第4話:働きたくないので、魔物を「全自動家事ロボ」に改造しました
スリープ・ヘイブンでの生活は快適そのもの……と言いたいところだが、一つだけ誤算があった。
「お嬢様、申し訳ございません。洗濯物が山のように溜まっておりまして、お気に入りのシルクのパジャマの仕上がりが夕方になります」
朝食の席で、セバスチャンが珍しく悔しそうに告げた。
私はトーストを齧る手を止める。
「……どうして? 上下水道は完備したはずでしょう?」
「水はありますが、手が足りないのです。元文官たちは洗濯板の使い方も知りませんし、騎士たちは力余って服を引き裂いてしまいます。わたくし一人では、三百人分の家事を完璧にこなすには時間が足りず……」
私は窓の外を見た。
そこには、高級な軍服を腕まくりし、必死の形相でシーツを棒で叩いている元近衛騎士団長の姿があった。
……見ていられない。あまりに非効率だ。
あんな手作業では、生地が傷んで肌触りが悪くなってしまう。
「はぁ……。これでは、私の『いつでも清潔なふわふわタオルで顔を埋める権利』が侵害されてしまうわ」
私はナプキンで口を拭い、立ち上がった。
「出かけますよ、セバスチャン。現地スタッフをスカウトしに」
「現地スタッフ、でございますか? この無人島に?」
セバスチャンが首を傾げるが、私は不敵に微笑んだ。
いるじゃない。そこら中に。
人間よりもよほど役に立つ、「特殊能力持ち」たちが。
***
私たちは島の裏手、ダンジョンの浅い階層へと向かった。
そこは魔素が濃く、凶暴な魔物が徘徊する危険地帯――のはずだった。
「キシャーッ!」
茂みから飛び出してきたのは、ドロリとした緑色の液体生物。
『アシッド・スライム』。触れるもの全てを溶かす、冒険者泣かせの魔物だ。
「お嬢様、お下がりを。即座に蒸発させます」
セバスチャンが音もなく銀のナイフを抜き、殺気を放つ。
「待って。殺さないで」
私はそれを手で制し、スライムの前に立った。
「システム起動。管理者権限行使――対象識別コード『スライム001』。攻撃行動を凍結」
私がコマンドを唱えると、飛びかかろうとしていたスライムが空中でピタリと静止し、地面に落ちた。
管理者権限の前では、この島の魔物はペット以下の存在だ。
「あなた、お腹が空いているのね? 酸を吐くのは、有機物を溶かして吸収するためでしょう?」
スライムが怯えたように震える。
私はポケットから、魔力をたっぷり込めた『高純度魔石(クッキー風味)』を取り出した。
「これをあげるわ。その代わり――『労働契約』しなさい」
魔石を放る。スライムはそれを飛びついて飲み込むと、体が毒々しい緑色から美しい透明な水色へと変化した。
魔力が満たされ、浄化された証拠だ。
「美味しいでしょう? 毎日それをあげる。だからあなたは、私の家の『汚れ』だけを選択的に溶かしなさい。生地は傷めずに、皮脂汚れとシミだけを分解するの。……できるわね?」
私はスライムに、持参した汚れたハンカチを差し出す。
スライムはそれを包み込むと、内部で高速回転を始めた。
数秒後。吐き出されたハンカチは、新品のように真っ白になり、遠心力で脱水までされていた。
「……素晴らしい」
私は思わず拍手した。
「全自動洗濯乾燥機能付きスライム、採用です」
***
その後も、私のスカウト活動は続いた。
空から襲ってきた『ハーピー(鳥女)』の群れには、
「あなたたちの風魔法、出力調整が雑ね。こう、もっと優しく、『そよ風』で一定温度を保ちなさい。そうすればこの極上ドライフルーツ(魔力付き)をあげるわ」
と交渉し、**「全自動空調兼ドライヤー」**として採用。
硬い甲羅を持つ『アイアン・タートル』には、
「じっとしているのが得意? なら、背中に盆を乗せて水平を保ち、庭を巡回しなさい」
と、**「自走式配膳ロボット」**として採用。
一時間後。
領主館の庭には、大人しく整列した魔物たちの姿があった。
「り、リリス様……! こ、これは一体……!?」
戻ってきたカイル団長たちが、剣を抜いて震え上がっている。無理もない。スライムやハーピーが館を占拠しているように見えるだろう。
「武器を収めなさい。彼らは新しい従業員(家電)です」
私はパンパンと手を叩いた。
「さあ、みんな。仕事の時間よ」
その瞬間、魔物たちが一斉に動き出した。
スライムたちはカイルたちが溜め込んでいた洗濯物の山に飛び込み、ものすごい勢いで汚れを落としていく。
洗い終わった服をハーピーが受け取り、適切な温風で瞬時に乾燥させ、綺麗に畳んでいく。
タートルたちは冷たい飲み物を背に乗せ、呆然とする元文官たちの元へ運んでいく。
「な……なんだこれは……!」
「俺たちが半日かけても終わらなかった洗濯が、数分で……!」
「しかも、アイロンをかけたようにシワひとつない……!」
カイル団長が、ほかほかのタオルに顔を埋めて戦慄している。
「魔物とは、人類の敵ではなかったのか……? こんなに……こんなに役に立つ存在だったのか!?」
「ええ。使いようによってはね」
私は優雅に紅茶を受け取った(運んできたのは小さなゴブリンだ)。
「彼らはダンジョンの魔力で動くから、燃料費はタダ。文句も言わないし、24時間稼働も可能(シフト制にするけど)。人間よりよほど優秀な『家事ロボット』よ」
私がそう言うと、なぜか元文官の一人が涙ぐみながらメモを取り始めた。
「『魔物との共生』……! リリス様は、種族の壁すら超えてしまわれた! これは革命だ! 世界初の『魔導共生社会モデル』の実現だ!」
「さすがリリス様! 我々の常識など、リリス様の前では塵に等しい!」
……また大袈裟な誤解をしている。
私はただ、洗濯待ちをしたくないだけなのに。
「まあ、いいわ。これで家事の心配はなくなりました。あなたたちも、少しは休みなさい。……いえ、これからは『彼ら(魔物)』の管理があなたたちの仕事ですよ」
そう言い残し、私は館へと戻る。
寝室に入ると、そこでは既にスライムがベッドシーツを完璧にプレスし、ハーピーが室温を「睡眠に最適な24度」に調整して待機していた。
「最高ね……」
私はダイブするようにベッドへ倒れ込んだ。
ふわりと香る、陽だまりの匂い(ハーピーの乾燥魔法の効果だ)。
これよ。私が求めていたのは、このクオリティ・オブ・ライフ(QOL)。
「セバスチャン。夕食の時間まで、絶対に起こさないでね」
「畏まりました。……ふふ、お嬢様。スライムたちが『もっと汚れはないか』と家中の埃を追いかけ回しております。どうやら、綺麗好きな主に似たようですな」
遠くで聞こえる「ピキー(了解)!」という可愛らしい鳴き声をBGMに、私は今日一番の幸せな微睡みへと落ちていった。
――まさかこの「魔物家電」の噂が、海を越えて広まり、世界中の主婦や富豪たちを熱狂させることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。




