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是音  作者: 舞島 慎
17/28

Pop noise

 市の図書館に通う日数が増えた事。それが明確な変化。

 基本は午後から夕方まで。メインはやっぱり宿題。

「ほんと、マジメな高校生してるよね」とは沙耶の言葉。

 慣れない事は逆に出来ない。だって、ずっと視界の中に居るなんて、考えた事も無かったもん。

 机の反対側に座るイチ君。これまで席替えしても近くになった事は無かった。

 ノートに書かれた文字。男子にしては綺麗な方だと思う。

 もちろん男子だから字が汚いなんて思ってるわけじゃない。見た目に似合わない綺麗な字を書く人もいるし、それは女子だって同じだ。

 なんだろう。読みやすい字なのかもしれない。

 特に大きさもバラけることなく、きちんと整っている。人によってはこれだけで好印象かもしれない。

 私の字はどうだろう。分かってはいるけれど、どうしたって小さくなってる。読みにくいほどではないと思うけれど、たまに沙耶から文句を言われるのも事実だ。

 それだけじゃなく、他にも一緒に宿題をしていて分かったこともある。

 彼は社会科は全般的に得意なようだ。特に歴史に関しては日本史、世界史を問わず強い。

 そっち方面の本を読んでいるのもあるんだろう。どうも横文字が苦手な私としては羨ましい限りだ。

 その反面、理科は苦手みたい。特に化学分野は苦戦をしている。

 そちらに関しては、正直私も同じ。二人で図書館にいても、結局どちらも首を捻って答えまでたどり着かないこともある。

 国語と数学に関しても似たようなレベルだった。数学は二人して平均レベルであるのに対し、国語は上位レベルだ。

 国語だけは自信があったのになぁ。

 それでも英語は私の方が上だった。ちょっとだけ嬉しいと思った。

 そしてやはり二人だと課題が進む。今日の分と決めた範囲が、予定より早く終わる事が増えた。

 そして空いた時間は本を読む。図書館だけあって本のチョイスには困らない。

「これ、聴いてみてごらん」

 そんな時、彼は自分のプレイヤーを私に貸してくれる。そのままイヤフォンを耳につけると大体私の知らない曲が流れてる。

 それも日によって違う。ハウス主体のダンス系だったり、ゆったりとしたボサノヴァ調の物だったり、所謂ボカロの曲であったりと多種多様だ。

 普段聞きなれないジャンルの曲も多いけど、不思議と嫌だと感じる曲は無い。

 柔らかく曲に身を任せて、普段よりゆっくりとページをめくっていく。

 代わりに私のプレイヤーは彼に渡してある。こんなに色々な曲を知ってる彼ならば、私のプレイヤーの中に入ってる曲は全部知っているのかもしれない。

 ちらりと彼を窺えば、特に変わった様子も無く本を開いていて、私愛用の白いイヤフォンコードが耳から垂れ下がっているのが見える。

 何を聴いているのかな。マスタードッグ? カサンドラ?

 もちろん見ているだけじゃそれは分からないんだけど。

 彼の好みが掴みきれない、というのが本音だった。知ってる範囲が広すぎるからだ。

 沙耶ならばJポップや洋楽を好んで聴いてるし、千里はああ見えてテクノ系が好きだったりする。

 私自身、それほどこだわりを持つほうじゃない。でも即答できるアーティストはいる。

 彼はどうか。もちろんそういう質問をすれば答えてはくれると思う。

 でも、この選曲はどうなんだろう。私にとってハズレと思えるような曲に出会っていない。

 これは彼の好みが私に近いということなのか。それとも私に合わせてくれているのか。

 前者ならまだいい。後者ならば、本当に申し訳なく思う。

 そもそもこうしているのだって、沙耶があんなことをしたからだ。あれがなければ、去年と同じように過ごしていたはずだった。

 あれから沙耶と話をしていない。いつもの場所に呼ばれる事も無い。メールは来るけれど、大体課題についてだった。

 千里とは普段からあまり連絡を取ってない。つくづく私はスタンドアローンなんだなぁ。

 そう思いながらゆっくりと息を吐きだした。


 少なくとも自覚はしていた。今年度に入ってから、ちょっとずつ独りの時間が減ってきている事を。

 独りでいる事を苦痛と思ったことは無い。

 いや、苦痛と思う以前に慣れてしまっている。小学校の頃からこうだったんだ。今更言うことじゃない。

 その代わりに隙間を埋めてくれたのは、音楽であり、本であり。

 曲の切れ目を待ってそっとイヤフォンを外す。

 慣れ親しんだ図書館の空気。微かに聞こえてくる話し声。ページをめくる音。しっとりと響く足音。

 目を閉じれば、何となく方向も分かる。ほら、そこでケータイ震えてる……。

 て、ケータイ?

