わたしはあなたの宿り木
あなたがいなければ、わたしは生きていけない。
小さな頃から、ずっとそう思っていた。
深緑の森で、自分より大きな背中を追いかけ、駆け回る。木の実を拾い、花を摘み。
「フェイエ!」
記憶の中の、子どものあなたがわたしを呼ぶ。
わたしは大きな声で、あなたの名前を叫ぶ。そうすれば、いつだってあなたはわたしを見つけてくれる。
「この宿り木の下にいる女の子には、キスしなくちゃいけないの」
それは、おませな女の子が眠る前に、母が話してくれた言い伝え。
森の中に聳える大きな木に絡まる宿り木の下、幼いあなたとわたしは何度もキスを交わした。
でも、いつからか、あなたはわたしにキスをしなくなった。
わたしがキスをせがんでも、困ったように笑うだけ。
あなたとキスしたいのに。
ずっとずっと、あなただけ好きなのに。
キスがなくなり、繋ぐことが当たり前だった手が離されて。
最後にあなたがわたしに触れたのは、わたしの体が子どもから大人になったとき。突然の痛みと出血に泣きじゃくるわたしを抱きかかえ、大丈夫だからと何度も言った。全然大丈夫じゃなかったけど、久しぶりに与えられる彼のぬくもりが心地よくて、また泣いてしまった。
あなたに抱き上げられて家にたどり着いたとき、扉を開いた母が驚いた顔でわたしたちを迎えた。
「あら、どうしたの? まあ、ユーリ、随分大きくなって」
小さな頃からわたしよりあなたは大きかったけれど、今は肩も首も、見上げるほどに逞しい。同世代の女の子に比べ小柄ではあるけれど、わたし一人を抱えることができるようになったあなたに、今更戸惑う。
「フェイエが……」
それだけ言って、そのまま口ごもったあなたは、わたしと視線を合わせることなくわたしを床に下ろし、小さく母に会釈して去って行った。
「フェイエ、あなたユーリとなにか……あら」
わたしの戸惑いと、あなたの態度の不自然さの原因に気づいた母は、お湯で濡らした布でわたしの体を拭い、大人の女の心構えを厳かに諭した。
今思えば、あなたはわたしの体になにが起こったのか理解していたのだと思う。幼馴染みの体の変化に立ち会ってしまった運の悪さに、成長したとはいえまだ少年だったあなたは多いに困惑したに違いない。
「ユーリにちゃんとお礼言うのよ」
お礼なんて、恥ずかしくて言えるわけがない。わたしは暢気な母を睨んでしまった。
『助けてくれて、ありがとう』
たったひとこと。さらりと何気なく言うだけでよかったのに。
やっぱりわたしはあなたに感謝の言葉を伝えることができなかった。
年に一度行われる村のお祭りでは、古い習慣がある。
男性は想う相手へ髪飾りなどの装飾品を贈り、女性は恋人へ宿り木で作ったリーフを渡す。宿り木で作ったリーフは、女性が言葉にできない想いを伝えるための大切な手段だった。
両思いで贈り物を交換できれば、森の中の宿り木の下でキスを交わす。キスを交わした男女は、いずれ結婚するのだと見なされた。もし女性が片思いだったとしても、男性がリーフを受け取った場合はその想いに応えなくてはいけない。逆に男性が片思いをしていて女性が男性の贈り物を受け取った場合は、女性は左手の甲をそっと男性に差し出す。『まだ恋人としては考えられないけれど、あなた次第で先のことを考えてもいいわ』という意思表示だ。
まったく見込みがないのであれば、男女ともに贈り物は受け取らない。一見女性が有利な駆け引きに見えるけれど、若さの勢いで女性が傷つかないためのしきたりだった。
深い森のすぐそばにある小さな村で、背が高くて優しいあなたは村の女の子から人気があった。お祭りが近づくと、みんなそわそわと落ち着かなくなる。 わたしの毎日の仕事である井戸の水汲みをしていると、村一番の美少女と言われているマーニャが話しているのが聞こえた。
「やっぱり、ユーリにリーフを贈るわ。受け取ってもらえないかもしれないけど」
