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第三話

「ちょーっと僕の方で考えがあってね、わざと詳細な状況は伏せさせてもらうよ。

 先入観なしでハルト王子の遺体を調べてほしいんだ」


「わかりました。ですがせめて発見された場所と時間くらいは教えていただけませんか?」


「ま、さすがにそりゃ必要か」


 うんうんと頷くユーグ兄様。


「場所はサクラ離宮の一階、ヒバリの間。聞いたことはあるかねえ」


「ええ、何度か招待して頂いたことがあります」


「んん? もしかしてルナティアくんとハルト様は親しかったのかい?」


「違います。ハルト様は刀剣の蒐集がご趣味で、ヒバリの間に飾られていました。

 私もミェーダイ家の者として武具には興味がありますので、いくつか自慢の品を拝見させて頂いただけです」


「ふうん、ま、その感じだとルナティアくんのほうは脈ナシだったってことかね。

 そんな王子も今や脈ナシ。ひどい話だねえ」


「兄様、意味が分からない上に不謹慎です」


「相変わらず君はおカタいねえ。小粋な雑談だよ、雑談」


「雑談はいいですから本題に戻ってください。誰が何時ごろに見つけたのですか?」


「時刻は午前三時、今から二、三時間前ってとこかね。

 発見者はハルト様お付きのメイド、週に一回は早朝にヒバリの間を掃除するよう申しつけられていたようだねえ。 

 で、いつも通り中に入ってみれば、ビックリドッキリのご対面、ってわけだ。血の海だったらしいよ」

 

 肩をすくめるユーグ兄様。

 昔からそうなのだけれど、もうすこし普段から真面目に振る舞えないのだろうか。


「ああ、メイドに話を聞くってのはナシだよ。

 その辺は後回し、まずはパパッと死体を見てくれないかね」


「わかりした」


 私はまずざっとハルト王子の全身を眺め渡す。

 顔はロウを塗ったかのように白く、驚愕の表情で固まっている。

 上半身は厚手のドレスシャツを着ているけれど、腹のあたりがズタズタだ。


「ルナティアくん、凶器はなんだと思う?」


「まずは傷口を見せてください。話はそれからです」


 慎重にシャツをめくって皮膚を観察する。

 どうやら犯人の殺意はかなり高かったらしい。滅多刺した。ざっと数えて二十回以上は刃物を突き立てている。

 傷口はかなり鋭利で、場所は上腹部の右側に偏っていた。ひとつひとつはあまり大きくない。


「凶器は鋭利な刃物で、おそらくは《維持》の付与(エンチャント)を受けています」


「そんなことまで分かるのかい?」


「王子の服を見てください。布地がかなり分厚いでしょう。

 こんなものを何十回と刺せば、普通の刃は切れ味が加速度的に落ちていくはずです」


 けれど傷口はすべて滑らかだ。縫い合わせたくなるほどキレイに分かれている。


「シャツも不自然です。刃が通った箇所に糸のほつれがまったくありません。

 いずれもゼリーにナイフを入れたような断面ですし、やはり《維持》がかかっているのは間違いないでしょう」


「さっすがルナティアくんだねえ。おじさんの目がいかに節穴か思い知らされちゃうよ。

 あ、そうそう。証拠になるかもしれないし、色々と記録してるから」


「知っています」


 ユーグ兄様の首には銀色の鉱石が輝いていた。備忘石だ。

 持ち主の視覚・聴覚とリンクし、後で再生することができる。


「話を続けてもいいですか?」


「ああ、うん、頼むよ。できたらカメラ目線で、カッコいい声を出してくれると嬉しいかなあ」


「無理ですね」


 この人のジョークに付き合っていると日が暮れるどころか一生が終わってしまう。

 スパッと切り捨ててしまうのが最適解だ。


「次に詳しい死因ですが、致命傷となったのは鳩尾への一突きでしょう。

 これが大動脈を傷つけて失血死に至ったと考えられます。

 ただ右腹部を刺されている以上、肝臓もかなりの損傷を受けていたはずです。

 血管の多い臓器ですし、こちらが主な原因だったかもしれません」


 ハルト王子はかなりの痩せ型だ。

 あとでお付きの医師に確認したいところだけれど、生前、仰向けになれば皮膚越しに大動脈の拍動を確認できただろう。

 

