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悪魔の餌食  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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七日目(2)

 不吉な言葉を発したかと思うと、ペドロはいきなり車を止めた。

 僕は、窓から外を見る。すると、そこには巨大な建物があった。かなり長い歳月、雨風にさらされて変色したらしい外壁。ところどころガラスを割られた窓。入り口とその周辺にはロープが張られ、立ち入り禁止と書かれたボロボロの札が立っていた。

 その場所は、僕も知っている。そこは真幌市でも最大の怪奇スポット、徳川病院の跡地なのだ。

 徳川病院はかつて、市内でもっとも大きな病院であった。しかし……たて続けの重大な医療ミス、及びもみ消し工作が発覚した。さらに院長の一族による放漫経営をマスコミに暴かれてしまった。その結果、病院は閉鎖されたのだ。

 その後、病院は買い手が見つからず……市は病院の取り壊しを決めた。だが、具体的な計画が何一つ発表されぬまま今に至っているらしい。噂では、計画を進めようとすると、必ず奇妙な出来事が発生する。責任者に不幸な出来事が起きたり、工事の下請け業者の誰かが事故死したり……もっとも、真相は不明だが。

 一つ確かなことは、僕が引きこもる前から、この場所は廃墟のままだった。そして不思議なことに、誰も近づこうとしないらしい。怖いもの見たさな不良連中、あるいは住みかのないホームレスなどの溜まり場になりそうなものだが、そういった類いの者たちすら近寄ろうとしないらしい。


「ここだよ哲也くん。ここに赤羽くんはいる。俺たちの来るのを、首を長くして待っているはずだ。さあ、行こうじゃないか」


 僕は、ペドロの後を付いて行った。ロープを乗り越え、そして扉を開ける。

 病院の跡地は昼間だというのに暗く、見通しが悪かった。廃墟の隙間から射してくる日光だけが頼りだ。床には埃が積もり、得体の知れない虫や小動物の蠢く音が聞こえる。

 そして……外とは明らかに異なる、奇妙な空気が漂っていた。何処が奇妙なのか、言葉で説明するのは難しいが……あえて一番近いと思われる言葉を選ぶなら、それは妖気と呼ばれるものだろう。

 僕はこれまでの人生で、幽霊の類いを見たことはない。そもそも、幽霊だの超能力だのUFOだのといった、科学的根拠のないオカルティックな存在は、いっさい信じていなかった。 にもかかわらず、その廃墟に入った瞬間……僕は正体不明の恐怖を感じて立ち止まった。

 そこには、かすかに人の気配がしていた。誰もいないはずの廃墟。当然、人の姿など見えない。しかし、何者かが潜んでいる気配がするのだ。部屋の四隅、天井、さらには隣の部屋や上の階など……。


「君にもわかるかい?」

 不意に、ペドロが立ち止まる。そして僕に尋ねてきた。

「な、何がですか?」

「この場所だが、大勢の人間が死んでいる。恐らく、病死や事故死ではないだろう。これは殺されたんだろうね。ここは、まるで戦場のようだ。実に面白い」

 そう言うと、ペドロは笑みを浮かべる。

「何で……そんなことが分かるんです?」

「それはね、ここに棲む亡霊の声を聞いたからさ」

「ぼ、亡霊……ですか……でも……」

 僕は、その先を言い淀んだ。確か以前、ペドロは霊の類いは見たことがないと言っていたはずだ。しかし、今の言葉は……。

 すると、ペドロの顔から笑みが消えた。

「ほう、面白いな君は。俺が数日前に言ったことを、覚えていたのかい。いや、感心感心」

 その言葉自体は、まるで教師が生徒を誉める時のようなものだった。僕はその時、何故か嬉しさを感じていた。

 そして次に、嬉しさを感じた自分に戸惑っていた。

「今、俺は亡霊と言った。しかし……もちろん俺は亡霊など見てはいないし、声も聞いていない。だが、死者の遺したものを感じ、死者の声を聞くことは出来る……これは決して、オカルトではない。どんな人間にも、備わっているはずの能力なんだよ」

「……」

 僕には、何を言っているのかわからなかった。その特の僕は恐らく、怪訝な表情を浮かべていたのだろう……ペドロは微笑んだ。

「哲也くん……例えば、ゴキブリは油断している人間の目の前を、平気で通り過ぎていく。時には立ち止まったりもする。しかし、潰そうという意思を持って人間が動くと、ゴキブリは逃げ去る。これは何故だと思う?」

「え?」

 言われてみれば、確かにその通りだ。そういった現象を、僕も何度か見た気はする。

「しかも、それはゴキブリに限った話じゃない。野生動物たちは、危機を察知する能力に長けている。それは何故か……結局は、勘なんだよ。あらゆる動物に備わっている能力さ。一番初めに、俺と出会った時のことを覚えているかい?」

「出会った……時……」

 僕は考えた。そう言えば……初めて出会った日、ペドロは僕という人間に関する情報を次々と当てて見せたのだ。


(俺の脳内には、様々なタイプの人間のデータがある。見た目や仕草などのデータがね……それと君とを照らし合わせる。そうすれば、君がどんな人間なのか、統計学によって割り出せるってわけさ。もっとも、観察力と記憶力は必要だけどね)


