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是音  作者: 舞島 慎
11/28

tell me the way

 今年は猛暑だと言われてる。

 私は自転車を駐輪場に置いてから額の汗を拭った。

 市内にある図書館に私は定期的に通っている。最初に行き始めたのは、中学一年の夏休みだった。

 その頃からずっと職員の寺田さんにはお世話になっている。

「美優ちゃん、久しぶりね」

「……ご無沙汰してます。寺田さん」

「うん。今日もお願いね。この中から選んで頂戴」

 そう言って寺田さんは私に何冊かの絵本を渡してくれた。

 絵本。そう、子供が読む絵本だ。

 定期的に来る理由。それは子供達に絵本の朗読をするためだ。


 中学二年の時、私は既に常連だった。

 いつも一人で来る私の事を、寺田さんは心配して声をかけてくれた。

 寺田さんは、今は中学生になる子供を持つ母親で、気さくで明るい人だ。

 わずかな会話。それを繰り返し、いつしか家族と沙耶を除いて最も話をする人になっていた。

 そして、ふとこぼした私の悩みに寺田さんが出した提案。それが子供達の前での朗読だった。

「人前で話す事につながるし。きちんと読めば、子供達は待っていてくれるわよ。それに、例え嫌われたって頻繁に会うわけじゃ無いんだし。嫌だったら、すぐ辞めてもいいわよ」

