第3話:楽園の島「スリープ・ヘイブン」開国
船旅の末、私たちが辿り着いた『旧王領ハデス島』は、皮肉なほどに絶景だった。
見渡す限りのエメラルドグリーンの海。白い砂浜。
そして、陸地に広がるのは――見事なまでの荒野と、不気味な古代遺跡の入り口だけ。
「……なるほど。これは骨が折れそうですな」
上陸した浜辺で、元近衛騎士団長のカイルが腕まくりをした。
彼の後ろには、鍬や斧を持った元文官たちが、悲壮な決意を秘めた顔で並んでいる。
「リリス様! ご安心ください! 我々三百名、不眠不休で木を切り、岩を砕き、必ずや一ヶ月以内に雨風をしのげる拠点を築いてみせます!」
「そうです! 王城での終わりのないサビ残に比べれば、太陽の下での肉体労働など!」
「さあ皆、まずは森の開墾だ! 寝る間を惜しんで働けえぇぇ!」
「おおおーっ!」
盛り上がる元社畜たち。
私はその暑苦しい熱気に、ドン引きしていた。
「……待ちなさい」
私は扇をバチリと閉じて、彼らを制止した。
「あなたたち、私の領地における『憲法第一条』を忘れたのですか?」
「け、憲法……ですか?」
「第一条。『何人たりとも、睡眠時間を削って働いてはならない』。不眠不休? 論外です。そんな効率の悪い働き方、私が許しません」
きょとんとする彼らに背を向け、私は島の中心にある不気味な石造りのゲート――『大迷宮』の入り口へと歩き出した。
「ついてらっしゃい。家なら、あそこにあります」
「えっ、あそこは危険指定区域の古代遺跡では……!?」
「ええ。だからこそ、『設備』が整っているのです」
***
遺跡の入り口には、侵入者を阻むための結界と、巨大な石像が鎮座していた。
カイル団長が慌てて剣を抜く。
「リリス様、お下がりください! あれは『殲滅のゴーレム』! 物理攻撃無効の厄介な……」
「セバスチャン、紅茶を。ミルク多めで」
「畏まりました」
私は優雅に指示を出しつつ、石像の前に立った。
石像の目が赤く光り、拳を振り上げる。
だが、私は動じない。前世の知識と、今世の魔導研究があれば、これはただの「セキュリティシステム」に過ぎないのだから。
「システム起動。管理者権限を行使。デバッグモード接続……パスワード『0000』」
私が古代語を呟くと、石像の動きがピタリと止まった。
……やはり。古代文明の文献にあった通りだ。開発者がテスト用に残した「バックドア(裏口)」が、初期設定のまま放置されている。セキュリティ意識の低さに感謝ね。
「モード変更。……『迎撃』から『建築』へ書き換え。対象範囲、島全域」
ブゥン、と低い駆動音が響く。
石像の目が赤から緑(安全色)へと変わり、その巨大な腕先が、ハンマーやドリルといった工具のような形状に変形した。
それだけではない。遺跡の奥から、大小様々なゴーレムが何十体もわらわらと出てきて、私の前に整列する。
「な、なんだこれは……!?」
「ゴーレムたちが、敬礼している……?」
腰を抜かす元部下たちに、私はニッコリと微笑んだ。
「紹介します。今日から我が領土の土木建築課の職員たちです。彼らは疲れを知らず、文句も言わず、二十四時間稼働します。あなたたちは彼らに指示を出すだけでいいのです」
私は指をパチンと鳴らした。
「さあ、始めなさい。設計図データ送信――『リゾート開発計画・改』」
その瞬間、世界が変わった。
ゴーレムたちは目にも留まらぬ速さで動き出し、巨木を切り倒し(製材まで一瞬だ)、岩を四角く切り出し、地面を平らに均していく。
それはまるで、早回しの映像を見ているようであり、巨大な3Dプリンターが街を出力していくようでもあった。
基礎工事から棟上げまで、人間なら数ヶ月かかる工程が、分単位で進んでいく。
一時間後。
そこには、白い石造りの美しい街並みが完成していた。
各戸に魔導式の上下水道完備。道路は舗装済み。中央には、私の住む領主館(という名の高級ホテル)が聳え立っている。
「……嘘、だろ……」
「魔法だ……いや、魔法でもこんなことは……」
「リリス様は、もしや建築の女神の生まれ変わりなのでは……?」
呆然とする人々の中、私は満足げに頷いた。
「これでよし。……ああ、誤解しないでくださいね?」
私は彼らに釘を刺す。
「私がこれだけの魔力を使ったのは、皆様のためではありません。私が『テント暮らし』や『汲み取り式トイレ』なんていう非文化的な生活をしたくなかったからです」
そう。すべては自分のため。
快適なベッド。清潔なシーツ。そして防音壁。
これらがなくては、最高の二度寝はあり得ない。
「リリス様……!」
なぜか、元財務官が涙を流して膝をついた。
「我々の労力を気遣い、ご自身の魔力を犠牲にしてまで……! あえて『自分のため』と仰ることで、我々に恩義を感じさせないおつもりですね! なんと慈悲深い!」
「リリス様万歳! スリープ・ヘイブン万歳!」
「……はあ」
違うと言っても無駄だろう。
まあ、彼らがやる気になっているならそれでいい。
「建物は用意しました。あとの内装や運営はあなたたちの仕事です。私の安眠を妨げない範囲で、好きに街を使いなさい」
「はっ! この命に代えても、最高の楽園を作り上げます!」
やる気満々の彼らを放置し、私は領主館へと向かった。
***
夕暮れ時。
領主館のテラスには、自動生成された最高級のハンモックが揺れていた。
波の音と、鳥のさえずり。
王城の鐘の音も、怒鳴り声も、書類のめくれる音もしない。
「セバスチャン」
「はい、お嬢様」
サイドテーブルに置かれたトロピカルジュースを一口飲み、私は尋ねる。
「明日の予定は?」
「ございません。入国審査もゴーレムに自動化させました。元職員の方々は、今夜は『完成祝い』と称して宴会を開くそうですが、館には完全防音結界を張っております」
「完璧ね」
私はハンモックに身を沈めた。
ああ、この浮遊感。
明日も、明後日も、誰にも邪魔されずに眠れる。
「では、おやすみなさい。……絶対に、起こさないでね」
「畏まりました。良い夢を」
私はアイマスクを装着し、今度こそ本気の眠りへと落ちていった。
これが、建国初日の「公務」のすべてだった。