「あら、マーニャ、抜け駆けはダメよ。村の半分の女の子はユーリ狙いじゃない? カッコ良くて優しいし、剣も強いんだもの。なかなか相手にされないってわかってても、年に一回のこの機会を逃す手はないわ」
そう言って、彼女たちは楽しそうにクスクス笑う。わたしはお祭りでリーフを渡せる彼女たちが羨ましかった。お祭りでリーフを贈ることができるようになるのは、15歳から。私はまだ13歳で、お祭りに参加はできても、贈り物のやり取りは許されていない。年上の女の子たちから、「あんたはまだ子どもだから、お呼びじゃないわよ」と言われているようで悔しかった。マーニャたちが実際にそう言ったわけではないので、単なるわたしの被害妄想だ。だけど、わたしと4歳も違うあなたはもう二度のお祭りを経ていて、いつ結婚相手を決めてもおかしくない。去年とその前の年は誰からも何も受け取らず、何も贈らなかったとやっぱりマーニャたちの噂話で聞いたけれど、今年もそうである保証はどこにもない。
どうか、待っていて。
わたしがあなたに宿り木のリーフを贈ることが許されるまで。
それは、触れ合うことも、会話を交わすこともなくなってしまったあなたへの、わたしの唯一の願い。
でも結果として、わたしがあなたにリーフを贈ることはなかった。
15歳になる前に、神殿から迎えが来たのだ。
鄙びた村には到底不釣り合いなきらびやかな行列が、村にやって来た。一応神殿の神官様がやってくるというのは村に知らされてはいたけれど、何のために彼らがやってくるのかは知らなかった。なんだかよくわからないけど、神殿の偉い人がやってくるから歓迎しようという雰囲気の中、わたしも村の人たちに混ざって神官様のご一行を見物しに行った。
神官様たちの着ているものは絹のようで、美しい純白だった。染み一つない法衣には、金糸で花の模様の刺繍が施してある。男性が着るには女性的な模様だなと思い、母の後ろから神官様たちを見ていると、神官様が急にこちらを振り返った。なごやかに村長と話していた途中で、突然ぐりんと振り返ったので、村長も神官様のお付きの人もびっくりして口を噤んでいる。
神官様の黒い瞳が、まっすぐにわたしを見ていた。そして、男の人にこんな表現は変だと思うけど、その人はわたしを見て、花が開くように笑った。
「……やっと見つけました」
神官様は、付いて行けない周りをそのままに、わたしの前に歩み寄って膝まづいた。
「あなたですね」
確信に満ちた口調でわたしの両手をとり、さも大切なものであるかのように胸におしいただく。彼は、綺麗な顔を幸せそうに歪ませた。
それから、わたしは神官様に攫われるように村を後にした。家族や友達との別れを碌に惜しめないまま、あなたにさよならも言えないまま。
突然両親と引き離されることは怖かったし寂しかった。そしてあなたを想い、わたしはいつも泣いていたように思う。
神殿に連れてこられたわたしは、外に出ることを禁じられた。
いつか還俗する日まで、ずっとここで過ごすのだという。
神殿で与えられた部屋は心地よく整えられていて、清潔だった。花の咲く小さな庭もあった。それでも、高い塀に囲まれた空はひたすらに小さくて、四角い。訪れるのは、私の身の回りの世話をしてくれる女官と、わたしを迎えに来た神官様だけ。
「フェイエ、私は星読みによりあなたに導かれました。神はあなたを望んでおられます。あなたがつつがなくお役目を果たすことができるよう、手助けをするのが私の務めです」
神官様——ヴォルナーティはそう言って、村が恋しくて泣くわたしを諭した。
星読みというのは、占星術者のことだ。その星読みが、神様に使える巫女はこの田舎娘だと言ったために、ヴォルナーティはわたしを神殿に連れて来たのだ。
でも、わたしにはなんの力もない。
奇跡を起こせる力はないし、それどころか、読み書きすら簡単なものしかできない。
