04 侵入者(前)
細く白い月が出ている
その頼りない月光が、町にいつもより多くの影を落としている
この町で一番大きな屋敷の、塀の横にそびえる立つ一本の大木
「おー、いるいる」
大木の太い枝の上に、屋敷の中を見下ろす人影がいる
屋敷の庭には武器を持った男達がいたる所に立っている
「知らせてあるだけに、厳重だねぇ」
声を聞くかぎり女性であろうその人物は、さらに木を登り枝から屋根に静かに飛び移った
そのまま屋根をつたい向かった先は……
「これだけ護衛がいれば奴らも手出しは出来まい」
そう言って椅子に座っているのは、この町を統治する太った男
そしてその両脇には、ガラの悪い男が二人
「こんな物をよこしておきながら余りの人数に怖じ気づいたか」
この男、町の住民には高い税率を課し自分は豪華な暮らしをする、暴君である
そしてこの日、ついに天誅ならぬ人誅が下ろうとしていた
「予告日が終わるまで、あと五分ですぜ」
「さすがの《闇天狗》も今回ばかりは失敗だな」
暗殺、盗みなどの裏稼業を専門とする集団、それが《闇天狗》
その時男の高笑いを遮って、窓から何かが投げ込まれた
「な、なんだ!?」
投げ込まれた物から勢いよく白煙が吹き出し、あっという間に視界が悪くなっていく
「ぐあっ!」
「うっ!」
白煙に包まれる中から聞こえた男の声が、部屋に誰かが侵入してきたことを知らせた
「なんだ!?誰かいないのか!?」
残った男はパニックのあまり周囲をキョロキョロするばかり
「後はあんただけだな」
振り返ると煙の中に一人立っている
窓から風が入り煙が晴れていく
「お前が……」
煙が晴れて見えてきた侵入者の姿を見て、男は驚いた
「その声、闇天狗の中で女と言えばただ一人……お前がリーダーのサナリィか」
「へぇ、名前まで知ってるんだ」
「だが!外にいた部下たちはどうした!?どうやってあれだけの数を!」
警備をしていた部下達は、建物の中も外も全員気絶して倒れている
「アタシにも部下っているんだよね それに標的はあんただけ」
「く、くそっ!」
追い詰められた男は腰から銃を取出し、正面のサナリィに向けて発砲するがあっさり避けられ、逆に後ろをとられる始末
「ひぃっ!」
首に刃物を当てられ小さく声をあげる
「頼む……助けて……」
男の体が恐怖のあまり震えている
だが刃物を引く様子はない
「あんたに恨みは無いけど、仕事だから」
次の瞬間、部屋を血しぶきが舞う
「自業自得、あんたが悪いんだよ」
そう言う彼女の表情は仮面を付けていて、見ることはできない
そして再び弱い月の光に照らされて、彼女は夜の闇に溶けていった
砂漠の町サルバの港から船で一日弱、次に訪れたのは中央大陸東海岸の港町
二人は船を降りて市街地へ向けて歩きだす
境界のゲートをくぐり市街地に入ってすぐ、なにやら人だかりが出来ている
人々が熱心に見ているのは、掲示板に貼られた新聞だ
『悪政の暴君に人誅下る』
先日起こった市長暗殺事件を伝えるものだった
「暗殺?」
「うん やったのは闇天狗って言うんだって」
「闇天狗……なるほど」
「知ってるの?」
傭兵であるウィルにとっては何度か聞いたことのある名前だ
特にリーダーのサナリィはかなりの腕利きとして知られている
「まだこの町にいるのかな?」
「どうだろうな」
この後二人は、各々自分の用事を済ませるため別行動を取る
これが二人のいつものスタイル
ウィルは換金へ、エルは銃の強化をする
(闇天狗か、アレの事を知ってるかもしれない)
ウィルが考え事をしながら歩いていると、誰かと肩がぶつかった
「おっと、すまん」
「アタシこそごめんよ」
その人は長い緋色の髪をなびかせて歩いて行った
(あの歩き方は……)
ウィルは彼女の足元を見て目を細める
素人目には普通に歩いているようでも、分かる人には分かる
(同業者か……?)
