表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢は、『二度寝してても怒られない国』を作ります  作者: 秋月 もみじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第8話:元婚約者の来襲「戻ってこい、命令だ」


 スリープ・ヘイブンの白い砂浜に、一隻のボロボロなボートが打ち上げられた。

 乗っているのは、海水で濡れ鼠になった数名の男たち。

 その中心で、海藻を頭に乗せた金髪の青年――ジェラルドが、ぜぇぜぇと息を吐きながら立ち上がった。


「はぁ、はぁ……! 見たか! 王家に伝わる『絶対生還の魔導ボート』の威力を!」


 艦隊が謎の海域で全滅(撤退)した後、ジェラルドはごく少数の側近と共に、王家の宝物庫から持ち出した緊急脱出艇で特攻をかけたのだ。

 古代の遺物であるこのボートだけが、リリスの認識阻害結界を――偶然にも――すり抜けたのである。


「殿下、ご無事で……?」

「ああ。……見ろ、あれを!」


 ジェラルドが指差した先には、楽園が広がっていた。

 整備された遊歩道、美しい白亜の建物、そして楽しげに行き交う裕福な観光客たち。

 王国のスラム化しつつある現状とは雲泥の差だ。


「な、なんて美しい……! ここがハデス島か!?」

「リリスの奴、こんな場所を隠していたとは!」


 ジェラルドの顔に、下卑た笑みが浮かぶ。

 彼の脳内で、都合の良い変換回路が作動した。


「分かったぞ。……リリスは、俺を驚かせようとしたんだな」


「は?」

 側近が首を傾げる。


「そうに違いない! あいつは俺を試したんだ。『私を追い出すなんて酷い』と拗ねて見せて、裏でこっそり俺のために『新しい王都』を作っていたんだ! なんて健気で、少しひねくれた愛なんだ!」


 もはやホラーの領域である。

 だが、追い詰められたジェラルドの精神は、この「甘い妄想」に縋り付いた。


「よし、行くぞ! リリスを迎えに行き、感動の再会を果たしてやる! そうすればこの島も、莫大な資産も、すべて俺たちのものだ!」


 ***


 その頃、私は領主館の庭で、究極の二度寝に挑戦していた。

 ポカポカ陽気。波の音。

 隣の芝生では、オリオンが大人しく(といっても、手刀で薪割りをしながら)待機している。


「……平和ね」


 うとうとし始めた、その時だった。


「――リリス! どこだリリス!!」


 耳障りな大声が、静寂を引き裂いた。

 私はビクリと肩を震わせ、不機嫌に片目を開ける。

 庭の入り口で、警備のゴーレムをすり抜けてきた(というより、ボロボロすぎて敵と認識されなかった)薄汚い男たちが叫んでいた。


「……誰? 浮浪者の炊き出しなら港でやってるわよ」


「俺だ! ジェラルドだ!」


 男が前髪をかき上げ、キメのつもりを作った。

 よく見れば、確かに元婚約者だ。海藻臭いけれど。


「……ジェラルド殿下? どうしてここに? というか、不法入国ですよ」

「細かいことはいい! 迎えに来てやったぞ!」


 ジェラルドは両手を広げ、私のハンモックへと歩み寄ってきた。

「見たぞ、この島を! よくぞここまで発展させたな。俺への愛があればこそだな!」


「……はい?」

 思考が追いつかない。何を言っているんだ、この人は。


「もう許してやる! あの時の婚約破棄は、お前の愛を試すためのちょっとした余興だったんだ! お前は見事に合格した! さあ、俺の手を取れ。今日からここを『新・グランディオス王国』とし、俺が王になる!」


 ジェラルドは自信満々に手を差し出した。

 その目は本気だった。本気で、「リリスは自分を愛している」と信じ込んでいる目だ。


 私は、心の底からゾッとした。

 怒りではない。純粋な恐怖だ。

 ここまで話が通じない人間が存在するなんて。


「……お断りします。お帰りください」

「照れるな! 素直になれよ、俺の可愛いアヒルちゃん!」


 ジェラルドが強引に私の腕を掴もうとした。

 泥だらけの手が、私の新品のシルクのパジャマに触れようとする。


「きゃっ……!」

「俺のものになれ! 命令だ!」


 その瞬間。

 世界から「音」が消えた。


 ――バチィィィンッ!!


 雷鳴のような音が響き、ジェラルドの身体がボールのように弾き飛ばされた。

 彼は数十メートル先の植え込みまで転がり、白目を剥いて痙攣している。


「……汚い手で、僕の『安眠装置』に触るな」


 私の前に立っていたのは、オリオンだった。

 いつもの眠たげな表情はない。

 黄金の瞳が、凍りつくような殺気で輝いている。その全身から溢れ出す魔力は、大気を震わせ、側近たちをその場に縫い止めていた。


「ひっ、ひぃぃ……!?」

「な、なんだあの化け物は……!」


 オリオンは無造作に歩み寄る。

「君たちはうるさい。せっかく彼女が寝入りそうだったのに」


 彼はジェラルドの側近たちを見下ろし、指を鳴らした。


「――『強制睡眠エターナル・スリープ』」


 パチン。

 乾いた音が響くと同時に、側近たちは糸が切れたように崩れ落ちた。死んではいない。だが、深い深い昏睡状態に陥り、ピクリとも動かなくなった。


 最後に、よろよろと起き上がろうとしたジェラルドが、オリオンを見上げて絶叫した。

「き、貴様は何だ! 俺は王太子だぞ! リリスは俺の女だ!」


「違うな」

 オリオンは冷徹に言い放った。

「彼女は誰のものでもない。……強いて言えば、彼女の寝顔を見る権利を持つのは、枕になれる僕だけだ」


 ドガッ!

 オリオンの拳骨(物理)がジェラルドの脳天に落ちた。

 ジェラルドは「あべしっ」と情けない声を上げ、今度こそ完全に沈黙した。


 ***


 庭に再び静寂が戻った。

 転がっている男たちを除けば、いつもの平和な午後だ。


「……オリオン」

「ん?」


 殺気を消し、いつもの大型犬モードに戻った彼に、私は声をかけた。

「ありがとう。助かったわ」


「礼には及ばない。……君が起きていると、僕も眠れないからな」


 オリオンは少し照れくさそうに顔を背け、それから私のハンモックの横に座り込んだ。

「処理(ゴミ捨て)はセバスチャンに任せよう。……だから、続きを」


 彼は自分の肩をポンと叩いた。

 ……枕になれ、という意味らしい。


 私は苦笑し、再びアイマスクをつけた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 私は遠慮なく、最強の皇子の肩に頭を預けた。

 驚くほど安定していて、温かい。

 遠くでセバスチャンが「やれやれ、海に流しますか」と呟いているのが聞こえたが、私はそれを子守唄代わりに、深い眠りへと落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