星読みとヴォルナーティが、わたしが巫女だなんて大層なものではなく、普通の人間だと気づいてくれたら、いつか村に帰れるだろうか。でもそれは、一体いつになるんだろう。何度も訴えたけれど、彼らがそう気づいてくれる様子はない。
時間はどんどん経って行く。
ある日、ヴォルナーティがやけに嬉しそうな顔をしてわたしのもとにやってきた。二日に一度は彼の綺麗な顔を見ていたけれど、こんなに嬉しそうな様子は初めて見る。
「フェイエ、あなたは素晴らしい」
ヴォルナーティはいつものようにわたしに膝まづいた。巫女は神官様である彼よりも身分が高いから、そうするのが礼儀だと教えられたけれど、自分よりはるかに立派な年上の男の人に礼を取られるのは苦痛だった。
「……なにが?」
日の出とともに行う礼拝以外、わたしが巫女として行っていることはない。
誰かに施しをしたり、聴衆の前で雄弁に神の愛を語ったり、そういうことは神官とノブレス・オブリージュを纏う貴族たちの仕事であり、巫女の仕事ではないのだという。じゃあなにをしているのかと言えば、日がな一日部屋でぼんやりとしているのだ。巫女が神の気の行き届いた神殿にいること自体が重要なのであり、世界の安定をもたらすのだという。
田舎娘一人を軟禁しておいて、そのお手軽さはどうかと思う。
「あなたが神殿に来てから、神の気配が濃くなりました。巫女が滞在すると起きる事象なのでそう不思議ではないのですが、今年は洪水が起きなかったのですよ」
ヴォルナーティは、それがわたしの力なのだと言う。
「きっと、偶然だと思うわ……」
力なく答えるわたしに、ヴォルナーティは微笑んだ。
「では、それが偶然かどうか、来年も確かめてみましょう」
ヴォルナーティの言葉に、わたしは愕然とした。
彼はわたしをここから出す気がないのだと悟ったからだ。
村にも帰ることはできないし、両親にも会えない。……あなたとも。
幼い恋情は消えることのないまま、くすぶり続ける。
『あなたがいなければ、わたしは生きていけない』
その想いは変わらないのに、現実には離れてもお腹がすくし、疲れれば眠りは訪れる。行き場のない悲しみとやり切れなさ、そしてあなたを想う心。わたしが持つのは、ただそれだけのこと。
きっと、わたしがこの先あなたの目に映ることはない。
宿り木で作ったリーフを、渡すこともできないまま。
あなたはわたしではない誰かを選び、愛を囁いて、いつか子を成すのだろう。
そしてその年も、やはり洪水は起こらず、日照りでの渇水もなかった。
程よい日照、程よい降水。
自然の厳しさを忘れてしまったかのようなぬるま湯の環境で、田畑の実りは多く、災害で人が死ぬことも減ったのだという。
巫女の存在そのものが、神を安らがせ土地を安定に導く、そう言ってヴォルナーティは満足げに微笑んだ。巫女を探し出し守り仕えること、そして神の恵みをあまねく地に満たすこと。それが彼の役目だ。
静かで退屈な日々に、ふと思いついたことがある。一度も渡すことがなかった宿り木のリーフを、自分の手でつくってみたい。ヴォルナーティに材料を頼めば、作るものが宿り木のリーフであることに若干眉をひそめたものの、めったにないわたしの我が侭を快諾してくれた。
あなたを想いながら、宿り木のリーフを編む。
届かない想いでも、執着と蔑まれても。
作業に没頭すれば楽しくて、世界は色を取り戻す。
あなたが幼い声でわたしを呼んだ、幸せだったあの日のように。
最初は不格好な出来だったけど、完成すれば嬉しくて、ヴォルナーティに見せた。
「なかなか上手じゃないですか」
褒めてもらえて嬉しかった。自分ではわからない巫女の力についてどうこう言われるよりも、今自分で作ったものを褒めてもらえるほうが、よっぽど嬉しい。わたしは初めてヴォルナーティに笑顔を返した。いつもむっつりとして生気のないわたしが笑ったことに、ヴォルナーティが驚きの表情を浮かべる。