 私はこの言葉になるほどと思い、大体月に一度、朗読をするようになった。

 でも先月は来れなかった。テストのタイミングと重なったからだ。

 それでももう始めて二年になるか。自分が変わった気はしないけど。

 ただ、集まってくる子供達が可愛くて。

 見てるだけでも、優しい気持ちになるというか。

 そして、自分の朗読に喜んでくれるのがとても嬉しかったんだ。


「――。こうして、二人は仲良く幸せに暮らしました。おしまい」

 読み終わった本をそっと閉じる。

「おねーちゃん。つぎ、こっちのごほんよんでー」

「いいよ。読んであげるね?」

「うん!」

 ほんと、可愛い。

 見てるだけでも笑顔になってしまう。

「んじゃ、始まるよー。……昔々――」

 ゆっくりと、聞かせるように読むのは、ただ読むのとは違う。

 一言一言に、読み手の感情が乗るからだ。じゃないと、物語が平坦に聞こえてしまう。

 寺田さんにそう言われ、注意しているうちに、そういう読み方がだんだんと出来るようになってきた。

 感情を表す事。これも必要な事なんだよね。

 自分の言葉じゃ、まだ上手く出来ないけれど。


「今日もお疲れ様」

「……ありがとうございます」

 事務室で淹れてもらったコーヒーを飲む。これもいつもの事だ。

「美優ちゃんの声は落ち着くのよねぇ。子供達もじっと聞き入ってるし」

「……そうなんですか?」

 読む方に集中してるから、どんな風に聞いてるかはあまり見てない。たぶん気にすると逆に意識してしまいそう。

「うん。でも今日はちょっと違ったわね。学校で何かあった? ……て、夏休みか」

 寺田さんは忘れてた、と言いながらコーヒーを啜った。

 ここ二ヶ月の学校、か。

 何かあったって聞かれてもなぁ。

 ……あ。

「……ちょっとだけ、クラスの男の子と話しました」

「本当に?」

 私はコクリと頷きかけてから、はい、と答えた。

 同時に思い出す、千里と歩いていた姿。

 何故そこを思い出したんだろう。

「そうかぁ。ちょっとは進んだのかな? どんな男の子?」

「……普通、ですね。音楽の趣味……好みが似てるかな」

「普通、ね。もうちょっと表現ないの?」

 そう言われてもなぁ。

 特に目立つ人じゃないし、特別秀でてる部分を知ってるわけでもないし……。

 首を捻っている私を見て、寺田さんは大きく息を吐いた。

「美優ちゃん、もういいよ。ごく普通の男の子なんでしょう。それで……話しかけてるの?」

「……いいえ」

 つい首を振りかけたが、否定の言葉を口に出す。

 きちんと言葉で返す事。それも寺田流のルールだ。

「じゃあ、次はそこかな。といっても、皆いる教室じゃ厳しいか」

 考え込む寺田さんを尻目に、私はコーヒーを飲み干した。

「今度さ、その子をここに誘ってみたら? 夏休みだし、宿題やろうでもいいからさ。ちょっとぐらいのおしゃべりには、目をつむるわよ?」

「……えぇ?」

 驚くタイミングまで一拍遅れた。

「連絡先くらい、知ってるんでしょう?」

「……はい」

「まぁ無理強いはしないけど、ちょっと考えてみたら? 沙耶ちゃんだって賛成すると思うわよ」

 そうだろうな。この前だって似たような提案してたし。


「んじゃ、またよろしくね?」

「……はい。失礼します」

 一礼し、事務室を後にする。

 図書館のメインホールに足を踏み入れた瞬間、ポケットでケータイが振動した。

 珍しく、沙耶からの電話だ。足早に図書館のエントランスを出て、ボタンを押す。

 外に出た瞬間、熱気に当てられクラっとしたけど。

『もしもし、美優、今どこ?』

「……図書館。朗読の日だから」

『あぁ。そっか。終わったの?』

「うん」

『じゃ、いつもの所で。いい?』

「分かった」

『うん。じゃ、後でね?』

 ま、これもいつも通りかな。

 私はケータイをしまい、自転車置き場に向かった。


 いつもの場所に自転車が止まっていた。

 沙耶はいつも通り、川側の斜面に寝転んでいた。

 焼けちゃいそう、と思いつつその隣に腰を下ろす。

「お疲れ。どうだった?」

「うん。楽しかった」

「美優は子供に好かれるからね」

 一度だけ、沙耶も参加したことがあった。

 その時沙耶は、元気のいい子に振り回されて、朗読どころじゃなくなってしまった。

 元気な人には、元気な子が寄ってくるのかも。なんて寺田さんは言っていたけどね。

 そんな事を思い出して、私はクスっと笑う。

「その笑顔が、子供達を惹きつけるのかもね」

「へ?」

「寺田さんが言ってたよ。本を読んでいる時の美優は、優しい笑顔をしてるってさ」

 そうなんだろうか。自分の姿を見ることは出来ないから、言われてもピンとこない。

「あたしはダメ。逆にしかめっ面になっちゃうからさ」

 沙耶はそう言って笑う。

「その辺り、アンタに敵わないと思うよ。あたしには無理だもん」

 純粋に褒めてくれる言葉は、正直恥ずかしいもんだなぁ。


「千里に話聞いたわ」

 沙耶が唐突に話題を変えた。

「……話?」

「この前の事よ」

 この前……イチ君と一緒にいた時の事かな。

「面白い事言ってたわ。彼は彼で面白いけど、彼の親友に興味がある、ってね」

 彼の親友。真っ先に思いつくのは瀬名君だけど、違うんだろう。

 だとすれば、去年一緒だった人とか、かなぁ。

「何でも、地元の子だってよ。ウチの高校じゃないみたいね」

 それじゃ分かる訳ないね。

「……何でそんな人の事を?」

「うん? 去年、千里の街の夏祭りに、一緒に来てたみたいよ。そこでバッタリ会ったんだって」

 なるほど。そういう縁か。

 でも、千里が興味あると言った親友、ちょっと見てみたいかも。

「気にならない? あの千里が興味持つだなんて」

「……うん。気になる」

 そう、あの千里が、だ。

 彼女に告白して散っていった男子は、片手では収まらない。

 本人いわく「義理で、というのも失礼でしょう?」との事。

 いや、同意を求められても私には分からなかったんだけど。

 沙耶は「確かに」と頷いていた。まぁ沙耶も昔から人気あった。中学の頃は何回告白されたのか。私の知る限りで三回は確認している。

「夏祭り、行ってみようか?」

「……考えとく」

 去年は即決で否定したけど。

 ちょっとだけ、興味の方が上回ったみたいだ。

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