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是音  作者: 舞島 慎
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Ask or Trap

 何でこんな事になったんだろう。と、私はバスの中でケータイを握り締めたまま考える。

 いつも通り、過ごすつもりだった。それが雨のせいで、学校を出るのが遅くなった。

 雨音を聴いててイヤフォンをしていなかった事もある。静かな教室に響く雨音は、それだけでちょっとした旋律だ。

 その場でしか聴けないもの。それを聴いている時の乱入者に、ちょっとだけ不快になった。

 けれども、彼はすぐに寝てしまった。それがまるで軒下に隠れた子猫みたいで。

 雨音とその寝顔。

 それが何となく合っている気がして、そのままにしてた。


 無口だと人は言う。

 正直、コミュニケーションを取るのは苦手だ。小さい頃から引っ込み思案で、人前に出るのも好きじゃない。

 それでもいい、と相手にしてくれる友達とだけ付き合ってきた。それは高校に入っても変わらず、そのまま一年が過ぎた。

 二年になってクラスメイトが変わっても、自分はいつも通りでいるつもりだった。

 そして、それはその通り進んでいた。

 今日、彼に声を掛けられるまでは。


 マスタードッグを知る人に会ったのは初めてだ。まぁ自分でもマイナーだと思うんだけど。

 彼が驚いた顔をしたのは、自分と同じ気持ちだったからだと思う。

 彼とは去年も同じクラスだったけど、当然話をしたことは無かった。

 地味でもクラスの中にいれば、別にグループに所属していなくても、色々な情報が入ってくる。

 いつしかそれは、私の密かな楽しみになっていた。

 彼は一言で言えば、いたって普通の高校生。特別秀でるものがある訳でもなく、成績も中の上。

 家は電車で上り方面に三駅。男女共にそれなりの友達と呼べる人を持っている。

 それでも、音楽の趣味までは分からなかった。人は意外な一面を持っているものなんだね。

 もう一度ケータイを開いて、アドレス帳に載っている名前を見る。

 このケータイに家族以外で初めて載った男の子。

 市岡潤也。それが彼の名前。

 彼の友人達は彼の事をジュン、もしくはイチ君、と呼ぶ。

 そんな彼が、何で私に声を掛けたんだろう。CDの話はその後の事だ。

 私には彼の気持ちが分かんない。

 ということは、考えても仕方無いんだろう。

 そう結論付けた私はケータイをしまい、バスから降りて家へと向かった。


 部屋へ帰ってきた私は、鞄を置いて制服から着替える。

 高校の制服は古典的なセーラー服だ。それらをハンガーに掛けてラフな服装に着替え、ふぅっ、とひとつ息を吐く。

 今日はいつもより帰りが遅かったから、もうすぐ夕飯になっちゃうな。

 明日の予習は夕飯の後にしよう。そう思って書棚から一枚のCDを抜き出す。彼に頼まれたアルバムだ。

 それを鞄に入れようとして、手が止まる。

 どうやって渡そうか。

 教室で「はい。これ」なんて渡すなんて、考えられない。

 それとも、彼が「持ってきてくれた?」とか言ってくれるんだろうか。

 それも想像できない。彼が教室で、自分からアクションを起こす事は余り無い。

 それが女の子に対してならば尚更だ。

 どちらかと言うと友人と共に動くタイプ。だからこそ、今日の事が不思議なんだけど。

 そうか。メール……。

 ふと思ってケータイを手に取ったその時、私を呼ぶお母さんの声が聞こえた。

 夕飯かな。後でもいいか。

 そう思いCDを鞄に入れ、ケータイを充電器に収めてからダイニングへ移動した。


夕飯を終えて部屋に戻ると、ケータイのランプが点滅しているのが見えた。

 誰からだろう、と思えば中学時代からの友達の泉沙耶からだ。

 沙耶は、こんな私にも皆と同じように接してくれている。メールに返信を打ちながら、彼女ならば、と考える。

 去年も同じクラスだったし、彼と話をしたこともあるはずだ。

 沙耶ならば。

 でも、沙耶にどう言おう。言えば、興味津々で質問攻めに遭うに決まってる。

 それにいちいち答えるのも、正直めんどくさい。

 ……とりあえず、予習しよ。

 英語の教科書を出し、ノートを開く。

 時折来る沙耶からのメールに返信をしつつ、予習をしていく。

 おかげでいつもより時間がかかってしまった。

 こんな時間にメールするのも失礼、だよね。

 そんなこんなで結局、彼にメールを送る事なく翌日を迎えた。



「美優。何かあった?」

 翌日のお昼休み、お弁当を持ってやってきた沙耶が私の顔を見るなりそう言ってきた。

 私は鞄からお弁当を取り出しながら首を傾げる。

 そんな素振り、見せたかなぁ。いつもと変わった行動をしたつもりは無いんだけれど。

「別に美優に変わったところは無いと思うけど?」

 私の右隣からは、今年も同じクラスになった高瀬千里の声。

 沙耶はショートカットでいかにも活発そうな少女であり、一方の千里はロングヘアーを靡かせて落ち着いた雰囲気だ。

 この二人に挟まれた自分は、それは地味に見えると思う。

 表情も乏しいし口数も少ない。

 でも彼女たちは、そんな私を面白いと言う。私の何処をとったら、そんな印象が出てくるんだろう。

「甘い。千里はまだ分かってない」

 箸でビシっと千里を指しながら、沙耶は言葉を続ける。行儀が悪い気がするけど。

「まぁ、この子は難しいから、それも仕方無いけどね」

 この子扱い、ね。

 私が抗議染みた視線を沙耶に向けても、彼女はさらりとそれを受け流す。それでも、なんだかんだ言っても、沙耶が一番私の事を分かっている。

「それで美優。昨日のメールの返信、遅かったんじゃない?」

「……予習してたから」

 口の中の物を飲み込んでから質問に答える。

「それだけかな?」

 私は返された質問に答えず、次のおかずを口に入れる。

 確かに間を空けた。それは彼にメールを送ろうか考えたからだ。

 その分だけ、いつもよりは返信が遅れたのは事実だなんだけど。

 でも、それだけでそこまで言うかな。そこまで考えて私はまた小首を傾げた。

「ま、いいわ。何か問題事では無さそうだし」

 そんな沙耶の言葉を聞くと、心配してくれてるんだと思う。

 そんな沙耶にはやはり話すべきだと思い直し、私は残りのお弁当を口に運んだ。


 お弁当を食べ終わると、千里はいつも飲み物を買いに教室から出て行く。

 その間を狙って、私はお弁当箱を片付けると同時に小さな袋を沙耶の前に差し出した。

「美優?」

「市岡君に」

 沙耶は袋を手に取り、中身が何なのかは分かったと思うけど、視線を彼の方に向けた。視線の先で彼は皆と同じように友人とお昼を食べていた。

「イチ君に渡せばいいのね?」

 沙耶の確認の言葉に、私は小さく頷いて答える。

「後で聞くからね?」

 悪戯っぽい笑みを残し、沙耶は席を立った。

 沙耶に隠すほどの事じゃない。昨日の出来事を話すのには多少抵抗があるけれど。

 それでもこれで約束は果たせる。

 その事実に私はほっとした気持ちになった。

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