問い返される夜
画面の向こうから届いた問いを、私はしばらく見つめていた。
『今のあなたにとって、一番苦しいのはどんな気持ちでしょうか』
苦しい気持ち。
そう聞かれて、すぐに答えが出るほど、単純じゃない。
寂しい。
でも、それだけじゃない。
スマートフォンを持つ手が、少し汗ばむ。誰にも見られていないのに、胸の奥を覗かれているような気がした。
『寂しい、と思います。でも、夫のことは好きです』
送信してから、少しだけ後悔する。
こんな曖昧な答えで、意味があるのだろうか。
すぐに返事が届いた。
『好き、という気持ちがある中での寂しさは、つらいですよね。
その寂しさは、いつ頃から感じるようになりましたか』
いつから。
考えなくても、数字は浮かぶ。
三年。
でも、正確にはもっと前から、少しずつ形を変えていた気もする。
『はっきりとは覚えていません。気づいたら、そういう時間がなくなっていました』
送信すると、また問いが返ってくる。
『その間、あなたはどうしていましたか』
どうしていたか。
家事をして、仕事をして、子どもたちの世話をして。
特別なことは何もない。
——何も、言わなかった。
そう気づいた瞬間、胸の奥が少し痛んだ。
『忙しかったし、今はそういう時期じゃないと思っていました』
誠は疲れている。
私も疲れている。
そう言い聞かせるのは、簡単だった。
『では、今こうして悩んでいるのは、なぜだと思いますか』
画面を見つめながら、私は深く息を吸った。
なぜ、今なのか。
広告を見たから。
予約してしまったから。
でも、それだけじゃない。
『女として、もう必要とされていないんじゃないかと思ってしまって』
文字にした途端、胸の奥に溜まっていたものが、すっと形を持った気がした。
それは、恥ずかしくて、誰にも言えなかった気持ちだった。
少し間を置いて、返事が届く。
『では、なぜ「レンタル夫」という選択肢に、心が動いたのでしょうか』
その質問を見た瞬間、思わず苦笑してしまった。
どうして、だろう。
答えは、もう分かっている気がした。
それでも、指は少しだけ迷ってから、動き出す。
『触れられなくてもいいから、女として扱われたかったんだと思います』
送信する。
心臓が、少し強く打つ。
『優しくされて、話を聞いてもらって、ちゃんと向き合ってもらえる時間が欲しかったんだと思います』
書き終えてから、しばらく画面を見つめたまま、何もできなかった。
裏切りたいわけじゃない。
誰かと恋に落ちたいわけでもない。
ただ——。
私は、まだ終わっていないと、誰かに確かめたかったのだ。
『それは、とても自然な気持ちだと思います』
その一文を読んだ瞬間、肩の力が抜けた。
許されたわけでも、肯定されたわけでもない。
それでも、「おかしくない」と言われただけで、胸の奥が少し温かくなる。
『あなたは、何かを壊したいわけではないように見えます。
今の自分の気持ちを、確かめようとしているだけではありませんか』
確かめる。
その言葉が、静かに胸に落ちてきた。
私はスマートフォンを胸元に引き寄せ、目を閉じる。
誰にも言えなかった気持ちを、初めて、ちゃんと外に出した夜。
答えはまだ出ていない。
それでも、自分が何を求めているのかだけは、少しだけ、はっきりした気がしていた。




