under the fireworks
「お待たせー」
「ありがとー。いくら?」
「ん? これは俺達のオゴリだよ」
「え? でも」
「気にしないで。お近づきの印ってもんだから」
「そう。んじゃ、遠慮なく頂くね?」
「どうぞどうぞ」
そんなやり取りをする沙耶とシゲ君を、私は交互に見ていた。
シゲ君は――と呼ぶのはちょっと抵抗があるけれど――沙耶と同じように、フレンドリーなタイプなんだろう。
初対面でもすんなりと打ち解けていける、私には無い能力。
たしかに綺麗な顔立ちをしている。それに惹かれる人もいるだろう。
でも、千里ってそんなに面食いだったかなぁ。
「美優、食べる?」
沙耶の声に頷いて、たこ焼きを一つ口に入れる。
熱いけど美味しい。普段食べないからかもしれないけど。
それとも、こういう雰囲気の中だからかな。
屋台の光や、歩いていく人の浴衣の模様を見ながら、二つ目のたこ焼きを頬張る。
浴衣なんて、何年着てないだろう?
千里は浴衣似合うだろうなぁ。
沙耶も……似合うと思う、多分。
「さって、次は何食べようか?」
シゲ君の言葉で皆が動き出す。
私はそっとその後ろに付いた。
「冷たっ! おいしー!」
カキ氷を口にした沙耶が悲鳴ともとれる声を上げた。
私もカキ氷を口に運び、舌の上で氷が溶ける感触を味わう。
ひんやりと、甘い味が舌の上で広がっていく。
うーん。美味しい。
ざくざくと氷とシロップを混ぜながら、口に入れる。
急がないと、あっという間に溶けちゃうよね。
「あれ、二人は?」
「何か別な物、買いに行ったみたいよ?」
「ふーん。でも、全部オゴる気なのかな?」
そこは私も気になってる。
「どうかしら? シゲ君はそういうタイプかもしれないね」
「女の子には払わせない主義かな?」
「そうかもね。良いか悪いかは別にして、ね」
「オゴられっぱなし、ってのも、気が引けるんだけどねぇ」
私的には引きっぱなし、なんだけど。
やっぱり二人は違うなぁ。
話も行動も、二人はそつなく合わせられる。
私の地道な努力なんて、無駄なんじゃないかと思っちゃう。
私は溶けたカキ氷を飲み込んで、ふぅっと息を吐く。
「美優、大丈夫?」
そんな私に、沙耶が心配そうな声を上げる。
「……うん。大丈夫」
自分が直接向き合ってるわけじゃないし。
ただシゲ君と一緒にいる彼の表情は、いつもとちょっと違う。
本当に気心知れた人といるから、なのかもしれない。
私が沙耶といる時だけ、いつもよりしゃべるように。
シゲ君の気軽な物腰と、彼の落ち着いた様子。
それがアンバランスな感じで、何か不思議だ。
「なんかさ、イチ君の友達、っていうイメージじゃないよね?」
「そうかもね。イチ君の周りは、どっちかって言うと奥手な人が多いからじゃない?」
「あー。なるほど。類友みたいな? ただ、シゲ君は何か違う気がする。ただ軽いだけじゃないような……」
「そうね。私もそう思ってる」
何でしょう。この二人の観察眼は。
「それが千里の気になる理由?」
そんな沙耶の言葉に、千里は曖昧に頷いた。
もう……付いていけないわ。
私は二人からカキ氷の器を受け取ると、ゴミ箱を探しに歩き出した。
何とかゴミ箱を見つけて器を捨てたものの、元の場所が分からなくなってしまった。
私は小さい子供か。迷子だなんて。
軽く溜息を吐き、連絡を入れようと仕方なくケータイを取り出した時だった。
「滝川さん?」
声に振り向くと、リンゴ飴を手に持ったイチ君達がいた。
「どうしたの?」
「……ゴミ捨てに」
「あぁ。そっか。んじゃ戻ろう?」
私は彼の言葉に頷いて後に続く。
迷子という事実がバレなくてよかった、ほっとした私に、リンゴ飴は差し出された。
「やっぱり、コレでしょ。はい」
渡してくれたのはシゲ君だ。
「……あ、ありがとう」
「どういたしまして」
シゲ君はそれだけ言うと、またイチ君に話しかけていた。
偏見で話す人じゃないんだろうな。
それが私の印象だった。
「お帰りー。あれ、美優も一緒か」
「ただいまー。はい、これ」
「ありがとー。でもホントにいいの?」
「あぁ。気にすんなって。なぁ?」
「うん」
シゲ君の言葉に、同意を示すイチ君。
そんなやり取りを見ていると、私と沙耶の関係に似てるな、と思う。
主導権を握ってるのは沙耶であり、私はそれに適宜ツッコミを入れる。
スルーされる事も間々あるけどね。
彼らもそんな感じなのかもしれない。
「そろそろ花火のポイントに行こうか」
千里を先頭に歩いていく。
リンゴ飴を持って歩く。これもお祭りの雰囲気、かな。
千里に案内された場所は、屋台の通りからちょっと川の方に入った所にある、小学校のグラウンドだ。
「ちょっと斜め位置だけど、ここならそんなに混まないからね」
周りを見渡すと、それなりに人はいる。それでも河川敷に比べれば、非常に少ないと言えるらしい。
そうこうしてるうちに、一発目の花火が打ちあがり、夜空にパっと大きな華が咲いた。
ほんのちょっとずれて、お腹に響く破裂音。
これが花火の醍醐味なのかも。
時折リンゴ飴を齧りながら、色鮮やかな夜空を見上げる。
あ、スマイルマークの花火。
今度はハートかな?
そういえば、花火をじっくり見るのって、久しぶりだ。
前に見たのは……小学生の時、か。
あの時に一緒にいたのは……あの子、だったね。
あの子は、もうここにいない。
そんな事は、分かっている。
思い出す事を分かってて、今日ここに来たはずだ。
もう大丈夫って、思ってたのに。
私は空を見上げたまま、目を閉じる。
……大丈夫。
再び目を開けた時、夜空には大きな牡丹が咲いていた。
「滝川」
不意にかけられた声に、顔を下げる。
皆の死角から声をかけてきたのは、シゲ君だ。
「潤也のこと、よろしくな」
それだけ言い置いて、元の場所に戻っていく。
どういう意味だろう。
それも何故私に? 沙耶や千里じゃなくて?
よろしくと言われてもなぁ。
そういえば沙耶も「話してみたら?」て言うし。
確かに、彼との時間は悪くない。
気後れする事なくいられた。でもあの子じゃない。
私はリンゴ飴を口に運ぶ。
硬く甘い飴の部分が砕け、甘酸っぱい果肉が口の中に広がる。
あの子の事は、沙耶も知らない。
沙耶と出会った時、すでにあの子はいなかったから。
あの子と一緒にいたのは、小学校三年の途中までだった。
あの子だけとは、自然体でいられた。気後れすることなく、悩むことなく、受け答えが出来た。
理由なんて分からないけど。
それでももうあの子とは会えない。年賀状も住所不明で戻ってくるようになってしまった。
あの子とイチ君。似てると言えば、似てるのかもしれない。
それでも、代わりだなんて思えない。
それにそれは、どちらにも失礼だよね……。
夜空に立て続けに華が咲いた。スターマインだ。
「綺麗……」
思わず声に出していた。
声が聞こえたのか、イチ君がちょっとこっちを見たのが分かった。
でも私はそれに気付かないフリをして、夜空を見上げていた。