 初めて出会った日の、ペドロの言葉が甦った。彼の魔法のような能力……それもまた、勘の働きによるものなのだろうか。


「君は勘と聞くと、運まかせのようなものだと思っているんじゃないかな? しかしね、勘とはすなわち観察力だよ。それも、五感をフル活用した……いいかい、プロの犯罪者のほとんどが、一般市民に紛れた私服警官を見つけ出すことが可能だ。これはね、経験を積むうちに勘が磨かれていくからこそ可能な技さ。この勘というものは……実際に現場に出ない限り、身に付かないものだよ」

 そこで、ペドロはいったん言葉を止めた。

 そして、周囲を見回す。

「お喋りは、ここまでにしよう。今回は、早く終わらせるとしようか。ここは人通りがあるから、万が一ということもある。俺も、これから忙しくなりそうだしね……」

 そう言うと、さっさと歩き出す。僕は足元に注意しながら、慎重に進んで行った。究極の自由人であるペドロの口から、忙しいという言葉が出たのを意外に思いながら歩いて行った。


 僕たちは、廃墟の中を進んで行く。

 ペドロは懐中電灯を取り出した。そして明かりを点ける。

「暗いから、足元に気をつけるんだよ……転んで怪我でもしたら、これから始まるイベントに差し支えるからね」

「イ、イベント?」

 僕が聞き返すと、ペドロは立ち止まり振り返る。暗くて表情は見えないが……にもかかわらず、彼が笑みを浮かべているのが分かった。

「そう、イベントだよ。この中で、君は赤羽くんを殺すんだ……これは、立派なイベントじゃないか。今日という日を境に、君は生まれ変わることが出来る……間違いなく、ね」


 そして、僕たちは階段を降りて行く。下の階はさらに暗く、前が全く見えないのだ……ペドロは懐中電灯を取り出し、足元を照らしながら降りて行く。僕は慎重に、その後を付いて行った。

 だが突然、ペドロは立ち止まった。

「哲也くん、ちょっとここで待っていてくれ。俺はちょっと準備をしてくる」

「ええ? 準備って何ですか――」

 言いかけた瞬間、口を手のひらでふさがれた。

「黙って俺の言う通りにするんだ。いいかい、俺がいいと言うまで、口を閉じて待っているんだ」


 辺り一面、本物の闇が覆っていた……。

 僕は今、暗闇の中で一人座っている。そして、恐怖が増していくのを感じていた。ここは普通の病院の跡地ではない。この場所で、かつて何があったのかは知らない。しかし、人でない何かの気配が漂っている。何かの念も感じられる……僕は今すぐにでも出て行きたかった。

 しかし、出て行かなかった。いや、行けなかったのだ。もしも今、ここから立ち去ったなら……僕は間違いなく、ペドロに殺されてしまう。この場所で感じる恐怖よりも、ペドロに対する恐怖の方が遥かに上だった。


 どのくらいの時間が経ったのだろう……。

 座り込んでいる僕の耳元で、いきなり声がした。

「待たせたね」


 心臓が止まりそうな衝撃が全身に走る……僕はその場で飛び上がりそうになった。思わず胸を押さえ、荒い息をつく。

 だが、その後のペドロの言葉は、僕にさらなる衝撃を与えた……。


「哲也くん、この階のどこかに赤羽くんがいる。探し出して殺すんだ。ただし今回は、彼もまた自由に動ける。今までのようにはいかないよ」


「はい?」

 僕は唖然となり、思わず聞き返す。この男は何を言い出すのだろう……。


「松橋くんは、両手両足の関節を外されていた。児玉くんは正気を失っていた。そんな二人を殺したからといって、君の成長には繋がらない。やはり、まともに動ける相手を殺さなければ意味はないだろう。赤羽くんには、君と本気で闘ってもらうよ」

「そんな……無理です……勝てるわけない……」

 そう、僕が勝てるはずがないのだ。赤羽は僕よりも背が高く、骨太でがっちりした体格だった。ケンカも強く、同学年はおろか上級生でも一目置いていたほどの男なのだ。

 僕に勝ち目はない。


「いいかい哲也くん、人生には戦いが必要だ。戦いなくして変化はない。変化なくして進歩はない。君が変わるためには、戦いが必要だ。心配はいらない……今の君なら、赤羽くんを殺せる」

「いや、そんな……無理ですよ……」

「大丈夫だよ。赤羽くんはこの二日間、ほとんど食べていない。しかも、ここで縛られて放置されていた。肉体的には、かなり衰弱している。条件的には、君の方が有利なはずだ」

「……」

 それでも、僕は迷っていた。僕の内に潜む、奴らへの恐怖……それは一年以上の月日を経て、僕の心と体に植え付けられたものだ。まともに動ける赤羽と対峙したら、僕はどうなってしまうだろう……。

 だが、ペドロの言葉は容赦がなかった。

「哲也くん、君に選択の余地はない。松橋くんの時にも言ったが、赤羽くんを殺せなければ君が死ぬ」

「え……」

「君はもう、戻れないんだよ……既に二人殺しているんだ。怖いからやめたい、そんな子供じみた言葉は許されない。あと、もう一つ言っておくよ。赤羽くんには、こう言ってある……小岩哲也を見つけ出して殺すことさえ出来れば見逃してやる、でなければ殺す……とね」






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