第6話:元部下たちが難民のように押し寄せてくる
スリープ・ヘイブンの朝は早い。
……といっても、早いのは私ではなく、新入り(オリオン)と魔物たちだ。
「ご主人様! 今日の収穫だ!」
テラスで朝食を待っていると、海から上がったばかりのオリオンが、巨大なクラーケンの足を一本、ドサリと置いた。
彼はなぜか上半身裸で、水も滴るいい男ぶりを無駄に発揮している。
「……オリオン。庭の草むしりを頼んだはずなんだけど」
「終わった。暇だったから海で泳いでいたら、こいつが襲ってきたので『撫でて』やった」
撫でた(物理)らしい。
まあ、クラーケンは高級食材だ。宮廷料理長(元)が喜んでカルパッチョにするだろう。
「平和ね……」
私は紅茶を啜った。
この島に来て一週間。生活基盤は整い、家事は自動化され、不審者(皇子)は番犬として懐いた。
これ以上のトラブルなど――
「り、リリス様ぁぁぁーーッ!!」
絶叫と共に、カイル団長が血相を変えて飛び込んできた。
「た、大変です! 沖合から、不審な船団が! その数、およそ五十隻!」
「……は?」
海を見ると、水平線の彼方から、小船や筏の群れが、木の葉のように押し寄せてくるのが見えた。
「敵襲か? 沈めるか?」
オリオンが目を輝かせて魔力を練り始める。
「待ちなさい、早まるな。……セバスチャン、望遠鏡を」
私は望遠鏡を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、武装した兵士ではない。
目の下にどす黒いクマを作り、頬がこけ、ボロボロのスーツやローブを纏った……まるでゾンビのような集団だった。
『リリス様ぁ……! 仕事を……我らに適正な仕事をぉ……!』
『もう嫌だ……王太子殿下の理不尽な命令はもう嫌だぁ……』
『有給休暇……定時退社……ううぅ……』
「……うわぁ」
私は思わず望遠鏡を下ろした。
見覚えがある。あれは王宮に残っていたはずの、中堅クラスの文官や魔導師、それに街の商人たちだ。
「難民……いえ、ただの『社畜の成れの果て』ね」
***
浜辺に上陸した彼らは、総勢五百名を超えていた。
彼らは砂浜に這いつくばり、私を見るなり涙を流して拝み始めた。
「リリス様! どうか我々をお救いください!」
「王城はもう地獄です! 殿下はミスを全て我々のせいにし、ミナ様は『パンがないならケーキを焼けばいい』と無茶を仰る!」
「給料は現物支給(売れない王太子の肖像画)になりました! もう生活できません!」
悲惨すぎる。
だが、私は心を鬼にして言った。
「お断りします」
一刀両断である。
「この島は私の隠居場所です。あなたたち五百人を養う食料もなければ、住居もありません。何より、これ以上人口が増えると『統治』という名の仕事が発生してしまいます」
「そ、そんな……!」
「働きなら! 働きますから! 寝ずに働きますから!」
「だから、その『寝ずに働く』思想が嫌いだと言っているのです!」
私が追い返そうとすると、背後からセバスチャンが「お嬢様」と耳打ちした。
「……彼らを受け入れるべきかと」
「なによ。セバスチャンまで労働賛美?」
「いえ。彼らは『金』になります」
セバスチャンの眼鏡が怪しく光る。
「彼らの中には、王都でも指折りの商会主や、熟練の職人が含まれています。彼らを追い返せば、彼らは隣国へ流出し、将来的にこの島の脅威となりかねません。しかし、ここで囲い込めば……」
「……囲い込めば?」
「この島を、富裕層向けの『完全会員制リゾート』にするのです」
セバスチャンが恐ろしい提案をした。
曰く、王国が崩壊しつつある今、貴族や金持ちは安全な避難場所を求めている。この島はインフラが完璧で、治安も(オリオンがいるので)世界一良い。
彼らを従業員として雇い、外貨を稼がせれば、リリスの資産は減るどころか増え続ける、と。
「それに、お嬢様。従業員が増えれば、お嬢様が『何もしなくていい時間』はさらに増えますぞ」
「……採用」
私は掌を返した。
安眠のためなら、悪魔の囁きにも乗る。それがリリス・クオリティだ。
***
かくして、スリープ・ヘイブンは『リゾート国家』として開国した。
難民たちは水を得た魚のように働き始めた。
ただし、私の厳格な監視下でだ。
「おいそこの文官! 顔色が悪いぞ、休憩室へ行け! これは命令だ!」
「ひいぃ! 休むなんて怖いですぅぅ!」
「休まないとクビにするぞ!」
「休みます! 直ちに二度寝します!」
……彼らは長年のブラック労働で「休む=悪」という洗脳を受けている。まずはそれを解くリハビリからだった。
だが、彼らのスキルは本物だった。
あっという間にゲストハウスが建設され、海岸にはパラソルが並び、カジノやレストランがオープンした。
そして――。
「おお……なんて素晴らしい場所だ……」
「王都の喧騒が嘘のようだ。ここでは水洗トイレが使えるぞ!」
「空気も美味いし、飯も最高だ!」
噂を聞きつけた他国の貴族や、王国から逃げてきた富豪たちが、大金を握りしめて押し寄せてきた。
彼らは「安全」と「快適」に対し、糸目をつけずに金を払う。
宿泊費、一泊金貨十枚。それでも予約は三ヶ月待ち。
結果。
「お嬢様。今月の売上が、王国の年間税収を超えました」
執務室(私はハンモックに寝ているだけだが)で、セバスチャンが分厚い帳簿を見せた。
「……どうしてこうなったの」
私は頭を抱えた。
金なんて、慰謝料で一生分ある。私が欲しいのは静寂だけなのに、島は連日大盛況。
まあ、オリオンが「不審船(無銭旅行者)」を片っ端から沈めているおかげで、客層は良いし治安も保たれているのが救いか。
「リリス様!」
そこへ、すっかり健康的な肌色になった元文官が、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「見てください! リリス様の教え通り『週休二日』を導入したら、作業効率が三倍になりました! 我々は今まで何をしていたんでしょうか!」
「……そう。よかったわね」
「はい! 感謝の印に、リリス様の銅像を広場に建てる計画が――」
「却下。絶対に却下」
私はアイマスクを力強く装着した。
働きたくない。目立ちたくない。
それなのに、私の名声と資産は、勝手に右肩上がりを続けていくのだった。




