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婚約破棄された令嬢は、『二度寝してても怒られない国』を作ります  作者: 秋月 もみじ


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10/10

第10話:恒久平和条約という名の「永眠協定」


 『お昼寝戦争』から三日後。

 スリープ・ヘイブンの浜辺では、歴史的な光景が繰り広げられていた。


「ふあぁ……。よく寝た……」

「なんだか、生まれ変わった気分だ……」

「身体が軽い……。慢性的な肩こりが消えている……」


 目覚めた数千人の王国兵士たちは、憑き物が落ちたような顔をしていた。

 リリスの広域魔法は、単に眠らせるだけでなく、彼らの細胞レベルに蓄積していた疲労とストレスを完全に浄化デトックスしてしまったのだ。

 もはや彼らに戦意はない。あるのは「二度とあんなブラックな職場には戻りたくない」という、生物としての正常な生存本能だけだ。


 そんな彼らの前に、セバスチャンが満面の笑みで立ちはだかる。


「おはようございます、皆様。三日間の『プレミアム・スリープ・コース』、寝心地はいかがでしたかな? さて、こちらが今回の宿泊費および施設利用料の請求書でございます」


 突きつけられた金額(敗戦賠償金相当)を見て、兵士たちは青ざめた。

 払えるわけがない。彼らの財布は空っぽだし、国は敗北したのだ。


「おや、お支払いただけないので? ……では、代替案をご提示しましょう」


 セバスチャンが指差したのは、島の拡張工事現場だった。

「『就労体験プログラム』への参加です。一日八時間労働、完全週休二日制、残業なし。三食昼寝付き。完済するまで、我が国の労働力となっていただきます」


「……えっ? 条件、良くない?」

「王軍の『月月火水木金金』に比べたら天国だぞ?」

「やります! 喜んで働かせてください!」


 こうして、侵攻軍はそのまま島の建設作業員として吸収された。リリスの資産と労働力は、またしても勝手に(しかも相手の合意の上で)膨れ上がったのである。


 ***


 一方、領主館の応接室。

 そこでは、国のトップ同士による戦後処理が行われていた。


「……というわけで。グランディオス王国は、ハデス島への干渉権を永久に放棄。および、ジェラルド王太子の廃嫡と身柄引き渡しを要求する」


 テーブルに書類を叩きつけたのは、オリオンだ。

 対面に座っているのは、この騒動を聞きつけて駆けつけた、王国の宰相(病み上がり)と、ノクターン帝国の外交官である。


「異存はありません……」

 宰相が力なく頷いた。

「陛下も『国庫を空にした上、軍を私物化して敗北した馬鹿息子など不要だ』と即決されました。どうぞ、煮るなり焼くなりしてください」


 そして、部屋の隅で猿ぐつわをされたジェラルドが「んぐぐーっ!(俺は王だぞ!)」と暴れているが、誰も無視している。

 彼の処遇は既にリリスが決めていた。


「彼は今後、島民権を持たない『奉仕活動員』として、地下下水道の清掃に従事させます」


 私は淡々と告げた。

「ただし、私の安眠を妨げないよう、『沈黙の魔法サイレンス』を常時付与します。一生、一言も喋らず、誰の目にも触れず、ただ私の国の汚れを落として生きるのです。……かつて彼が見下していた元部下たちの排泄物を処理しながらね」


 死刑よりも重い、社会的・精神的な死。

 宰相は青ざめながらも、深く頭を下げて同意した。


「では、条約成立だ」


 オリオンがサインをする。

 その条約の名は『スリープ・ヘイブン不可侵・永眠協定』。

 この島は国際的な永世中立国(という名の聖域)として認められたのだ。


 ***


 すべての処理が終わった夕暮れ時。

 私はいつものテラスで、ハンモックに揺られていた。


「……終わったわね」

「ああ、終わったな」


 隣のハンモックで、オリオンが同じように揺られている。

 彼は正式に帝国から「駐在武官(という名目の婿入り)」としての地位を勝ち取っていた。彼の父親である皇帝も、「あの暴れん坊(核弾頭)を制御できるなら島の一つや二つくれてやる」と大喜びだったらしい。


「ねえ、リリス」

 オリオンが不意に真面目な顔で私を見た。

 夕日が彼の金色の瞳を照らし、無駄にドラマチックな雰囲気を醸し出している。


「何?」

「結婚しよう」


 私は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。


「……急ね。文脈ってものを知らないの?」

「合理的だろう? 先の魔法で証明された通り、君と僕は魔力パスが魂レベルで繋がっている。君がいないと僕は眠れないし、僕がいないと君はこの島の防衛(と魔力供給)が面倒になる」


 彼はハンモックから身を乗り出し、私の手を取った。

 その手からは、じんわりと温かい魔力が流れ込んできて、私の魔力酔いを心地よく中和していく。


「君を愛している。……いや、訂正する。君の『寝顔』を愛している。君が隣で寝息を立てている時だけ、僕は世界を美しいと思えるんだ」


 なんて自分勝手で、なんて切実なプロポーズだろう。

 でも、不思議と嫌な気はしなかった。

 彼以上に、私を深く眠らせてくれる「枕」は、この世界に存在しないのだから。


「……条件があるわ」


 私は彼を見つめ返した。

「一、私は王妃の公務は一切しない。二、朝は私が起きるまで起こさない。三、寝相が悪くても文句を言わない」


「了解した(イエス・マム)。その代わり、僕の条件も一つだけ」


 オリオンが私の手に口づけを落とす。


「一生、僕の腕の中で二度寝してくれ」


「……馬鹿ね」


 私は顔が熱くなるのを感じながら、そっぽを向いた。

「契約成立よ。……クーリングオフはなしだからね」


 ***


 ――それから数年後。


 南の海に浮かぶ『スリープ・ヘイブン』は、世界一の癒やしの国として繁栄していた。

 そこでは、人々が自分のペースで働き、好きなだけ眠る。

 過労死も、理不尽な上司も存在しない、真の楽園。


 その中心にある領主館の庭で。


「う〜ん……」

「まだ寝るのか? もう昼だぞ」

「あと五分……」


 大きなハンモックの上で、二人の男女が重なり合って微睡んでいた。

 美貌の元皇子と、この国の支配者である元悪役令嬢。

 二人の周りでは、スライムが洗濯物を干し、ハーピーがそよ風を送り、平和な時間が流れている。


 私はオリオンの胸に顔を埋め、幸せなため息をついた。

 ああ、最高だ。

 誰にも邪魔されず、愛する「枕(旦那様)」と共に、永遠に二度寝できる日々。


 これこそが、私が勝ち取ったハッピーエンド。

 

 ――おやすみなさい、良い夢を。


(完)

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