「いずれにせよ犯人は殺しに不慣れな印象です。

 どの程度までやれば人が死に至るか。それを分かっていないのでしょう」


「ルナティアくんはそのへんを把握しているわけだねえ」


「当然です。さもなければ死合う相手に無用の苦しみを与えてしまいますから。

 栄えある我が王国の兵士ならば基本的な教養のひとつでしょう」


「……僕ぁね、いつもながらミェーダイ家と仲良くしていてよかったと思ってるよ」


「私もナイトレイ家の当主と縁を持ててありがたく感じています」


「いや、そういうことじゃなくってね……まあいいや。他に分かることはあるかな。

 たとえば昨日とか今日の何時ごろに殺された、とかさ」


「そうですね……」


 王子のシャツは血に染まっているが、決して濡れているわけではない。

 赤黒く凝結し、触ればパラパラと粒が落ちる。

 それなりに時間が経過していることは間違いない。


「王子はヒバリの間で倒れていたそうですが、部屋の温度はどうでしたか」


「もちろんバッチリ暖かかったよ。王宮内はふんだんにマジックアイテムを使ってるからねえ。 

 そんな予算があるなら僕の家にも分けてほしいところだよ」


「宰相の給料で買えばいいでしょう」


「え、やだよ。高いもん。

 だからさあ、公費を流用して自分の屋敷を暖かくしてる貴族を見ると、ついついいじめたくなるんだよねえ」


 やれやれ。

 この言葉の果たしてどこまでが本気なのやら。

 ともあれユーグ兄様が宰相になってからというもの、大臣による横領がほとんどゼロになったのは事実だった。


「分かりました。これからも不正の摘発には力を入れて頂けると嬉しいです。

 話を戻しますが、王子の体温はかなり下がっています。

 暖かい部屋にいたことを考えると半日は経過しているのではないでしょうか」


「いやいや、ちょっと待ってよルナティアくん。

 だとしたら王子が殺されたのは昨日の昼過ぎってことになっちゃうよ?

 けれどハルト様は舞踏会に出て、君に『婚約破棄じゃー!』って叫んでたじゃないの」


「私はただ見解を述べているだけです。可能性はいくらでも考えられます」


 一時的に空調が故障していたのかもしれないし、別の場所で殺されたかもしれない。

 ……まあ、その場合は現場が血の海というのがネックになってくるけれど。


「いちおう、一つだけ教えてください。現場に魔力行使の痕跡はありましたか?」


「ナシだね。少なくとも昨日一日はだれも魔法を使ってないよ」


 つまり氷結系の魔法で死亡推定時刻をズラしている可能性は低いということだ。


「んん? そういやハルト王子はどうして自分に回復魔法を使ってないんだろうねえ」


「ユーグ兄様、魔力は血液に宿るものです。

 ハルト王子は大血管と肝臓を深く傷つけられていますし、魔法を行使することもできなかったのでしょう」


 それから私は王子の目を覗き込む。

《照明魔法》で光を当ててみたけれど、角膜の向こうはロクに見えない。混濁している。

 身体はどうだろう?

 顎、肩、肘、膝――いずれの関節も硬直している。


「やはり死後半日は経っていると考えられます。少なくともこの夜のうちに殺されたとは考えにくいですね」


「うーん、だったらやっぱり舞踏会のことが足を引っ張るねえ。まさかゾンビだったとか、そーゆーこと?」


「アンデッドは特有の澱んだ瘴気を纏っています。

 私がそれを目の前にしていながら気付かないはずがありません」


「でも、世の中に絶対なんてのはないしねえ……」


 顎に手を当てて考え込むユーグ兄様。


「ま、いいや。ともあれ安心だ、うんうん」


「何が、でしょうか」


「実は宮廷医師のみなさんにもさっき調べてもらったんだけどさ、ルナティアくんと同じような結論だったんだよ。

 信じ難い結果だし、ダブルチェックをしておこうと思ってねえ」


 まったく。

 相変わらずユーグ兄様はとんだ食わせ物だ。


「ちなみにルナティアくんは昨晩、実家に行って戻って以外のことはしてないんだっけね」


「帰りにウィンスレイ侯爵家の長男に決闘を挑んでいます」


「ホントに君は好きだねえ。ま、いずれにせよ夜は王都にいなかったってワケだ」


「それがどうかしましたか」


「いやあ、実はさあ」


 なぜかキョロキョロと周囲を見回すユーグ兄様。

 さらに私の耳元に顔を近づけ。


「ここだけの話なんだけど、君が昨日の夜に王子を殺したって主張しているお嬢さんがいてねえ」


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