争いが絶えないこの世界で、傭兵など珍しくもない
それ以上は考えずウィルは歩きだした
町のメインストリートから少し入った所にある一軒の民家
その家の前に、先程の緋色の髪の女性が立っている
少し周囲を気にしながら中に入ると、男が一人椅子に座っている
男は彼女を見ると、立ち上がり壁のそばに立った
「お疲れさまです」
「開けて」
ナイフで壁板の一部を外し、中のロープを引いた
壁から音がすると地下への入り口が現れた
彼女は階段を降りて行き、ドアを開ける
「戻ったぞー」
「あ、頭 お疲れさまです!」
そこは地下とは思えないほど明るく、シンプルではあるが綺麗に整頓もされている
ここはルイーズの闇天狗隠れ家なのだ
闇天狗は戦闘要員、支援要員など合わせると中々の規模がある
各地域の主要な町に構成員と隠れ家が点在し、仕事の活動拠点としている
「この町でもう一仕事するよ 今度は盗みだ、お前達用意しな」
「わかりました!」
サナリィは部下に指示をだすとさっきのことを思い出していた
(さっきの男はもしかすると……)
その日の夜――
「よし、行くよ」
隠れ家からハシゴで直接屋根に上がったサナリィと部下数名
各自、黒を基調とした軽鎧に身を包み、夜の町を疾走する
ちなみに、サナリィ達が身に付けている軽鎧は市販の物を、各自が自分好みに改造したものだ
部下達が警備の目を集めている間に、サナリィが盗む作戦だ
今夜は雲が多く、月はその姿を見せていない
本当の暗闇の中をいくつもの影が目標に迫っていた
「ふぁぁぁ、ねむ……」
エルは人目もはばからず大あくびしている
とは言っても周りにいるのはウィルだけなのだが
「お前がとってきた仕事だろ」
「私の仕事に文句つける気?」
「お前に文句言ってんだよ」
この仕事もエルが持ち込んだ依頼だった
今回は、今では幻と言われるマーカスドラゴンの頭蓋骨の警備だ
頭蓋骨は窓のない専用の部屋に置かれ、二人は室内で警戒する
「入り口あそこしかないのにどこから入る気なんだろ?」
「あそこしかないなら、あそこからだろ」
二人の正面には質素な木製の扉がある
その向こう、廊下にも警備の人間が立っている
「なかなか来ないね」
エルは小さくあくびをする
「油断するな、もうそこまで来てるかも……」
その時急に部屋の外が騒がしくなった
同時に人が倒れた音
「ほらな」
正面の扉を睨みながら剣に手をかけ、いつでも抜けるようにする
だがなかなか踏み込んでくる様子はない
ウィルがおかしいと思った時、エルが叫んだ
「ウィル!下がって!」
身を引いた次の瞬間、爆発と共に扉が吹き飛び室内が破片と煙が包まれる
「うわぁ強引」
煙の中で二つの影が動いている
そしてそれは煙を振り払い突っ込んできた
「そう来たか!」
襲いかかる刄を剣で受けとめ、空いた腹に前蹴りを見舞う
距離をおいて着地した相手が反撃する間を与えず接近し、斬り伏せた
「エル!大丈夫か!?」
「なんとかね」
エルの足元にも同じような格好をした男が倒れている
しかしまだ攻勢は止まず、壁の影から小剣が飛んできた
ウィルはその小剣をキャッチし、投げ返す
「今回はいい用心棒を雇ったみたいだね」
(この声……)
壁の影から誰かが出てきた
仮面で顔を隠しているが、ウィルは見覚えがあった
「緋色の髪……あんたはあの時の」
「その声、聞き覚えがあるよ」
目の前に立っている闇天狗のリーダーは、昼間肩がぶつかった女性だった
「あんたがサナリィか」