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是音  作者: 舞島 慎
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Knock! Knock!

 意外、と言うしかない。まさかイチ君から相談をされるなんて。 それも演劇部の、しかも望月さんからの頼みだと言うのだから尚更だ。

 別に望月さんに含むところがある訳じゃない。むしろ私に話しかけてくれる数少ない人だし、去年はなにかとお世話になった。

 観劇の経験は私も無い。でも話の中身に興味を持った。

 イメージの曲を挙げるだけで、別に誰かと接する必要もないし。 それに彼には借りがある。だから、私は承諾した。



 次の日、イチ君からUSBメモリと台本のコピーを受け取った。 家に帰ってから自室のパソコンで動画を観ていく。まだ荒削りといった印象だけど、話の流れ、イメージは掴めた。

 台本片手に演じている段階から、熱の入った演技をしている人もいる。私には無い、感じ得ないもの。

 何か熱意を持って物事に向かったことがあったか。人付き合いが苦手と意識してからは、行事ですら受身になってる。

 去年の文化祭もそうだったし、今年も頼まれた仕事をこなすだけになると思う。

『ぼくには見えない。この空色も、海の碧も。ただ一面に広がるのは、白と黒の二色だけ。全て二つに分離してしまうんだ!』

 独白の台詞。

 周りが色づいて見えるのは、充実しているからか。それとも何かに立ち向かい、挑戦しているからか。

 そして何かを失うと、その輝きも消え失せてしまう。

 色んな話に使われてきた素材だけど、実際に人が、それも同世代の人間が、すぐそばで演じているのを観ると、やはり感じるところも違ってくるなぁ。

 部活動や勉強に打ち込んでいる人と比べたら、私は何もしていない。もちろんそういう学生は多くいる。

 悪い事というわけじゃない。それでも引け目を感じてしまう。

 自分が踏み出さなきゃどうしようもない事。そう分かっているのだけれど……。

「あ」

 思考の海を漂っていた私は、ヘッドフォンから流れるコール音で現実に戻された。

 このコール音は無料の通話ソフトの物で、発信者はイチ君のIDだ。相談するにあたり、IDを交換していた。

 付随のメールアドレスは使っているけれど、通話機能を使うのは初めてだったのでちょっと驚いてしまった。

「もしもし?」

『もしもし、滝川さん?』

 ヘッドフォンから少し機械的なイチ君の声が聞こえる。

「うん。動画、観てた」

 以前に比べれば、受け答え、早くなったかな。

 顔の見えない相手を思い浮かべつつ、視線は動画に張り付いていた。

『今観てるのは何?』

「『橙』の見直し。二回目」

 指定されたシーンは、相手を追いかけて走り出す場面。ここから物語が加速していく転換点であるようだ。

『あそこは勢いに乗っていくところだよね。どんな曲が合うかな?」

「……ロックとか、そっち方向?」

『ん。アーティスト、絞ってみようか。――」

 彼がいくつかアーティストの名前を挙げてくれたので、その中から私の知っている、合いそうな曲を挙げていく。

 でも二人のイメージが合致する曲はなかなか出てこない。二人でこれなのだから、人数多ければもっと合わないのかもしれない。

『ちょっと毛色変えてみようか。ユーロビートとか打ち込み系の方が疾走感あるかもしれない』

 さすがにそっち方面は私には分からない。好んで聴くのはやはりポップス寄りだ。

 彼はいくつかのアドレスをチャット画面に表した。いずれも無料動画投稿サイトの物だけど、中身は候補となる曲が流れていた。

 たしかに盛り上がる曲ばかりだ。でもシンセの音が強すぎる気がしないでもない。

『うん。そこは僕も気になった。なかなかうまくいかないもんだね』

 ヘッドフォンの向こうから溜息が漏れ聞こえた。何だかんだと一時間ほど話をしていたようだ。

『今日はこれくらいにしとこっか』

「うん。役立たなくてごめん……」

『そんなことないよ。僕よりはいいチョイスしてると思う。それじゃ、またね』

 切断音と共に会話は終了しウィンドウが閉じられる。

 私はヘッドフォンを外し、深呼吸をした。

 耳の近くから聞こえた彼の声は、普段と違って聞こえた。

 そして気付く。彼とは電話で話した事も無かったのだと。

 やりとりはいつもメールだ。だから会話に違和感を覚えたのかもしれない。

 私は時計を見て慌ててパソコンの電源を落とした。もうすぐ夕飯の時間、お母さんの手伝いをするんだった。

 私は立ち上がり、軽く伸びをしてから台所へと移動した。



 視変わらず、と言うのかな。

 学校でイチ君と話すことはほとんど無い。私は教室でいつも通りで、暇を持て余している沙耶を見ているだけ。

 何らたいした変化も無い。あ、でも返ってきたテストの点数は良かったかな。

 それくらいなので、空いた時間、私は昨日の動画を思い出していた。

 昨日聴いた曲は一通り頭に残っている。が、やはりイメージと合致するかというと、そうでもない。

 結果一日、動画イメージが頭から離れなかった。

 うん。少し気分を変えよう。

 プレイヤーを操作してフォルダを変えてから、私は学校を出た。

 通り行く人は多くても、誰も周りを気にしてなどいない。

 そこに溶け込んでしまえば、皆独り。それは今も変わらない。

 バスに揺られ見慣れた街並みを眺める。交差点を曲がり、銀行の前に停車した時にちょうど曲が変わった。

 そのイントロを聴いてわたしは「あっ」と声を上げた。

 慌てて周りを窺うけれど、幸いこっちを気にしている視線は感じられない。

 それにほっとしつつ、私は手を握り締めた。

 これだ。この曲。

 歌詞が始まってしまった曲。プレイヤーを操作して曲名を確認する。

「knock! Knock!」

 それが表示された曲名だった。



『なるほど。うん、いいね!』

 昨日と同じインターネット越しの会話。私の挙げた曲にイチ君は同意をしてくれた。

『とりあえずこっちはこれを第一候補にしておこうか。そうすると、もう一つだね』

 もう一つ。『青』の独白の場面。

『落ち着いた感じの曲になるよね。合いそうだと思う曲はあるけど、歌詞の印象があるからなぁ』

 歌詞を知っているとその印象がどうしても出てしまう。それが曲調が合っていてもイメージが合わない原因でもあったりする。歌詞の部分が使われないとしても何となくそう思ってしまうのは、気にしすぎなのかもしれないけれど。

「台詞と動画。もうちょっと読み込んでみるね」

 私はそう告げていた。もっともっと物語の中に入れば、違った見え方がするのかもしれない。

「この台本の作者って……?」

 私の質問に、彼は画面の向こう側で唸り声をあげた。

『どうやら何年か前の卒業生が演じたものらしいんだ。それを手直ししたみたい。だから音響の明確なイメージが無いんだそうだ』

 それで演出で問題になってるわけ、ね。

 私は台本のコピーを見ながら呟いた。

「響かなきゃ意味が無い、か」

 いつか寺田さんが似たような事を言っていた気がする。そのために技術が必要だって。

 話す技術もその一つ。魅せる物にするならば、それ以外の要素も当然必要になってくる。

 それが演劇では演出の仕事なのかな。

 話すことで精一杯の私には、とても考えられないけれど。

 観てみたい……。

 そう、強く思った。

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