第十話
その後の顛末を語ろうと思うが、私としては以下 の事実を衒すつもりもなければ誇るつもりもない。
世の中には相談に見せかけた自慢という高等テクニックがあるらしいが、私はそういう腹芸と無縁だ。
さて、と。
今回の事件、輪郭だけをなぞるとこういうことになる。
1.第二王子のヘイズ様が、第三王子のハルト様を殺害。
2.ヘイズ様、困り果ててルーザ嬢に相談。
その際、私に罪を着せる策 (とも言えない策) を思いつく。
3.ヘイズ様、髭を剃って髪を切り落とす。ハルト様に変装して舞踏会へ。
4.私に対して婚約破棄を突きつける。
5.翌日未明、ハルト様の死体が発見される。
6.ルーザ嬢が名乗り出て、私が犯人だと主張する。
7.ヘイズ様が格好よく登場し、私を濡れ衣から救う……予定だったらしい。
……たぶん7あたりが意味不明すぎると思うのだけれど、順を追って説明しようと思う。
まずは1、殺害の動機について。
ヘイズ様とハルト様。
兄弟仲はそれなりに良好だったし、次の王はメグレス様と決まっている。
したがって権力争いというわけでもない。
だったら何故かといえば、ええと。
私としては非常に言いにくいというか複雑というか、とにかく自分では口にしたくない。
そういうわけで、ヘイズ様の自供を引用させてほしい。
「オレにとって、ルナティアは特別だったんだ。
王子だからって特別扱いしないで、悪いことをしたときはキチンと叱ってくれた。
……母親みたいに思ってたんだよ。それをハルトのやつに横取りされるかと思ったら、つい」
つい、で人を殺すとか、子供の情操教育に失敗してませんか王様、王妃様。
次は2だ。
この時点でルーザ嬢が誰かに訴え出ていれば面倒事に発展しなかったのだが、彼女の頭はお花畑だった。
……まあ、マザコンの放蕩息子に首ったけという時点で、|とても母性本能に満ち満ちた方 (穏当表現)《筋金入りのダメンズウォーカー》なのだろう。
「ダメダメなヘイズ様に手を差し伸べられるのは、わたくししかいませんわ!」
そんな風に盛り上がってしまい、結果、「わたしたちのかんがえた|かんぺきなぎそーけーかく《完璧な偽装計画》」が実行されることになったらしい。
言う間でもないことだが、この計画はとんでもなくスッカスカだ。
「ハルト様の遺体が途中で発見されていたらどうするつもりだったんだろうねえ」
とは宰相閣下のお言葉。
もしそうなっていれば、事件はもっとスピーディに解決していただろう。
けれど天の神々が退屈を持て余したのかして、運はヘイズ様に味方した。
反抗は露見することなく舞踏会は始まり、計画は3、4と進んでいった。
けれど、そこにアクシデントが起こってしまう。
婚約破棄を突きつけられた私が、実家まで事実関係の確認に走ったのだ。
もちろんヘイズ様もルーザ嬢もそんなことは知らないわけで、ルーザ嬢は予定通り「ルナティアが殺したのを見ましたわ!」と証言した。あとの顛末は知っての通りだ。宰相閣下の追及でボロボロとアラを出してしまい、彼女は自分に容疑を向ける方向に切り替えた。
そこにタイミングよく (タイミング悪く?)登場したのがヘイズ様だ。
鼻高々に「ルーザ嬢犯人説」をぶちあげ、その挙げ句、自爆するような形で逮捕に至った。
この思考がいまひとつ器用でない (不敬罪にならないギリギリの表現) 王子は何をしたかったのだろう?
本人曰く。
「ルナティアの容疑を晴らして、距離を縮めようと思ったんだよ……」
とのこと。
人を殺しておいて反省の態度を見せないどころか、この言い分。
「貴族の脳は恋愛と不倫ばかり」という言葉もあるけれど、ヘイズ様の場合はちょっと酷すぎやしないだろうか。
ちなみに私に近づくためのダシにされたルーザ嬢はというと。
「わたくしは日陰の女でも構いませんの。届かぬ恋もまた美しものですわ」
はいそうですか。
本人としては幸せなのかもしれないけれど、ウィンスレイ侯爵家は大打撃だ。
これで実子はみんな何かしらの罪を犯していることになるし、ルーザ嬢に至っては大逆罪。
現ウィンスレイ侯爵は田舎に蟄居、侯爵家も取り潰しが決定された。
「これは陰謀ですわ! 誰かが我が家を陥れようとしていますの!」
牢獄でルーザ嬢はそう叫んでいるらしいが、たぶん、信じる者は誰もいないだろう。
むしろ一族郎党そろって処刑にならなかっただけ温情と思う。
最後に、この事件のおおもとになった勘違いというか聞き違い。
――ハルト様が婿入りするのは、ミェーダイ侯爵家ではなく、メーダイ侯爵家だった。
それを知った時の、ヘイズ様の反応はというと。
「ははっ、それじゃあ、別に焦らなくてもよかったじゃないか……。
むしろハルトのヤツがいなくなる分、オレのチャンスが増えるってことで――ちくしょう、ちくしょう……!」
私のヘイズ様に対する好感度は元から氷点下なので、その可能性だけはない。
次回で完結します。