第四話
私が昨夜、ハルト王子を殺した?
ありえない。
ひどい濡れ衣だ、冤罪だ。
手袋のスペアはまだあっただろうか。軍服のポケットを確かめようとして――
「何をおっしゃるんですか宰相さま! そんなの絶対にありえませんよ!」
いつの間にか戻ってきたフェントが、がるるるるると噛みつかんばかりの勢いでユーグ兄様に食って掛かっていた。
「何も説明しないままルナティア様に死体を調べさせるだけ調べさせて、終わった後に容疑者扱いですか!? おかしいですよ!」
「いやー、まあ、僕もそう思うんだけどさ……。ところでフェントくんも自分のことを“ボク”って呼ぶよね。
キャラかぶるし言い方変えてみない? “オレ”ってのはちょっと似合わないし、“ボキ”とかどうかなあ」
「話を逸らさないでくださいよ! というかなんですかその一人称、前歯全部ボッキボキにしてくださいってことですか!?」
「おおこわいこわい。フェントくんは見た目のわりに荒っぽいよねえ。とりあえず落ち着いて、ほら、ボール遊びしよう、ボール遊び」
ユーグ兄様はどこからか取り出したボールを遠くに放り投げる。
「獣人だからってバカにしないでください!」
……そう言いつつ、ちゃっかりボールを取りに行ってしまうフェント。
「おーうまいうまい。ま、騙し討ちみたいなことをしちゃったのは謝るよ」
ユーグ兄様はふたたびボールを投げると私の方に向き直った。
「ルナティアくん、すまないねえ。おわびに今度デートしよう、デート。おいしいもの奢ってあげるからさ」
「ダメです、絶対にダメです! 宰相さまと一緒にいたらロクなことになりませんよ!
また無理難題を押し付けられて、最終的には僕の胃が痛くなるんです!」
フェントはそう叫びながらボールにじゃれついている。本当に習性というのは因果なものだと思う。
大昔に人間と獣人の戦争があったらしいけれど、勝利の鍵はボールだったらしい。
「まったく、キミはほんとうにルナティアが好きなんだねえ。おじさん思わず嫉妬しちゃうよ」
「ば、ば、馬鹿なことを言わないでください! ボクはただ副官として純粋な意見を述べてるだけなんですから!」
「はいはいそうだねそうだねえ。若さがうらやましいよ」
うん。
相変わらずユーグ兄様とフェントは仲良しだ。そのうち結婚でもするんじゃないだろうか。
ああ、同性だから無理なのか。だったら養子縁組かもしれない。
それはともかくとして。
「二人とも、ここは王家の場所です。遊ばないでください」
私はボールを横からヒョイと掠め取った。
「ユーグ兄様はあとで決闘です。フェント、君は早朝訓練十倍だ」
「じょ、冗談ですよねルナティアさま」
ブルブルブルと黒いキツネ耳を震わせるフェント。
「素振り五千回とか死んじゃいますよ!」
「王都五十周も忘れるなよ。安心しろ、部下の不始末は私の責任だ。一緒につきあってやる」
「体力オバケのルナティア様と一緒にしないでください!」
「何を言っているんだ、フェント。幽霊に肉体はない。体力なんて言葉はおかしいだろう」
「いきなりマジメに突っ込まないでくださいよ、うう、胃が……」
ため息をつくフェント。
続いて私はユーグ宰相に向き直る。
「な、なにかなあ、ルナティアくん」
宰相閣下はなぜか冷汗を流していた。霊安室はむしろ寒いくらいなのに、不思議だ。
「部下の不始末は上司の責任、つまり宰相閣下も素振りと走り込みをしていただこうかと」
「ええっと、そんなことを言い出したら僕は他の大臣やら官僚やらの罪も背負わないと道理が通らないと――」
「でしたら決闘です。神聖な場所でのボール遊び、それを諌めるためならば正統な理由になりましょう」
「……僕ぁ年だからお手柔らかに頼むよ」
「確かにそうですね。ならば来年度の予算で手を打ちましょう。もしも破った時は――」
「ああうん、今回の遠征も黒耳騎士団は大活躍だったそうじゃないか!
いやあ、信賞必罰信賞必罰、なんだか急に予算を増やしてあげたくなってきたなあ」
「ありがとうございます」
……とまあミェーダイ侯爵家に伝わる錬金術を披露するのはここまでとして。
「ユーグ宰相、私が犯人と証言しているのはどなたなのですか?」
「うん、実はこれから会いに行こうと思ってね。もちろんルナティアくんもついてきておくれよ。
フェントくんは……庭でお留守番していてもらおうかなあ」
「どうしてですか!? 呼びだしておいて放置プレイとかありえませんよ!」
「いやあ、いい反応だねえ。それが見たかったんだ……というのは冗談としてさあ、君、いきなり証言者のお嬢さんに掴みかかったりしない?」
「う……じ、自制しますよ……」
「本当かなあ。王宮でこれ以上騒ぎを起こされたら困るんだよねえ。……と、いうわけで」
またも懐から何かを取り出す宰相閣下。
いったいどこにどうやって押し込んでいるのやら。
「もしもの時に備えて、コレ、つけておいてよ」
それは首輪とリードだった。
「宰相さま、もしかしてボクのことバカにしてませんか?」
「いやいや、君のことは優秀な獣人だと思ってるよ。
ルナティアくんをこうも見事にお世話できるのは王国広しと言えど君しかいないだろうねえ」
「そんなことは別に……あるかもしれません。へへ」
ちょっと褒められただけで機嫌を直すあたり、フェントはわりと分かりやすい性格だと思う。
私もそうやって何度も説教を回避してきた。
「そんな君が王宮でトラブルを起こしたら大変だよ。獣人領に強制送還、ルナティアくんの副官は誰がやるんだい?
ほら、君自身とルナティアくんのために首輪をつけるんだ」
「……まあ、ルナティア様のためなら仕方ないですよね」
私はいま、一人の若者が言いくるめられる様を目の当たりにしている気がする。
とはいえ別段とめはしない。宰相閣下の事だ、この茶番も含めて何か考えがあるのだろう。
「どうですか、変じゃないですか?」
ちょっと胸を逸らし、首を伸ばすフェント。
そこには赤い首輪が嵌っている。黒い耳とは対照的なコントラストだ。
「ああ、よく似合っている」
「へへっ」
さっきまでの怒りは完全に消えてしまったらしい。フェントはパタパタと尻尾を振っていた。
ちなみにリードは私が持つことになった。何かあればクイっと引っ張ることになっている。
「さて、それじゃあ準備も整ったことだし、証言者のお嬢さんのところにいきますかね。
ああ、そうそう。実はもう犯人の目星はついてるんだよ」
「でしたら取り調べればいいのでは?」
「事はそう単純じゃないんだよ。王宮ってのは魔窟だからね。貴族連中がいろいろと口出ししてくるかもしれない。
だから僕としちゃ、まだ大きな騒ぎになってないうちにスピード解決させたいのさ。
できれば犯人の自白って形でね。
ルナティアくんとフェントくんにはそれを手伝ってもらうつもりだから、ま、ひとつよろしくってことで頼むよ」
次回ネタバレ:犯人が登場します
※本作はエセミステリです。トリックではなく、探偵役による犯人への精神攻撃フェイズをお楽しみください。