わたしの作る宿り木のリーフは、すぐに嵩を増した。せっかく作ったものを捨てるのも忍びないとため息をついていると、わたしの世話をしてくれる女官がひきとってくれるという。ヴォルナーティもひとつ欲しいというので、仕方なくあげた。彼はこの風習自体を知らなかったから、物珍しかったのだと思う。
わたしは宿り木のリーフを作るのをやめ、代わりに庭に宿り木を植えてもらった。
大きな樫の木に絡み付いてゆく宿り木。
宿り木は神聖なものだってみんな言うけれど、宿り木の実態は他の木に寄生しているだけだ。
蔦を宿主に絡ませ、がんじがらめにして。
宿主を枯らしてしまうこともあるのだという。
わたしはきっと、宿り木に似ている。
神聖なものとして扱われながら、あなたへの想いを断ち切れずに蔦を絡ませる。
その実は幼い恋を忘れられない、愚かな女。
そうしてまた月日が流れた。
朝に祈りを捧げ、天気が良く庭の小さな緑が美しければ喜び、二日に一度訪れるヴォルナーティだけと言葉を交わす、静かでささやかな日常。
外界との接触は厳しく隔てられており、家族と手紙のやりとりすら許されていない。最初は苦痛だった退屈も、慣れれば身近にあるものになった。
みんな、わたしのことは忘れてしまったのだろうか。
……あなたも。
巨木に絡み付いた宿り木はよく成長し、鳥が巣を作った。親鳥が雛に餌を与え、巣立ちをしていく様子を観察するのは、わたしの楽しみになった。
「フェイエ、今日は随分機嫌がいいですね。なにかいいことでも?」
ヴォルナーティが穏やかに問いかけた。わたしはよっぽどにこにこしていたらしい。
「あそこに、鳥が巣を作ったの。雛たちがいるわ」
「ああ、あれは珍しいですね。この地方にはあまりいない鳥です。なかなか大きいですね。あと一週間もすれば巣立ちでしょう」
その言葉に、わたしは雛たちが去るのが近いことを知った。
慣れたはずの、静かな日常。その中に、鳥たちの自然な姿はわたしを喜ばせ、勇気づけていたのだ。小さな世界の中で、誰とも会わず、何もしない無為な日々を過ごすため。
「そう……さみしくなるわ」
わたしは巣を見つめたまま、そう呟いた。がたんと物音がする。聞き慣れない音に驚いた瞬間、わたしの体は強い力で引き寄せられた。
「あなたをここから出してさしあげることはできない」
抱き寄せられた胸に、耳へと直接響く声。
「ですが、いつか時が来たら」
ヴォルナーティはわたしの耳元に唇を寄せた。
「一緒にこの地を去りましょう」
わたしはようやく、この美しい男に愛されていることを知った。
それからも、わたしとヴォルナーティの距離は変わらなかった。あの抱きしめられた出来事がまやかしであったかのように、なにごともなかったかのように。
今までと同じように、彼は一日おきにやってくる。話すのはごく短い時間、他愛のないことだ。その何気ない内容に、たまに驚くことが含まれている。
ある日、ヴォルナーティは言った。
「巫女が還俗する方法を知っていますか?」
そんなもの、知る訳がない。神様がいて神殿に巫女がいる、その程度のことしか知らないわたしを、ヴォルナーティはその権力で簡単に村から連れ去った。
彼から与えられたのは、親しい人との離別と、静かな、ただ静かな日々。
「次の巫女が見つかることです。お務めを果たした巫女は、多くの場合貴族や国の有力者に妻に迎えられます。元巫女だった者にも祝福の力が働きますから、彼女たちを娶ることでその土地が安定するのです。……フェイエ」
ヴォルナーティは言葉を止めた。少しの沈黙が落ちる。
「あなたに、いくつか縁談が来ています」
わたしはただ黙ってヴォルナーティを見つめた。彼の美しい顔はわずかに伏せられて、わたしと視線は合わない。少し早口で、彼は続けた。
