親友の言葉
僕の他に誰もいない家なのに、突然僕の部屋の扉が開く。といっても怪奇現象ではない。玄関から入ってくる人の気配と声がしたのだ。
「久しぶりだな。潤也」
「シゲ。元気そうだね」
僕達はゴツっと拳をぶつける。それが僕達の挨拶。
親友の神谷茂昭とは、家族ぐるみの付き合いをしていた。それは会う機会が減った今でも変わっていない。
だからシゲはチャイムも鳴らさず僕の部屋に入ってくるのだ。
そんなシゲに僕は学習机の椅子を半回転させて座り話しかける。
「どう? 最近は?」
シゲはコンビニの袋と一緒に床に座った。
「相変わらずだ。こう、引きつけられて止まない子って、いないね」
「ほんと、変わらないな」
シゲの言葉に僕は思わず苦笑い。
整った顔立ちのシゲは昔からモテた。僕はその側にいて、つぶさに女の子への接し方を学んだと言っていい。
「潤也はどう? 少しは扱い上手くなったか?」
「上手くなったかは分からないけど。最近は周りが動いてる、かな」
僕はさらっと高瀬さんと出かけた事や、泉さんとや滝川さんの事を話す。
そんな僕の話に、シゲの切れ長の目が眼鏡越しに煌いた、気がする。
「へぇ。面白いな。その無口な子」
「滝川さん?」
「そう。昔のお前もそんな感じだったよな」
「そうだね。優秀な兄貴と、君がいたからね」
「兄貴、元気か?」
「うん。今年は卒研で忙しいって」
僕の兄の宗介は地方国立大学の四年生で、一人暮らしをしている。
かつて兄貴と寝起きした僕の部屋には、兄貴が帰省のたびに置いて行った雑多なCDがある。
それを聴き倒した僕は、色々な音楽に詳しくなった。といっても浅く広くだが。
「帰ってくる時は連絡してくれよ?」
「うん。分かってるさ」
シゲも、兄貴にとっては弟みたいなものだからな。
「で、話戻るけど、高瀬さんが、去年会った人だよな?」
「うん。写真あるよ」
本棚から去年の学校行事のアルバムを抜き出して、シゲの隣に座る。ついでにコンビニの袋からジュースを拝借。
「あー。この人ね。確かに美人だったな。でもその友達の方がイメージ残ってるわ」
「リコさん、だっけ。ツインテールの」
高瀬さんの地元の友達というリコさん。
大人びた高瀬さんとは対照的に、パっと見では中学生にも見える子だった。
「そうそう。それで、誘われたのか?」
やっぱりそこが聞きたいよね。
「それがさ。シゲの事、元気? って聞いただけで、それ以上は」
僕は首を振って否定を伝える。
だからこそ、高瀬さんの真意が分からない。
まぁ僕自身がどうこう、という話にはならなそうと思っているが。
「そうか。まぁ今年も行ってみるか?」
「元より行くつもりでしょ? 祭り事には目が無いクセに」
「さすが潤也。よく分かってる!」
シゲはガシっと僕の肩を掴む。
昔よりキャラが軽くなった気がするけれど、まぁいいか。
コイツの深いところ、僕はよく知っているから。
「これが泉さん。こっちが滝川さん」
アルバムの写真で二人を示す。
写真は文化祭の一幕だが、泉さんはいつもの笑顔でピースをしている一方、滝川さんはやっぱり無表情だ。
「ふぅん。なるほどね。両方ともなかなか……」
やっぱりそっちか。
「クラスメイトを獲物を探すような目で見るなと」
軽くシゲの頭を小突く。
「いや、こういう無表情なのも、それはそれで需要が」
「何のだよ!」
久々に本気でツッコんだ気がするぞ。
「まぁ、それはともかく、だ。行動に意欲が無いわけでもないし、人嫌いなわけでもない。話を聞く限りだけどな」
シゲの口調がマジメなものに変わる。
こっちがシゲの本当の姿、なんだけどな。
「思うところが表現出来ないのかもな。抑え込む事がクセになってるのかもね」
シゲが接してきた人数は、僕より多いはずだ。
記憶が正しければ、中学の同期の連絡先は大体知ってるはずだし。
