父親
1,8oo字程度とちょっと長めです。
夕暮れのデパート屋上は、親子連れの家族で賑わっていた。
なんでもこれから地元限定のヒーローショーがあるらしい。
アドバルーンに吊るされた垂れ幕には、たしかにそのような記述がされていた。
そのため屋上には簡単な舞台設定がなされており、登場キャラクターはテントの中で待機していた。
「ねえねえおとうさん、これからどんな人がでてくるの?」
と、息子は尋ねてくるが、わたしもご当地ヒーローはみたことがない。だから適当にぼかして教えておいた。
期待せずにパイプ椅子に掛けて待っていると、悪役が出てきてモノローグを言い始めた。
このデパートをのっとってやるとかなんとか、そんな感じの前口上だ。
まあ、ありふれたセリフだよなあなんて思いながら、息子の様子をうかがってみる。かなり険しい顔つきになっていた。
拳をぶるぶる震わせている。
正義に燃えているのか、怖くて震えているのかの、どちらかだろう。
悪役の一人語りが終わると、「そうはさせるかー!」とヒーローたちがでてきた。
赤色と青色と黄色の3人組だった。
「いつでも鼻血が止まらない、赤鼻だ! 赤鼻レッド」
「いつでも全身アザだらけ、嘲笑え! 青アザブルー」
「いつでも歯が黄ばんでます、黄色い声援よろしくね! 歯が黄イェロー」
ポーズをそろえて、
「「「3人合わせて満身創痍でイタインジャー!!!」」」
ご当地ヒーローは叫んだ。
なにこれ。
…………ゆるキャラ? わたしの頭をふなっしーが全力で横切った。
もちろんここは千葉県でも船橋市でもない。だからすぐに否定する。
落ち着け、わたし。これはご当地ヒーローショーだぞ。
「でたなー、イタインジャー。変身を解いたらいろいろ残念なくせに」
悪役は忌々しそうに毒を吐いた。
――安心しろ、悪役。
変身を解かなくてもいろいろ残念だ。
わたしは悪役に同情した。
「こうなったら奥の手だ。さあ、でてこい! 我が親愛なる毒ターよ」
すると舞台袖から、このデパートのオーナーらしき人物が1人だけでてきた。
なにやら客席に向かって頭を下げている。
「どうもすみません。ほんとうは従業員をつれてくる予定だったんですが、おかげさまの大盛況で、レジ打ちの手が回らないものですから、今回は毒ターなしでお願いします」
オーナーらしき人物は再度悪役に一礼して、屋上からでていってしまった。
悪役はこちらを向いて虚勢を張った。
「わはは。毒ターはこの大盛況に乗じて、ショッピングを楽しんでおるわ!」
それを聞いたヒーローはそれぞれ驚きを隠せていないようで、
「くそ、なんてことだ。鼻血が止まらないぜ」
「くそ、なんてやつらだ。青アザが痛むぜ」
「くっ、なんて人たちなの。歯がゆいですわ」
わたしはこれをみて、ローカルになっている理由を知った。
全国放送にしたらクレームが殺到するぞ。
「悔しかったらかかって来い!」
負傷者にそんなことを言うのかよ。確かにこれは悪役だ。
ひと通りバトると、雌雄が決した。
悪役が勝ったのだ。
なんでだよ、イタインジャー。お前ら敵役をリンチしてたじゃねーか。わたしは思わず突っ込んだ。
するとイタインジャーが直々に解説を入れた。
「ヤバい。また鼻血が垂れてきた」
「まずい。青アザが腫れてきた」
「ひどい。歯が黄色いって言われた」
なるほどな。
それぞれに弱点があるってわけだ。
――と。
悪役は嘲笑いながら、観客席へとやってきた。
そしてわたしの息子を指名すると、
「お子さんをお借りしてもよろしいですか」
悪役から訊かれた。
わたしが首肯すると、悪役は息子を抱き上げてステージに連れていった。
息子は暴れているが、わたしは無視し続けた。
「おとうさーん、おとうさーん」と呼ぶ声が、けなげでかわいい。
それをみていたヒーローは怒ったように、
「その子どもを離せ」
と、異口同音に言った。
「ならば力ずくでやってみろ」
悪役も負けてはいない。
息子をおろして戦いにそなえる。
「いくぜっ!」
反撃が始まった。
「正義の鼻血はレッドの証。必殺・鼻血ブー」
悪役の目元が血で赤く染まる。
「青いアザでブルーな気分。必殺・オードブルー」
まるでオードブルのように多彩な攻撃が繰りだされた。
「黄色い歯は丈夫な証拠よ。必殺・ランデブー」
まるで彼氏の浮気現場を目撃した乙女のような、痛烈な連打がお見舞いされた。
「くそー、おぼえてろー。イタインジャー」
こうして演劇は終わったが、わたしは息子に嫌われてしまったようだった。
悪かった――息子よ。
でも仕方ないじゃないか。