん、てんてけてけてーん♪」


 茶化すように二十代の先輩メイドがハミングする。


「シーナちゃんは憧れの王子様……じゃなくってお姫様にタッチされて茫然自失かー。初心だよねー」


「それよりあの首輪、見た?」

 と別のメイド。この場にはさらにもう二人いる。

「見た見た、びっくりよね」

「私もあんな風に男の子を連れまわしてみたいわ」


「わ、わたしは……」

 ようやく我に帰ったシーナが呟く。

「むしろルナティア様に繋がれてみたい、です」


「えっ」

「うわ」

「ないわー」




 * *




「そうだルナティアくん、ちょっと頼みがあるんだけどさあ」


 執務室に入る直前、宰相閣下はそう耳打ちしてきた。


「さっき一緒に霊安室に行ったこと、秘密にしておいてくれないかなあ?

 ボクは証言者のお嬢さんにうるさく言われ、仕方なく君を呼びだした。

 でもって、ここ(ナツメ宮)の一階で合流して執務室へ。

 そういう感じで振る舞って欲しいんだよねえ」


「承知しました。ところでその証言者というのは?」


「ま、さすがに言っちゃってもいいかな。ルーザ嬢だよ、ルーザ嬢。

 君がついさっき気絶させちゃったジョルトくんの妹さ。ウィンスレイ侯爵家の次女さんだ。

 大声でわめいて実家の名前を振りかざせば何でも自分の思い通りになると勘違いしている、典型的な侯爵令嬢さんだねえ」


 宰相閣下はめずらしくあからさまな毒を吐くと扉を開けた。

 すると。


「待ちくたびれましたわ! さっさと罪を認めて白状なさい、この狂犬!」


 いきなり罵倒を浴びせかけられた。

 ルーザ・ウィンスレイだ。

 こんな朝早い時間にも関わらず化粧はバッチリだ。

 とはいえさすがに縦ロールはしていない。


「宰相閣下も宰相閣下です! まずは話を聞く? そんな必要はありません!

 さっさと捕まえてくださいまし、そうしたら法務省の大臣たるわたくしのお父様が死刑にしてくださいますわ!」


「いやいやルーザ嬢、落ち着いてくださいよ」


 困ったような顔で宥めにかかる宰相閣下。


「法務省と裁判所はそれぞれ独立した機関ですよ。そういうのは無茶っていうんです」


「そんなことありえませんわ! ウィンスレイ侯爵家の力を甘く見ないでくださいまし!」


「ほんとにちょっと冷静になってくださいよ。

 いまので法務省が裁判所に干渉してる疑いが出ちゃいましたし、こりゃ、後でウィンスレイ候を問い詰めなきゃならないじゃないですか」


「はあ!? 意味が分かりませんわ! 我が家を陥れるつもりですの!?」


「大人ってのは言葉のひとつひとつに責任が伴うもんですよ。それが分からないなら領地に引きこもっておくべきですなあ」


「ひどい侮辱ですわ! あとでお父様に報告させてもらいます、覚悟しておいてくださいまし!」


「はいはい、どうぞどうぞ」


 だんだん面倒くさくなってきたのか、興味をなくしたように椅子に腰かける宰相閣下。


 一方でルーザ嬢はものすごい形相と化していた。まるで王国の西をたびたび脅かす鬼族(オーガ)のようだ。

 ユーグ宰相とこちらを交互に睨みつけている。


 ルーザ嬢との関わりはほとんどなかったけれど、この短時間で性格は十分に分かった。

 貴族令嬢にもいろいろな人物がいる。彼女はいわゆる温室育ちなのだろう。

 蝶よ花よと可愛がられ、その先に待っているのは白百合のような淑女じゃない。

 温室以外では生きていけない食虫植物だ。


「なんですかあの人」


 横でフェントが不快そうにつぶやいた。


「ルナティア様を狂犬なんて言いましたけど、あっちの方がよっぽど犬めいているじゃないですか。

 キャンキャン喚いて騒々しいですよ」


 ううむ。

 フェントはあまり人を悪く言う方じゃない。

 この短時間で徹底的に嫌われてしまうあたり、ルーザ嬢はある意味で逸材かもしれない。


「というか決闘は挑まないんですか?

 犯人扱いされてますし、ちゃんと理由はありますよね」


「私はか弱い女性に手袋を投げつけないことにしているんだ」


「そういえばそうでしたね」


「――何をブツブツ呟いていますの?」


 ルーザ嬢がこちらを向いた。さっきよりは少しクールダウンしたらしい。声のボリュームもちょっと小さくなっている。


「もしかして言い訳の算段かしら。

 ハッ、狂犬がどれほど頭を捻ったところで狂った考えしか出てこないに決まってますわ」


「……ルナティア様、ボクちょっと野生に還ってもいいですか。牙とか爪で戦う練習がしたいんですけど」


「ダメだ」


 私はリードをクイッと引いた。さもないとフェントが飛び掛かりかねなかったからだ。


「ヒッ!」


 殺気にあてられて身をすくめるルーザ嬢。


「こ、こ、これだから獣人は嫌いなのですわ! 野蛮で、粗暴で!」


 けれどプライドの高さゆえに怯えを認めたくないのだろう。豹変したように高飛車な態度を見せつけてくる。


「そもそもなんですの、その首輪。

 狂犬が駄狐を飼う。とんだ喜劇もあったものですわ!」


「……ルーザ嬢」


 さすがにこれは黙っているわけにはいかないだろう。


「ひとまず私個人への罵倒は見逃そう。

 しかし、フェントへのそれは取り消してもらいたい」


 重要な話なので、真っ直ぐに相手を見詰める。

 

「ヒィッ!」


 どうしてこの程度のことで恐がられるのだろう。

 表情としてはにこやかな笑みを浮かべているつもりなのに。


「し、し、仕方ありませんわね。

 卑しい狂犬に飼われている境遇に免じて、その駄狐についてはもう何も言わないでおいてあげますわ」


 他にもいろいろと言いたいことはあるが、まあ、これでよしとしよう。

 さっきからユーグ宰相が私に視線を向けてきたのだ。

 早く本題に入らせてくれ。

 無言のうちにそう訴えていた。


ちなみにフェントくんは獣人領でも名門の出です。

ルーザ嬢の発言は国際問題に発展しかねなかったりします。

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