そんなシゲの見立ては、そばにいる二人の見立てに近かった。
「でだ。何でお前は声をかけたんだ? 一回目は気まぐれ、二回目はCDを返すとして、その後だ」
「何で……だろうね? 何となく気になった、ていうのが正直なところなんだけど」
シゲは僕の顔をじっと見つめている。
「興味がある、んだと思う。昔の自分を重ね合わせてたのかもしれないけれど」
「同情か?」
「そんなつもりは無いよ?」
「そう取られる事もある。上から目線にならないように気を付けておけよ?」
そういう視点もあるか。
「あぁ。ありがと」
「分かってればいい。まぁ潤也なら大丈夫だと思ってるよ」
シゲはそう言って軽く笑い、ジュースを口にした。
親友の言葉、心に留めておこう。
その日、シゲはいつも通りうちで夕飯を食べ、帰っていった。
夏祭りの催される隣町とは、川一本を隔てている。
その川の中州から花火は打ち上げられる。つまり、僕の町からでも花火を見ることは出来る。
でも祭りと言えば、屋台。これは外せない。ということで、わざわざ隣町まで出向くのだ。
「さて、潤也。何から食う?」
「やっぱり、たこ焼きかな」
「オッケー。行こうぜ!」
屋台は見ているだけでもワクワクするものだ。活気と熱気に溢れた、異空間だからかもしれない。
歩いていくと、そこかしこから色々な匂いが漂ってくる。
それが食欲をそそるというものだ。
「やっぱり浴衣姿はいいよなぁ」
親友の注目は、どちらかというとそっちらしい。
ま、確かにそれも一つの楽しみではある。周りをちょっと見渡せば、色とりどりの浴衣が夜道に艶やかに映えている。
やっぱり、可愛く見えるよね。
もっとも、僕には声を掛ける勇気など一欠片も持ち合わせていないのだが。
どこの屋台で買おうか、と悩みながら歩いていくと、不意にシゲが足を止めた。
「そこのにしようぜ」
特別ここのがいい、という希望も無いし、まぁいいか。
そう思い屋台に向かって足を向けた時だった。
「イチ君見っけ!」
毎度毎度、いいタイミングで声をかけてくれるなぁ。
そう思い振り返った僕は、一瞬目を疑った。
「え? 泉さんに、滝川さんも?」
声の主は高瀬さんだった。それは立地条件的に自然な事だ。
だが、二人が一緒であることは予想だにしていなかった。
それでも三人とも浴衣姿では無かった事を、ちょっと残念に思ってしまったのは勘弁していただきたい。
「やほ!」
呆然とする僕に、泉さんは爽やかに片手を上げて挨拶をくれる。
滝川さんは軽く頭を下げてくれた。
「この辺にいれば見つかると思ってね」
高瀬さんは今日も髪を後ろで束ねている。
「そっか。あ、えっと、こっちは友人の神谷茂昭」
気を取り直し、二人にシゲを紹介する。
「神谷だ。出来ればシゲと呼んでくれ」
「泉沙耶よ。こっちが滝川美優。よろしく、シゲ君」
泉さんの言葉に、滝川さんは再び頭を下げる。
「さっそくだけど、たこ焼き買って来るけど食べる?」
「うん!」
「オッケー。ちょっと待っててね。潤也、行くぞ」
「あ、あぁ」
シゲに促がされ、後に続き屋台へと向かう。
「なるほど。確かに聞いたとおりだ。潤也には荷が重いかもなぁ」
「どういう意味?」
屋台に並びながら、チラッと彼女らを見る。
「泉に高瀬。二人ともなかなかのクセモノと見るね。潤也は真っ直ぐだからさ」
それは褒められてるのか、貶されてるのか。
「すいませーん。二つ下さい。……あ、袋はいいです。潤也、片方持って」
そう言ってシゲは代金を支払う。
「分かってると思うけど、後で払えよ?」
「分かってるって。あの子達には払わせない、だろ?」
「そういう事だ。……よし、行こう」
それぞれパックを一つずつ手に持って、三人の方に戻る。
あれ、そういえば今年はリコさん、いないのかな。