「星読みが、次の巫女を探し始めました。その情報は公にされているので、あなたの結婚の話が出ているのです」
「……ここを、出てもいいの?」
「次の巫女がここに来られれば。あなたは選択することができます。誰かのもとに嫁ぐか、故郷に帰るか。……私の手を取るか」
その言葉に、いつか伝えられたことが彼の本気だったことを知る。
彼の献身に、感謝している。
彼の美しい姿を、好ましく思う。でも。
両親が健在かどうかも知らない。誰も待っていないかもしれない。
あの村に、わたしの居場所はないのかもしれない。それでも。たとえ、そうだったとしても。
「帰りたい……」
あなたの姿を、たった一度だけでも。
「……そのように、致しましょう」
ヴォルナーティは微笑んだ。彼が悲しんでいることがわかった。
次の巫女が神殿に迎えられ、わたしは帰郷を許された。村を出て、10年の月日が過ぎていた。
馬車で揺られ、都の喧噪を通り過ぎる。鄙びた生まれ故郷に向かう。
村に近づく度に少しずつよみがえる、遠い日の記憶。
村に着くと、頭が真っ白になった村長が出迎えてくれた。
両親はいなかった。二年前の流行病で亡くなったのだという。空き家になっていた家を、わたしが帰ってくることを聞いた村の女性たちが整えてくれたそうだ。
貧しい村だったけれど、元巫女を受け入れる土地となることが決まり、支度金としてかなりのお金が村に施されたのだという。そのせいか、総じて村人はわたしに優しかった。懐かしい顔も多かったけれど、知らない顔も同じくらい多い。そして、彼らは優しかったものの、純粋な善意で近づく者はいなかった。誰も彼も、わたしに親切にすることで何らかの恩恵が得られると思っているようだった。でも、実際に彼らが得をするのかどうかはわからない。
その中に、あなたはいなかった。
あなたの行方を、訊くことができない。
世間話に丸めて、さらりと訊けばいいのだろうけど。
村人の好奇心や打算に晒されることが怖くて、なにもできない。
神殿にいるときに高い塀で囲まれていたように、今は人の思惑に囲まれる。
村の共同墓地には、あなたの墓標はなかった。
村を出て、どこか違う土地で暮らしているのかもしれない。
あなたと、あなたの家族と――妻と、子と。
わたしは森深くの大きな木にもたれかかる。
絡み付いて離れない、あの宿り木の下。
今は祭りの季節ではないけれど、手慰みに作ったリースを持って。
会いたい。
あなたに会いたい。
どうか、一度だけでも。
「フェイエ……?」
掛けられた声に、振り返る。
「……ユーリ?」
目の前には、あの頃の面影を残したあなたがいる。
髪と髭は伸び、白いものも混ざっている。目の周りは落ちくぼみ。肌は日に焼け、荒れている。
それだけの月日が過ぎたのだと理解した。
そして、あなたがわたしの目の前にいる、その奇跡も。
疲れた表情で、あなたはぽつりと言った。
「……迎えに行ったんだ」
「え……?」
「神殿まで。迎えに行った。おまえが帰ってくると知って。でももういなかった。だから急いで帰ってきた」
「ユーリ……」
「あと一年、あと一年神殿の迎えがくるのが遅ければ、ずっと一緒にいられた。自分の力ではどうにもならなかった……」
ユーリは俯いた。悔しさと悲しさ、そして疲れがないまぜになり、握られた拳が力なく垂らされる。
「……会いたかった」
ささやくような、小さな小さな声だった。
長かった。
会いたかった。
——愛してる。
涙が溢れて止まらない。
リースを握りしめたまま泣きじゃくるわたしを、あなたがゆっくり抱きしめた。
「おかえり」
あなたの声で、すべてが解ける。
抱擁はきつくなり、わたしはあなたにしがみつく。
差し伸べられた腕、重なる唇。
重なり合う、心と心。
大樹にからまる宿り木のように。
わたしはあなたに絡み付く。
——愛してる。
嗚咽で言葉にならないその一言を、はやくあなたに伝えたい。