 目を開けて自分の鞄を見ようとする、がそれより先に片手にケータイを握りもう片方の手で手刀を切るイチ君の姿が目に入った。

 私が軽く片手を上げてそれに応えると、彼は小走りにエントランスへ向かっていった。

 電話みたい。誰からだろう。

 瀬名君か松崎君か。もしかしたら沙耶かもしれない。

 念のため自分のケータイを取り出してみるが、何の表示も出ていなかった。

 それを一瞬でも寂しく感じてしまったのは何故だろう。

 ぼんやりとした私の視線は前の空席に、机に置かれた自分のプレイヤーへと向けられていた。

 ふと思い立ちプレイヤーに手を伸ばす。手に馴染んだ機器を操作して、再生されていた曲を呼び出した。

 その曲名を見て、私は再びプレイヤーを元の場所に戻した。

 彼が聴いていた曲。フリーウェイシューター。

 疾走感が物をいうロックバンドの曲だ。

 男の子らしいといえばそうなんだけど、彼らしいかというと、何となく腑に落ちない。

 もちろん気分とかもあるし、読んでいる本の雰囲気とかもある。 一概にこれを好みと決めるのも、早合点だと分かってる。

 それでも彼がどのフォルダを聴いていたかは分かった。

 でも私、何やってるんだろう。

 どうもおかしい。私らしくない。

 それを知ったところで、何かが変わるわけじゃない。

 私はもう一度息を吐いてからイヤフォンを耳に押し込んだ。

 そのまま機器は操作せずただ本を開く。

 ただ文字だけに集中したかった。そうすれば、いつものように戻れるはず。

 私はただただ目の前の文字へと意識を没入させた。



 図書館でイチ君と別れて、私は一人自転車へと身を乗せる。

 家まではゆっくり走っても十五分もかからない。でもその時間も夏の容赦ない熱量の前では長い長い時間に感じてしまう。

 少しでも風を感じたくて、私はハンドルを河川敷方面へと切る。多少遠回りにはなるけれど、車の数も少なく排気ガスを気にしなくてもいい。

 当然人通りも少ないから、速度を上げて風を感じることも出来る。

 音量を控えめにしたプレイヤーから流れる曲を聴きつつ、ペダルを踏む足に力を入れた。

 ちょっと調子に乗って堤防の上へと乗り上げる。簡易舗装がされているそこも比較的走りやすい。

 このまま行けば定位置だな。

 耳元ではフリーウェイシューターが流れている。いつのまにかフォルダ内が一周していたのか。

 勢いに任せて走っていると、前方に見慣れた自転車が停まっていることに気が付いた。

 私は迷わずそこまで走って自転車を止め、土手の斜面へと目を向ける。

「あれ? 美優?」

 見慣れた親友の、ちょっと驚いた顔がそこに見えた。

「久しぶり」

 私は自転車を降りて沙耶の隣へと腰を下ろす。

「イチ君と一緒じゃなかったの?」

「さっきまでね」

 そっか、と沙耶は呟いて視線を川の方へ向けた。

 私もそれに合わせて川面を見つめる。

 訊きたい事はいくつかあった。でもそれに答えてくれる確証なんて無い。

 それでも……。

「沙耶」

「ん?」

「……何で、あんなことしたの?」

「向こうでも訊いたよね。それ」

 沙耶は一度前髪をかき上げてからパタりと仰向けになる。

「前に言った以上の理由なんてないよ。あたしじゃこれ以上美優に影響を与えられない。それだけよ」

「……私がそれを望んでいなくても?」

「それでも。お節介と思ってくれていいわ。ちょっとした賭けみたいなものよ。それに」

 沙耶は一度言葉を切って体を起こす。そして片手をそっと私の頭に載せた。

「別に美優との関係を変えるつもりもないし。あたし達はあたし達。そうでしょ?」

 ほんと沙耶らしい。その神経の一部でも分けて欲しいくらい。

 そう思いながら私は頭に載せられた沙耶の手をそっとどかし、「沙耶、暑い」と言い放った。

「はいはい。んじゃ帰りましょうか」

 そう言って沙耶と一緒に立ち上がり、自転車のスタンドを蹴り上げる。

「ねぇ、美優?」

 ペダルをこぎ出そうとする瞬間呼びかけられた言葉に、私はちょっと首を傾げる。

「今の状況、嫌?」

 ド直球な言葉に私は少し驚いた。でもそんなことを一片たりとも表情には出さずにこう返す。

「……悪くない、かな」

 私の返事に頷いて、沙耶は走り出す。それに私も付いていく。

 聴こうとして来なかった所にも、刺激はあるのかもしれない。

 そう考えていた私に、前から声が届く。

「美優! イチ君も同じだったって! アンタと同じように馴染めなかったんだってさ!」

 蝉時雨の合間を縫うように聞こえた言葉は、私の中で消化されるよりも早く、汗と一緒に拭い取られた。

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