人形
彼には、気になることがあった。電車の中にいる周りの人間がすべてマネキンであった。マネキンが彼の周りに、いっぱいある。そのマネキン達が口も動かさずに、スピーカーから流れてくるかのような音で、ぺちゃくちゃとしゃべりあっている。まるで人形劇をみてるかのようである。マネキンは様々なコスプレをしている。もちろん背広姿が一番多いが、夏だからなのか、Tシャツ姿も目立つ。みんな楽しそうな顔をしている。しかし、マネキンだから、顔が一切動かない。ずっと笑った顔をしている。しばらく、電車の中で、揺られながら、終着駅がやってきた。みんな一様に電車から降りてゆく。彼らの足は動いていない。まるで、誰かに運ばれていくかのような動きで、彼らは降りてゆく。「そうか、おままごとの世界だ。壮大なおままごとを誰かがしているのだ。」ふと、そう思った。終着駅だから、彼も当然降りたが、降りた理由を思い出せなかった。思い出すために、自分の荷物を探ろうとしたが、荷物がない。荷物が無いということは、きっと遺失物保管所にあるだろうと彼は考えた。そこで、そばにいる駅員のマネキンに、遺失物保管所の場所を聞いてみた。何も答えない。「ああ、なんて馬鹿な事をやってしまったのだろう。これはマネキンじゃないか。返事をするわけない。」彼は、自分のしたことをひどく恥じた。どうしようもないので、駅を出る。すると、突然、彼は思い出した。「そうだ、自分の家に帰ろうとしてたんだ。」。道のりは、思い出せないが気が付くと彼は自分の家のまえにいた。家の中に入ると、女のマネキンがいる。「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」笑ったままの顔でマネキンが口も動かさずにそう言った。彼はしばらく何もしなかった。
「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」それでも、彼は何もしなかった。
「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」「あなた、私、生まれそう。病院に連れてって。」仕方なく彼は、病院に電話する。
すると、彼が次に意識を取り戻したのは、「手術中」の文字が光るドアの前だった。「手術中」の文字が暗くなると同時に、子供のマネキンと先程のマネキンが現れ、「貴方の子供よ」と言ってきた。彼には、二人のマネキンが笑った顔のまま、入学式の恰好をしているのには流石に納得ができなかった。